番外編6【少しだけ未来の話】
太陽の光が温かく照らす縁側に座り、庭を見つめる。
春の雲一つない晴天は暑すぎず寒すぎず、のんびりと過ごすには向いていた。
「今日は暖かくていいですね」
「うん、過ごしやすいし空も綺麗だし」
同じことを思ったらしい隣に座る桔梗が笑顔で話しかけてくるのに同じように笑顔で返す。
真っ青な空の下の穏やかな時間だ。
聞こえてくる音は穏やかとは言えないけれど。
バシバシと棒がぶつかるような音は目の前の庭から響いてくる。
音は穏やかではないが、見える光景は私にとっては平和に感じるものだった。
「ほら、力が足りていないぞ」
「もう少ししっかり握れ」
はい、という元気な声が二つ揃う。
庭には蘇芳と桔梗の夫である領主様、そして竹刀を持って打ち合う幼い男の子が二人。
蘇芳と領主様がそれぞれ付いて、竹刀の持ち方や足の動かし方などを教えている。
あの日蘇芳が撫でたお腹の中にいた新しい命はあっという間に成長し、同じ時期に生まれた桔梗の子供とともに成長してきた。
桔梗の息子と竹刀を打ち付け合う自分の息子を見つめる。
初めての子育てに戸惑うことも多かったが、蘇芳はしっかり子育てに参加してくれるし、親友である桔梗と相談しながら育児が出来たのは幸いだったと思う。
子育て中にこっそりとパソコンで取り出した育児グッズは桔梗と共に使い、最終的に一般の人に向けて売りに出したことで普及した。
本当にパソコン様様だ。
そしてなによりも自分の子供がこんなに可愛いものだとは思わなかった。
ずっとほしいと思っていた家族は今私の傍にある。
そんな私の家族だが、やはり魔獣の脅威がある以上戦えなければならない。
戦いという言葉が平和から離れている事はわかっているが、いざ魔獣と対面した時に何も出来ないなんて事が無いようにと鍛えなければならないのもわかっている。
それに……
「四人とも楽しそう」
「ええ、普段は仕事でいない父親に刀の振り方を教わるんだと朝から張り切っていましたから」
「桔梗の家も? うちもだよ」
「私達も教えられはしますけど、やはり夫と比べては……」
「あー……まあ比べるまでも無いよね」
蘇芳もだが、領主様もやはり戦える人だ。
二人ともその立場ゆえに率先して戦いに赴く事は無いけれど。
庭では大人二人も加わり乱戦の様になっているが、教える方も教わる方も楽しそうに笑っている。
やはり親子の時間は嬉しいものらしい。
「あの子も妹が生まれてからは自分が守るんだって今まで以上に張り切ってるし」
「ああ、それも同じですね」
なんの偶然か、私も桔梗も同い年同士の長男長女を産んだ。
生まれたばかりの長女達は私たちの間で二人揃って眠っている。
ポカポカと当たる日光に当たって気持ちよさそうだ。
この子たちが育った時、どんな世界になっているのだろうか。
私たちが入っていた牢獄はある程度研究が進み、今は出入りを自由にする為の研究と中で無限に出てくる食料についての解析が進められている。
この仕組みがわかれば、牢獄としてではなく災害時の避難場所や飢饉の時の食料の供給経路として使う予定らしい。
牢獄としてよりもそちらの使い方の方が断然良いと思う。
この子たちの未来のためにも、研究が進むことを願っている。
勿論定期的な調査で協力もしているのだが。
お互いに子をあやしながら桔梗と笑い合う。
「この子たちも私たちの様に仲良くなってくれるでしょうか?」
「そうなると良いよね、何となく気が合いそうな気はするけど」
「確かに。起きる時間も泣く時間も示し合わせたように一緒ですからね」
そう会話した途端に二人の赤ん坊の瞳が同時に開いて、桔梗と二人で噴出してしまった。
温かい日差しのおかげか二人とも寝起きにもかかわらず機嫌良さそうに笑っている。
牢獄から出て動き出した時間は、私に、そして蘇芳にも様々な物をもたらした。
それは家族だったり、友だったり、色々なしがらみだったり。
牢獄にいれば感じる事がなかったであろう嫌な思いをした事もある。
けれど今振り返って見てもあの時外に出る選択をしてよかったと思う。
少なくとも、あの牢獄にいたらこの子たちとは出会えなかった。
庭での打ち合いが一段落してこちらに歩いて来る四人を見ながら、娘を抱きあげてあやす。
同じ様にあやしている桔梗の後ろから義父が歩いて来て、私たちの腕に抱かれた赤ん坊を見てデレッと表情を崩した。
「おお、起きたのか」
発せられた言葉は厳しい義父からは考えられないほどに優しく、その表情もデレデレしているという表現がぴったりと来るくらいに笑っている。
やはり孫はかわいいらしい、私たちの子だけではなく桔梗たちの子も自分の孫の分類に入るらしく四人の子供たちをすごく可愛がってくれている。
笑顔を崩さないまま私と桔梗の子供を交互に覗き込む義父を見て、蘇芳と領主様の顔が軽く引きつった。
義父のこの様子には未だに慣れないらしく、二人は毎回この表情になる。
いや、義父を知っている人達は皆一度はこの何とも言えない表情を浮かべるのだが。
優秀ゆえに各国から一目おかれ、領主様にも頼りにされている義父は顔が広い。
根本的な厳しさは変わっていないが、孫と遊ぶ様子は普通のおじいちゃんにしか見えないのだから不思議だ。
そんな義父は駆け寄ってきた息子たちから勉強を教えて欲しいと請われ更に笑みを深めた。
「……だめだ、どうしても慣れん」
義父を見ながら小さく呟いた蘇芳に笑いながら手ぬぐいを手渡す。
汗をぬぐった蘇芳が私の腕に抱かれた娘の頬を擽る様に撫でて、幸せそうに表情を崩した。
みんな幸せそうに笑っている。
隣には親友とその家族、腕に抱く娘の顔を上の息子が覗き込んでいて、その息子の頭を笑いながら蘇芳が撫でている。
空は快晴、きっと夜には星が美しく輝く事だろう。
今もお世話になっている何でも出せるパソコン。
けれどそのパソコンでも唯一出せなかった物、私の大好きな人達との繋がり。
ああ、幸せだ。
微笑み合う大切な人達を見つめて、私も同じように笑った。
このお話で、いったん完結とさせていただきます。
書籍化に伴い、このお話の感想返信は一度ここで停止させていただきたいと思います。
連載中、たくさんの感想ありがとうございました。
おかげさまで無事に完結、そして書籍化のお話までいただく事が出来ました。
書籍は三月三日に一迅社様より発売となります。
素敵なイラストレーター様に描いていただけましたので、もし興味のある方がいらっしゃいましたらお手に取っていただければ幸いです。
カバーイラストや、キャライラストは私のTwitterにて先行公開中です。
TwitterのURLは私のプロフィール欄、もしくは本日投稿した活動報告の方に記載してあります。
最後までお付き合い、本当にありがとうございました!