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・・・そして、10年の時が流れ・・・
「おや?どうなされました?旅の方」
相変わらず見た目は穏やかそうな老人のロウバイが自身の店の隣で営業している、定食屋の前で困惑している旅装の若者に声をかけた。
この定食屋はロウバイが自身の土地を貸した上に、出資者としてオーナーの1人となっているが、ここ数年で目新しいメニューが話題になり、かなり繁盛していた。
「あ、いえ、噂でコチラの定食屋がかなり美味しいと聞いたので寄ってみたんですが、今日はお休みだったんですね。・・・残念です」
「今日は身内で宴会がありましての、臨時休業なんですわ。おぉ、そうだ、会場までちょっと歩く事になりますが、よろしければ貴方も来られるといい。皆、気の良い者ばかり、遠慮はいりません」
ロウバイは良い提案だ、とばかりに話をどんどん進めいく。
「いや、しかし・・・」
身内での宴会、と聞いて流石に遠慮をしようとした旅装の若者が断りを入れるよりも先に
「おじぃ~ちゃぁ~ん。準備できたぁ~?そろそろ行くよ~」
溌溂とした少女、ソシンがふっかふかの毛並みのトウと一緒に駆け寄ってきた。
「あれ?こんにちは!おじいちゃんのお店のお客様?」
「いやいや。そちらのお客様だよ。今日は臨時休業だろう?せっかく噂を聞いて寄っていただいたのだから、宴会に寄って行ってもらおうとお声掛けしてたところだよ」
「わざわざ、ウチの定食屋に?じゃぁ、是非どうぞ!店主も喜びますから」
「えぇっと、お店の方ですか?」
「あ、失礼しました。定食屋で働いている、ソシンと申します。こちらは、私の祖父でお店のオーナーの1人、ロウバイです。オーナー権限でのお客様ですから、どうぞご遠慮なく」
「そうですか、私はクロツグと申します。では、ありがたくお邪魔させてもらいます。・・・じつは噂を聞いて楽しみにしてたので、かなり嬉しいです」
話が纏まると、ロウバイ、ソシン、トウ、そしてクロツグと名乗った若者は連れ立って歩き出した。
「色々な国を廻りましたが、これを手に入れるのが一番大変でした」
「あれ?もしかしてそれって、入手困難なトウカ国のぬいぐるみじゃないですか?」
そう言って道すがらクロツグが肩に担いだ荷物から出した、手のひらに乗る小さなピンクのうさぎのぬいぐるみを見てソシンが声をあげた。
「姪がどうしても欲しいというものですから。見てみます?」
「わ!いいんですか!私、実物見るの初めてなんです!」
魔力を込めてある小さな石を、うさぎの左耳にはめこむ。と、クロツグの手のひらの上でうさぎがぴょこんっと起き上がって、片手をあげて
「おはよう!今日もいい天気だね!じゃ!」
と元気に挨拶したかと思えば、手振って寝てしまった。
「ぶっっっ。クロツグさん、なまけものタイプにあたりましたね?でも、可愛いぃ~」
「そうなんです。コイツ、すぐ寝てしまって。元気すぎてすぐどこかに行ってしまう、猪突猛進タイプにあたるよりよかったですが」
ソシンが大いに笑いながら言うと、クロツグも苦笑いしながら答える。
「う~む、コレが例の『動いて喋るぬいぐるみ』・・・ロサ殿は良い仕事してるの。これなら若い世代の娘にも評判がよさそうだし、ウチも仕入れるかの」
「ホント!?おじいちゃん!仕入れてよ!私、一番に買うから!」
ロウバイがそう言うと、ソシンが大いに支持する。
そうやって話をしていると、あっという間に目的地に着いた。
森の中にポツンとある家。その側の泉に一行は向かう。
既に泉の周囲にはかなりの人が集まっていた。
泉の側には大きなテーブルが置いてあり、上には様々な料理や飲み物が置いてある。皆、片手に料理が乗った皿を、片手に飲み物が入ったカップを持ち、思い思いに座っている。
ソシンは倒木に並んで座る、明るい茶髪の男性と黒髪の女性、その側できゃっきゃっと楽しそうにしている小さな黒髪の女の子の元へと近づいていく。
「菫お姉ちゃん!」
「ソシンちゃん。いらっしゃい!ロウバイはんも、トウはんもようこそ。あら?お客様?」
「そうなの。お店の評判を聞いて食べに来てくれたんだって。でも今日はお休みになっちゃったでしょ?せっかくだから今日の『お花見』にご一緒にどうぞってお祖父ちゃんが」
「すみません。身内の方々の集まりだと伺ったんですが、是非とも噂の料理を食べてみたくて・・・」
「わざわざ、寄ってもろておおきに。店主の菫です。いつもお店で出してる料理も用意してるし、いっぱい食べてって下さいね」
「クロツグさ~ん。コレお店のお勧めの、お好み焼き!こっちのだし巻き卵も、から揚げもおいしーよ!菫お姉ちゃんの作るのは、何でもおいしーんだから!」
ソシンが、クロツグの手を引っ張りながら説明をしている。その様子を微笑ましく見ていると、後ろから
「菫。はじまるぞ」
愛娘の『紅葉』を抱きかかえながら、エドワードが声をかけてきた。
ゆらり。
泉の水面が揺れ、薄く靄がかかる。
それはゆっくりと広がっていき・・・満開の桜をうつし出した。
淡い、優しいピンク色が降り注ぐ。風が吹き、一面の桜吹雪が舞い上がる。
ゆらり。
水面が揺れ、その光景は夢のように消えた。
ほぅ~。
息を詰めて泉を食い入るように見ていた周囲から、感歎の息がもれる。
「いやぁ~、今年は見事でしたなぁ~」
「おかぁさーん、きれいだったねー」
「そうね。ほら、こぼしてるわよ」
「来年も見れるかのぉ」
ざわざわと、今見た光景を肴に幸せそうに、美味しそうに、食事を楽しみだす。
「クロツグさんは、いい時に来なさったの。今日みたいに美しい光景は久しぶりだったの」
「何だったんですか?今の光景は」
初めて見た光景に呆然としていたクロツグが、話しかけてきたロウバイに問いただす。
「さて?菫さんのご主人のエドワード師が長年研究してなさるが、未だ解明できない現象でしてな。ま、わしらはこうやって綺麗な光景が見れる時に招待を受けて、良いモノを見せてもらっていますがの。その上、美味しい料理も食べれて、幸せ、幸せ」
「そうですか、不思議な事もあるもんですねぇ・・・。あれ?コレ、どこかで食べたことがあるような?」
クロツグがそう呟いた途端
『ヤバイ!』と周囲の人々が視線を交わした。
発言した当の本人は、周りの雰囲気に気がつく事なく、「何だっけ?」と首をひねっている。そこへ、
「クロツグはん?どの料理?ドコで食べたん?よぉ~思い出して?(に~っこり)」
いつのまにやらクロツグの目の前に来てがっしりと、その手首をホールドしている菫。言葉遣いも、お客様対応から素に戻っている。
「え?えぇ?」
突然の事にクロツグが驚いていると、
「すまん。今日は我が家に泊まってくれ(決定)」
ぽん、と後ろから紅葉を抱きかかえたエドワードに肩をたたかれた。
「は?はぃぃぃ?」
「ま、仕方がないね」
「そうそう。菫さんの前で、料理人の好奇心を刺激する事を言った、兄さんが不用意だったな」
「えぇ~、僕がいけなかったんですかぁ?」
「クロツグさん。腹わって話しましょ」
菫の、獲物を捕らえたかの様な微笑み。エドワードの苦笑い。紅葉の、ソシンの楽しそうな笑い声。周囲からも明るい笑い声がこぼれてる。
きっと、明日も笑い声が満ちている。
これにて、しゅ~りょ~です。
最後になりましたが、お気に入り登録や評価をつけて下さった方々、ありがとうございました!ホントに励みになりました。嬉しかったです!!
そしてこのお話を読んで下さった方々、本当に本当にありがとうございました。
このお話を読んで、少しでも笑って、ほっこりしてもらえたら嬉しいです。