第24話 ただの自分として
リュネアへ、帰る道は、来た時よりも、短く、感じた。
街道は、あいかわらず、よく整っていた。詰所には、人がいて、荷馬車が、行き交う。グレイシャとの、境も、もう、どちらの街の、区間か、見分けが、つかない。
どちらも、それぞれの、理由で、回っている。
「疲れたか」
ガイウスが、聞く。
「ええ。……でも、いい疲れです」
リュネアの、城門が、見えてきた。
門番が、二人に、気づいて、軽く、手を、上げる。頭は、下げない。それで、いい。
市場では、ミーナが、誰かと、値の話を、していた。エリアナに、気づくと、大きく、手を、振った。
「おかえり! 困らなかったよ!」
「知っています」
エリアナは、微笑んだ。
城――記録棚になった、あの建物に、戻る。何も、変わっていない。彼女が、半年、留守にしても。この街は、いつも通り、そこに、あった。
その夜。
二人は、広場の、隅の、長椅子に、腰を、下ろしていた。
特別な、日では、なかった。露店が、いくつか、出て、子どもが、走り、楽人が、下手な笛を、吹いている。ただ、それだけの、夜だ。
「暇だな」
ガイウスが、言う。
「ええ」
「物足りないか」
いつか、聞かれた言葉だ。前は、少しだけ、迷って、答えた。
今は、迷わなかった。
「いいえ」
「本当に?」
「本当に」
風が、ゆるく、広場を、抜けた。
エリアナは、隣の、ガイウスを、見た。
近すぎず、遠すぎない。いつもの、距離。
けれど、もう、それを、崩さないための、距離では、なかった。
「あの、崩落の時」
エリアナは、言った。
「あなたは、言いましたね。『それだけではない』と。ついて来る理由を、聞いた時」
ガイウスの、眉が、わずかに、動く。
「……言ったな」
「続きを、聞いても、いいですか」
ガイウスは、しばらく、黙っていた。
それから、めずらしく、言葉を、探すように、言った。
「お前が、いる場所が。……悪くない、と、思っている」
飾りのない、不器用な、言葉だった。
告白でも、なかった。約束でも、なかった。
ただ、それで、十分だった。
「私も」
エリアナは、言った。
「私も、あなたの、隣を。……自分から、選んでいます」
初めて、それを、言葉に、した。
ガイウスは、何も、言わなかった。ただ、長椅子の、彼女の隣に、いつもより、少しだけ、近く、座り直した。
それだけの、夜だった。
王妃にはなれなかった。
華も、なかった。
中心にも、ならなかった。どこの街の、中心にも。
けれど。
だが今、私は――
誰かの隣を、自分から、選んでいる。
誰の上でもなく。誰の代わりでもなく。誰かに、必要と、されるためでもなく。
ただ、自分が、そうしたいから。
遠い、王都にも。隣の、グレイシャにも。この、リュネアにも。それぞれの、灯りが、揺れている。
どれも、一つの、大きな火に、頼らない。小さな灯りが、たがいに、支え合う。
その、どの中心にも、私は、いない。
私は、ただ、この長椅子の、隣に、いる。
それで、十分すぎるほど、だった。
最後まで、お読みいただき、本当に、ありがとうございました。
前作のテーマは「降りる勇気」でした。
この続編で描きたかったのは、「降りた人が、もう一度、降りられるか」――そして、「自分のやり方が、自分のいない場所で、根づくか」でした。
グレイシャは、たった一語の違いで、逆を向いていました。
エリアナは、それを、直しませんでした。教えも、しませんでした。ただ、記録を置いて、去りました。
そして、セレナ自身が、その一語を、書き換えました。
華は、飾りではなく、人の背を押す灯りでした。
そしてエリアナは、初めて、街のためではない望みを、ひとつだけ、自分に、許しました。
必要とされることを手放した人が、
最後に、「必要だから」ではなく「そうしたいから」誰かの隣を選ぶ。
それが、この物語の、いちばんの願いでした。
またどこかの物語で、お会いできましたら。




