第51話 番外編① 華のある人
完結後の、小さな後日談です。
派手な事件は起きません。ただ、季節がひとつ巡っただけの話です。
リュネアに、はじめての視察団が来ると決まったのは、秋の終わりだった。
近隣の三つの街から、代表が街の運営を見に来る。再建の話を聞きつけて、まねをしたいのだという。
「見世物じゃないんだがな」
ガイウスが、書類を繰りながらぼやいた。
「見せていいと思います」
エリアナは、いつもの席で帳簿を閉じる。
「隠すような仕組みは、作っていません」
「……それもそうだ」
準備は、特別なことをしなかった。
いつも通り市場を開け、いつも通り兵を巡回させ、いつも通り倉庫を回す。飾らないことが、いちばんの説明になる。そう決めたのはエリアナで、誰も反対しなかった。
視察の前夜、広場で小さな催しがあった。
収穫祭というほどではない。露店がいくつか出て、子どもが走り、楽人がひとり、下手な笛を吹いている。それだけだ。
エリアナは、隅の長椅子に腰を下ろしていた。
「華やかだな」
隣に、ガイウスが立つ。
「華、ですか」
その言葉に、彼女はわずかに目を上げた。
「……私には、無いものだそうです」
冗談のつもりだった。
昔、王宮で言われた言葉。華がない。前に出ない。王妃向きではない。もう、痛みもしない古い傷だ。
ところがガイウスは、笑わなかった。
「誰が言った」
「もう、覚えていません」
嘘だった。だが、本当のことでもあった。名前を思い出すより先に、どうでもよくなっていた。
ガイウスは、広場を見渡した。
灯りの下で、街の人間が笑っている。ミーナが子どもに何かを配り、ロルフが腕を組んだまま楽人の笛に顔をしかめ、バルドが誰かと値の話で盛り上がっている。
「この街は」
ガイウスが、ぽつりと言う。
「お前が来てから、明るくなった」
「仕組みを整えただけです」
「そうじゃない」
彼は、めずらしく言葉を探していた。
「明るいのは、灯りの数じゃない。……人が、前を向いてるかどうかだ」
エリアナは、答えなかった。
「華ってのは」
ガイウスは、彼女を見下ろす。
「飾りのことじゃないんだろうな」
風が、ゆるく広場を抜けた。
笛の音が、一瞬だけまっすぐ伸びる。
「……買いかぶりです」
ようやく、エリアナはそう言った。
「かもな」
ガイウスは否定しなかった。ただ、長椅子の、彼女の隣に腰を下ろした。
近すぎず、遠すぎない。
いつもの距離だった。
けれど今日は、その距離が、少しだけ狭い気がした。
「明日、緊張するか」
「いいえ」
「本当に?」
「……少しだけ」
ガイウスが、低く笑う。
「お前でも、緊張するんだな」
「人間ですので」
二人は、しばらく黙って広場を眺めていた。
話すことは、特になかった。
それでも、立ち去る理由も、なかった。
やがてミーナが二人を見つけて、手を振りながら駆けてくる。
「お姉さん、ガイウスさま、何してるの」
「見物だ」
「ふたりで?」
その問いに、ガイウスは答えず、エリアナも答えなかった。
ミーナは、子どもらしい目で二人を見比べて、それから、にっと笑った。
「なんでもない」
大人ぶった口ぶりで、そう言って走っていく。
「……気づかれましたね」
「何にだ」
「さあ」
エリアナは、めずらしく、少しだけ笑った。
王妃にはなれなかった。
華もなかった。
けれど、誰かがその隣を、自分から選んで座る夜が、ちゃんとあった。
それで、十分すぎるほどだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
本編で書ききれなかった「そのあとの距離」を、少しだけ。
派手なことは、やっぱり起きませんでした。
次の番外編では、王都のその後を一度だけ覗いてみます。
ブックマークして、のんびりお待ちいただけたら嬉しいです。




