Ⅰ 1-3
「ロックシンガーなのに『空〇バカ一代』って」――ではない。おじいちゃん大好きのおじいちゃん子だった貴教にとって、じいちゃんが喜んでくれることはどんな事でも頑張ったし、じいちゃんの好きな物はどんな物でも好きだった。幼き日の貴教にとって、じいちゃんはそのくらい絶対的な存在で、何なら、将来はじいちゃんになりたかったくらいである。じいちゃんが大〇倍達や漫画『空〇バカ一代』が特に好きだったという訳では無い――貴教はアニメ「空〇バカ一代」が好きではあった――が、幼い頃から剣道や柔道とともに空手の手解きを受け、大ファンだった俳優の歌う曲を車の助手席で一緒に聴いていたのが大きかったのだろう。貴教が本当の意味で歌に出会う以前に、その二つは幼子の潜在意識の奥底で融合し、いつの間にか彼の主題歌となっていたのである。故に、唄・鶴田〇二は、本来ならば「かーらて」である部分は「かーしょう」と歌い上げる。「うーた」では締まりが悪いのだ。詞の細部の変化が起こったのは歌と出会った以降であろう。頭や心で自然と奏でられ顕在化する様になったのも、実は故郷を後にしてからの事であり、初めてこの幻聴を体験した時には、流石に「なんだこりゃ!」と思うと同時に、「俺、大分疲れてるし、相当参ってる」と感じたものである。「でも、すっげー闘志が湧いてくる」とも。
最早アドレナリンどばどば状態の貴教は子供の頃以来、それこそ空手の構えを取ってしまいそうな勢いだったのであるが、其れは阻止された。黒服の一人に背後から羽交い絞めにされてしまい動きを封じられてしまったのだ。いくら、表彰もののマッチョ(トップクラスどころかトップである。「ベ〇トボディ・ジ〇パン日本大会」モデルジャ〇ン部門ゴ〇ルドクラス二年優勝を果たしている程である)で知られる貴教とはいえ骨格そのものは大きくない。それに対して、百九十センチを超えるレスラーの如きゴリゴリにごつい巨漢が相手となると馬力では太刀打ち出来ない。振りほどく事叶わず、抱え上げられた状態でウオークインクローゼットまで連れていかれ、奥に向かって放り込み、こう言い放った。
「とっとと着替えろ! そんな恰好であの方の前に出るなど恐れ多いと思わんのか!」
立ち上がりながら、貴教も反論する。
「あの方もへったくれもねえわ! そんなもん知るか!」
そんなものを“テ〇アイ”が取り合う訳がない。
「ちゃんとした正装だ! 飛び切りの正装をしてこい! 何たってあの方の前に出るのだからな」
それだけ言うと、黒服はバタンと扉を閉め、去っていった。
「クソ! 何なんだアイツらは!」
それでも素直な貴教はバスローブを脱ぎ、言われた通り着替えようとしている自分に気付き、
「ああ! もう!」
生真面目な自分が嫌になる。
「正装? セイソウだと? なら、盛装してやんよ! とびっきりの盛装をな!」
貴教は一番奥のクローゼットの中を物色し始めた。
黒い布面積が少ないのを探している。
「『H〇T LIMIT』かましてやろうか!」
どうして自宅にそんな物があるかなんて訊いてはいけない。




