第三百十六話 壁に耳あり、障子に――
「え? エルマー先輩、マジでなんかヤバい案件とか抱えてないよね? 僕で良かったら相談に乗るけど……」
なんだか覚悟が決まった様なエルマーの言葉に、ルディの顔に心配の色が浮かぶ。が、エルマーはそんなルディの心配顔を前に手を左右に振って見せる。
「なに、そんなに心配しなくても大丈夫だ」
「いや、心配する感じだったよ、今の。なんか死相が見えていたもん。え? マジで大丈夫なの?」
「そんなに心配することは無いと言っているだろう? 別に危ない事をする訳じゃないさ」
「本当に? なんかそんな感じはしないんだけど……」
ルディの疑念の籠った視線。そんな視線にエルマーは笑顔で。
「――ユリア嬢に内緒で、ちょっと女の子に逢うだけだ」
「命の危機じゃん!?」
エルマーの言葉にルディが驚いた顔を浮かべて見せる。
「え? ど、どうしたのさ、エルマー先輩!? エルマー先輩って自殺願望でもあったの!? そんな事、ユリア先輩にバレたら先輩、ユリア先輩にラージナル大橋から川に突き落とされるよ!? しかも水位が低い時に!?」
そんなルディの言葉にエルマーはイヤそうな顔を浮かべながら口を開いた。
「なにを言っている」
「あ……そ、そうだよね? 流石にユリア先輩でもそこまでは――」
「ユリア嬢が手を下す前に、バーデン家の手の者の力で闇から闇だろうな、俺なんか」
「――なおヤバいじゃん!! なに考えてるのさ、エルマー先輩!! そんなの自殺志願者の行動だよ!? エルマー先輩が誰よりも知っているでしょ!? ユリア先輩が『ヤバい』って!!」
ルディの絶叫が室内に響く。そんなルディの声に、エルマーは少しだけ肩を竦めて息を吐く。
「……あまり失礼な事を言うな。ユリア嬢は……まあ、どうなるか分からんが、一応は俺の婚約者候補で……まあ、なんだ? 有難い話、好意も寄せて貰っていると思う」
「好意を寄せて貰っているどころの話じゃないでしょ!? 溺愛じゃん!! しかも、愛の重い方の、監禁しちゃうタイプの激重感情じゃん!!」
「……ルディ……お前というやつは……」
ルディの驚愕の声と言葉に、エルマーはため息を吐いて。
「……まあ、あながち間違ってはいないが。一度、軟禁もされているしな」
それでも首肯してルディの言葉が正しい事を認める。尚、エルマー自身は『軟禁』と思っているが、あの時エルマーとエルマー父の約束が無ければそのままエルマーはバーデン家で華燭の典をあげていた可能性が高い事を明記しておく。やらなくても良い時でもやるが、本当にやらなくてはいけない時は躊躇なくやるのだ、バーデン家は。
「……大丈夫なの、それ?」
「大丈夫ではない。そんなユリア嬢に、女の子と逢いに行くなど知れた日には――」
「いや、そっちじゃなくて」
「うん?」
首を傾げるエルマーに、ルディは――まあ、若干引いた顔をして。
「……なんかあんまり問題視していないっぽいけどさ? エルマー先輩、それって結構犯罪よりじゃない? 問題にならないの、それ?」
貴族令嬢が貴族令息を拉致軟禁である。いや、貴族関係なくても問題だし、なんならエルマーの実家から文句が出てもおかしくはない。おかしくはないのだが。
「……まあ、愛が深いからな、ユリア嬢は」
御存じだろうか? セクハラはセクハラされた方の気持ち一つなのである。腹立つ上司に『髪切った?』と言われたらセクハラだが、ちょっと良いな、と思う人間に『似合ってるね?』と言われれば許せるのである。アレだ。イケメン無罪というやつだ。
「軟禁は愛が深いどころの話じゃない気が……まあ、本人同士が良いなら良いけど……それで? そんな愛が重い――じゃなかった、深いユリア嬢に内緒で女の子とのお出かけなんて不味いんじゃないの?」
「別に疚しい気持ちがある訳じゃない。先程言った小隊長の所の領主の娘さんが学園で少しだけ浮いているらしいんだ。小隊長はいたく気にしていてな? だからこそ、学園生でもある俺に、話し相手になってくれと……まあ、そういう事だ」
「……ああ。まあ、エルマー先輩も浮いているしね」
「否定はしないがそう言われるとそこはかとなく腹が立つな。まあ良い。そういう訳で本当に今回のは人助けだ。誓って疚しい思いがある訳じゃないから」
そう言って視線をついっと逸らす。
「……まあ、ユリア嬢を説得できる論陣を張れる自信は全くないが」
「ダメじゃん」
「ああ。だから、『誰にも言わない』で行くしか無いんだ。だからルディ、この話は誰にもするな」
「……うん。まあ、言えるワケないしね」
「だろう? それじゃ時間も無いし俺は帰る。ルディはゆっくりしていっても王城に帰っても良いが、戸締りだけは頼むぞ?」
そう言ってルディに軽く手を振ってエルマーは部室を後にする。そんなエルマーの背中を見送って、ルディはため息を吐いて。
「あれ? エルマー先輩? なんか忘れ物?」
バタン、としまったドアが再び開いたことにより、ルディは視線をそちらに向けて。
「――ルドルフ様。エルマー様の後、つけるし」
「……なんでいるの、ユリア先輩?」
「壁に耳あり、障子にユリア、だし」
メアリだろ。違った、目有り、だ。




