第三百十三話 クレア幸せへの道――な、訳はない
「……事故物件って……は、ははは~。言い過ぎじゃない? お嬢様」
クレアの言葉に、若干引きつった笑顔を浮かべるリーナ。そんなリーナに軽く視線を向けた後、クレアは視線をジムに向ける。
「リーナはこう言っていますけど……ジム? 貴方はどう思います?」
「お、俺?」
「昔はともかく、今は貴族社会の『あれこれ』も存じ上げているでしょう? それなら分かりませんか? 言い方はあんまりかも知れませんが……王子様の想い人に『コナ』かけたらどうなるか。普通の貴族なら畏れ多くて声なんか掛けれませんよ?」
「……」
クレアの言葉にジムは黙り込む。それは答えを持たないから、では当然なく、クレアの言が一定の真実を伴っているからである。
「……まあ、分らんでもない」
「でしょう?」
ジムの言葉に満足そうに鼻から『むふぅー』と息を吐きだしてクレアはその後、ため息を、大きな大きなため息を吐く。
「……なんだかんだでこの国、男尊女卑の所ありますしね? 男性がお妾さんを抱えているのはまあある程度許容されますけど……女性がそれやったら大問題になりますもん」
「……まあな。それは確かにお嬢の言う通りかもしれないけど……でもさ?」
そこまで喋ってジムは首を捻って見せる。
「そこまでお嬢が分かっているなら、俺に紹介してくれって言っても無理じゃねーか? お嬢の言う通り事故――はともかく、『王子様の意中の人』っていう肩書のある今のお嬢に声掛けるような気合の入った貴族令息を俺は知らねーぞ、流石に。裕福な平民は――ああ、そっちも一緒か。裕福な平民でも難しいよな?」
「です。裕福な平民なら普通に王城との付き合いもありますし、王子様の不興をかってまで私を連れ去ってくれるような王子様はいないでしょうね。ああ、この王子様は正しい意味での王子様ではなく」
「分かる。お話の中に出てくる王子様、みたいな意味だろ?」
「です。そもそも、『正しい意味での』王子様はもういますし」
「ん? どういう意味だ、それ?」
「何でもないです。リーナの精神衛生上、これ以上の言葉は避けます」
実際、『自国の王子様』から救おうと――まあ、攫おうとか掬おうの方が近いが、そうい意味での『王子様』はもういるのだ。さっきのリーナの反応を見ていたクレア的には、これ以上リーナの精神をイジメても仕方ないと判断し、そちらは内緒にしておくことにした。
「ともかく……まあ、ジムにお願いしたのは願望というか、愚痴というか……そんな感じですよ。流石に難しいとは思っていますが……もしかしたらいい人、いないかな~って。後はジムも顔が広くなったでしょうし、心の片隅にでも置いておいてくれたら良いかな、と」
そう言って紅茶のカップに口を付けるクレア。そんなクレアに憐憫の表情を浮かべながら、ジムも紅茶に手を付けて。
「…………あ」
そこでジムの脳裏に電流が走る。そうだ、居た。
「あー……お嬢の好みかどうかはわからねーけど……一人、居るな」
「……え? い、居るんですか!? こんな事故物件を引き取ってくれそうな、そんな逸材が!? いるのであればもう、こだわりません!! 人間であれさえすればそれで!!」
「理想が低いとか、そういう次元じゃねーな」
「もう、贅沢は言ってられないんです!! ど、どんな!? どんな人ですか!?」
テーブルから身を乗り出してジムに詰め寄るクレア。そんなクレアに『落ち着け、お嬢』と言いながら右手を軽く前に出してクレアを制す。
「第二近衛騎士団に所属している貴族サマなんだけどな? こう……ちょっと変わっているっていうか……顔は間違いなくイケメンだと思うんだよ。年も確か……お嬢の一個か二個上、くらいじゃないか?」
「せ、性格! 性格は!?」
「ちょっと暗い所もあるし、無口な人だな。でも、あれは喋るのが好きじゃないってだけで、苦手なワケじゃないから、会話は成立するし……というか、元々第二近衛の兵装担当で所属している人だから、頭が無茶苦茶良いんだよな。それを偉ぶる事はしないし、なんなら俺らに意見を求めたりして、改良とかもしてくれる。仕事熱心だし……ぶっきらぼうだけど、優しい人なんじゃねーか?」
「え? なんですか、その理想の王子様みたいな人!? 顔良し、頭良し、ぶっきらぼうだけど優しいなんて、何処の乙女小説のヒーローですか!!」
確かに。
「で、ですが、第二近衛とは言え近衛騎士団の一員なのでしょう? 国王陛下の側近中の側近の舞台ですし、流石にエドワード殿下の……自分で言うのはなんですが、意中の人である私は少し荷が重いというか……」
言ってみれば直属の上司の息子の想い人に横恋慕である。流石にそれは無理だろうと思うクレアに、左右に手を振って『ないない』と言って見せるジム。
「言ったろ、変わり者って。基本、研究大好きな人らしくてさ? 『第二近衛騎士団が名誉であるのは認めるが……私には向いていない』って言って辞めたがってるらしい。そもそも王子様……ああ、ルドルフ殿下の方だが、ルドルフ殿下と懇意らしいし、そういう意味でもエドワード殿下の圧も撥ね退けられるんじゃねーか? まあ、詳細は分かんねーけど」
ジムも貴族社会に明るい訳ではないのだ。ルディと懇意というのがどこまで効くのかはわからないのである。
「良いです!! ジム、その人、ぜひ紹介してください!! どちらにしても一度会わないと話は進まないですし!! 是非!! 是非お願いします!!」
「そうだな……そう言えば明後日、その人こっちに来るって話だったし、ちょっと話して見るわ。それでもし、その人が逢っても良いって話ならまた調整しないか?」
「はい!! それでいいです!! ありがとうございます、ジム!! 相談した甲斐がありました!!」
ジムの言葉に、クレアは満面の笑みで頷いた。




