第三百十二話 結構逼迫した事情
ジムのジト目と、リーナの『あ、あはは~』という愛想笑い。そんな視線に晒されながら、クレアは少しだけ不満そうに頬を膨らませる。そのクレアの表情の変化にジムも同様に表情を変化させ――具体的には『うわ、マジかコイツ』というドン引きな表情にしながら口を開いた。
「いや……お嬢? クレア・レークスお嬢様? 自分で何を言っているか分かっているのかよ、お嬢。その……なんだ? 男を紹介しろって……そう言ってる? 違うよな? 聞き間違いだよな、俺の?」
違ってくれ。この、小さい頃から知っている、ちょっとおバカだが天真爛漫な少女の願望に対して、ジムも自分の願望を口にする。そんなジムの言葉に、クレアは良い笑顔で。
「違いません!! 貴族令息、紹介してください!! 可能であれば次男か三男で、お金もそこそこ持ってる人が良いです!! 顔や身長には拘りません。勿論、イケメンの方が嬉しいです。性格に関しては出来れば優しい方が良いですが、最悪、女性にだらしなく無ければ充分です!! 年齢に関しては二、三個年上くらいがベストですが……まあ、贅沢は言いません!! 十個くらいまでは我慢しますっ!!」
「お嬢!? なんか凄い具体的な目標が出て来たんだが!? っていうか、望みが高いんだが低いんだが分かんねーだけど!?」
究極、貴族令息で女性にだらしなく無ければ良くて、年齢も近い方が良い、くらいしか言っていない。そんなクレアに、心持優しい笑みを浮かべて――まあ、引き攣ってはいるのだが、ともかくそんな微妙な笑顔を浮かべながらリーナが言葉を継ぐ。
「ええっと……どうしたの、お嬢様? お嬢様、そんなに男の人とお付き合いしたい方だったっけ? いや、恋愛に仄かな憧れを持っていたのは知っているけど……」
レークス家の家宝……というと流石にレークス家を馬鹿にし過ぎだが、それでも大事にされていた本の一つに、恋愛小説である『わく学』がある。まあ、有識者にとっては恋愛小説の括りにわく学を入れるのは噴飯ものかもしれないが、ともかくクレアがキャーキャー言いながらわく学を読んでいたのはリーナも知っているのだ。年頃の少女よろしく、少なくない関心を恋愛に寄せていたのも重々承知はしている。しているが、だ。
「……なんかえらくグイグイ行くなって感じがするんだけど……心境の変化とかあったの? その……もしかしてだけど、私とジムが影響を与えてたりする?」
少しだけ照れくさそうにちらっとジムを見やるリーナ。そんなリーナに、ジムも優しい笑みを浮かべて見せる。そんな二人を微笑ましく見守った後、クレアは口を開いた。
「それもまあ、理由の一つではありますね。婚約してからこっち、ジムからもリーナからもお手紙を頂きましたが、お互いにお互いを思いやりながら、それでも少しだけの惚気を出している手紙は、思わず砂糖を吐きそうになるほど甘かったです。それに憧れが無いと言えば……まあ、嘘になりますね」
送られてきた手紙が砂糖を吐きそうになるくらいの『あまあま』なら本来はチベットスナギツネ顔になってもおかしくはないが、クレアは訓練されたわく学愛読者なのだ。もっとくっさい小説を読み込んで来たクレアにとって、初々し二人の惚気なんて『あまずっぺえなぁ~!』だし、そもそも兄貴分、姉貴分の幸福を心から喜ぶ民度はあるのだ、クレアには。性格は良いのである、クレア。
「愛する人と支え合うっていうのはまあ、羨ましいですが……ですが、それは理由の一つでしかありません。私の場合、もうちょっと切実なんですよ」
そう言って憂顔を見せるクレア。そんなクレアの表情の変化にジムとリーナは顔を見合わせ、やがてリーナが気遣わしげにクレアに声を掛けた。
「ええっと……切実って……なんかあったの、お嬢様? そんな慌てて貴族令息を見つけなくちゃいけない理由って……」
リーナの言葉に、クレアは小さく首を左右に振る。
「いえ、特に……まあ、あったのはあったのですが……ご存じの通り、私、レークス家の一人娘なんですよね? お父様とお母様が鬼籍に入った際、私が――というより、私と私の配偶者がレークス領を継いで、私の旦那さんにあたる人がレークス男爵を継ぐ事になるんですよね」
「……領主様、具合でも悪いのか?」
クレアの言葉にジムが少しだけ表情を曇らせる。クレアとの付き合いで分かる通り、レークス領は領主と領民の仲が非常に近く……ジムにとってもクレアの父は『領主様』というより、『よく知っている幼馴染のお父さん』の感覚なのだ。そんなジムに、クレアは苦笑を浮かべて首を左右に振って見せる。
「ぴんぴんしていますよ。まあ、後十年、二十年は大丈夫でしょう。元々、風邪一つ引かない人ですしね。ですからそっちが問題では無くて」
一息。
「――王子様に求婚された事故物件なんですよ、今の私。学園でも腫れ物扱いですし、仲の良い男の子……もいるにはいますが、流石に爵位とかが違い過ぎますし……このままじゃ私、一生結婚出来ないと思いません……?」
えらく切実な表情で、そんな事を言って見せた。




