第二百九十九話 そこは我慢しとけ
ルディの成長を感じ、そこはかとなく顔に笑みを浮かべるアベル。と、そんなアベルの表情が少しだけ曇る。
「……どうした、ルディ? さっきまでの凛々しい顔は何処に行った? 急に情けない顔になったが?」
アベルの言う通り、ルディの顔が情けないものに変わる。そんなアベルの言葉に、ルディは少しだけ気まずそうに視線を逸らす。
「ええっと……メアリは良いんです。いや、良いんですというとアレですけど……メアリ自身、そこまで望んでいないですし、一歩引いた形でもありますので」
ルディの言葉に少しだけ驚いた表情を浮かべて見せる。
「……まさか、お前の口からそんな言葉を聞くとはな」
「そんな言葉、とは?」
「嫌いだろう、身分差」
「ああ。まあ、正直そこまで好きでは無いですよ? いえ、王族がいて、貴族がいる国です。生まれに貴賤はないけども、どうしたって上下はありますから」
「それが気に入らないのじゃなかったのか? それとも……身分差云々はもう、『諦めた』か?」
アベルの声に、ルディが少しだけ肩を竦めて見せる。
「……現状、僕が何かをなしたという事は無いですからね。そんな僕が何かを変えようとしても無理でしょう?」
「……ふむ」
「だから……諦めます」
「……」
ルディの言葉に、アベルは少しだけの失望を浮かべる。好き嫌いはともかく――アベル的には為政者の立場である以上、ルディのその『革命思想』とも呼べる思想自体はあまり好きでは無かったが――それでも、それを主張する一本筋の通った考え方自体は尊重していたからだ。そう思い、アベルは口を開こうとして。
「――まあ、今は、ですが」
「……なに?」
「今、メアリの身分差云々を此処で論じた所で何も変わらない。それならば、僕が王になり、今のシステムを変える方を選びます。メアリがどうしても正妃になりたいというのであればまた話は別ですが……そういう訳でも無さそうですし」
「……ちなみにだが、メアリは『愛人』という事には出来るか?」
「身分差ゆえに、ですか?」
「……まあ、そうだ」
「それは御免被ります。正妃は一人しか駄目でしょうが……それ以外の妻は全員、側妃です。国家にしっかり貢献して貰いますよ」
少しだけ冗談めかしてそういうルディに、アベルも肩を竦めて見せる。
「……分かった。分かったが……流石に男爵家の娘が側妃は少しばかり外聞が悪い――怒るなよ?」
「怒りませんよ。流石にそれくらいは僕でも分かりますし……まあ、即位後です。その辺の問題の解決は」
さっき言ったでしょう? という顔を浮かべるルディに、アベルも苦笑を浮かべて見せる。
「そうか。では、メアリの身分を上げる必要がある」
「爵位のロンダリングですか」
「言い方が悪すぎる。それに、メアリの実家の爵位をあげる事は出来んぞ?」
「分かっていますよ。そんな事をしたら、それこそ国家転覆の危機になりますよ?」
王子の『イイ人』の実家がその影響で爵位をあげるなんて、それこそダメ国家の典型みたいなもんだろう。
「……何処の養女に入れるんですか?」
「ハインヒマン侯爵家だ。ブルーノも賛成しているしな」
「……ハインヒマン侯爵家、ですか……」
アベルの言葉に難しい顔をして見せるルディ。そんなルディに、アベルが少しだけ首を傾げて見せる。
「なにか不満か?」
「いえ……確かに良い所だとは思います。ハインヒマン侯爵家は国家の重鎮です。現侯爵はこの国の宰相ですし……この国での地位も盤石ですしね。そもそも、王家との血の交流もありますし……メアリを養女にとっても問題は無いでしょう。文句も出ないでしょうしね、どこからも」
次期国王の外戚になるのだ。下手な貴族の養女になれば、義両親が欲を出しかねない。そういう意味では、既に十分国家に影響力を持っているハインヒマン家であれば、養女の一人や二人、国王の嫁に出しても影響力に大きな変化はない。加えて。
「アインツは優秀だろう? きっと、ブルーノの後を継ぐ」
既に次期宰相の最右翼であるアインツがいるのだ、ハインヒマン家には。放っておいても権力は転がり込んでくる以上、これ以上の影響力は必要がない。
「お前とアインツは幼馴染だ。お前らの仲の良さは皆、知っているしな? 問題は無いと思ったのだが……その顔では何か懸念があるのか?」
「いえ、懸念という程では無いのですが……」
「思っている事があるのなら言え。我々とルディ、お前では見えているものが違う。お前の中で、少しでも疑念があるのであれば、それはもしかしたら大問題かも知れんからな?」
そんなアベルの言葉に、少しだけ遠慮がちにルディが言い淀み。
「いえ……アインツが義弟って……こう、なんかちょっと気持ち悪いな~って」
「……うん、確かに疑念という程ではないな。そしてそれは我慢しろ」




