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第一話 深夜のコンビニで

今回は一話ずつ書きながら投稿するという形に初挑戦します。一応プロットは決まっていますが、途中で大幅な変更が入らないことを願いつつ書き続けようと決意していますので、暖かく見守っていただけると嬉しいです。

「ありがとうございました」

 客が店を出るタイミングを見計らい、月島(つきしま)聖夜(せいや)はレジ越しに声をかけた。徒歩五分ほどの距離にある大学の学生だろう。彼は外に出るとすぐ手に息を吐きかけた。今の季節、日が沈むと急に気温が下がる。彼が暖かい食べ物を買ったのも(うなず)けた。

 ここ最近はよく見かける。遅くまで研究室に残って卒論を書いていたのかもしれない。

(お疲れさま)

 名前も知らない客に、聖夜は心の中でねぎらいの言葉をかけた。

 聖夜がコンビニで深夜のバイトをするようになり数ヶ月がすぎた。雑多な作業や客の対応も慣れ、今ではすっかり店員が板についている。一年前は自分が深夜のバイトをする姿を想像すらしていなかったので、不思議な縁を感じていた。

「今のうちに掃除をしましょうか」

 聖夜はカウンターから出て、スタッフルームにいる店長に声をかけた。

「その前にひと休みしようや」

 店長が両手にマグカップを持って出てきた。薄くなりかけた頭に白髪が混じり始めている気のいい初老の人物だ。客のいなくなるタイミングを見計らっていたのだろう。

「月島くんみたいにうまくは()れられないが、大目に見ておくれよ」

 微笑みを浮かべ、店長はカウンターにマグカップをおく。礼をいって一口飲むと、ほんのりとした酸味と心地よい苦みが口に広がった。

「うまくないなんてご謙遜ですよ」

「お世辞と解っていてもうれしいねえ。それより」

 店長はことばを区切って壁の時計に視線を移す。

「今夜は来ないのかい、月島くんの彼女」

「彼女?」

 そんな人はいないのだが、と聖夜は首をひねりながらもう一口コーヒーを飲み、客のいなくなった店内を何気なく見る。

 スーパー閉店後はそれなりの客足もあるが、十時も過ぎればピークは過ぎる。それでも近くに大学のキャンパスがあるため、真夜中でもポツポツと利用客があるのがここの特徴だ。立地条件の影響で固定客は多いが、毎日のように通う女性客はいただろうか。と、そこまで考え、ある人物の顔が浮かんだときだ。

 自動ドアがサッと開き、女子高生が息を切らして入ってきた。

「聖夜くーん。遅くなってごめん」

 今日はいつもより化粧が念入りで服装も派手だ。鮮やかな花柄のワンピースに、背中にバンド名の入った厚手のジャケットを着ている。手に下げている袋にも同じものがプリントされていた。ヒット曲に疎い聖夜でも知っている、若者世代を中心に人気のあるビジュアル系のバンドだ。

「噂をすれば、だな。掃除はワシがしておくから、他のお客さんが来るまで休憩を続けとくれよ」

 店長は飲みかけのコーヒーをカウンターのすみに隠すようにおき、スタッフルームに戻ると掃除用具を持って駐車場に出た。

「いらっしゃいませ、加織(かおり)ちゃん。今日はいつもと雰囲気が違うね」

「本当? 聖夜くんがファッションの違いに気づいてくれるようになって嬉しい。それだけあたしを見てくれているって思っていいのかな」

 カールさせたツインテールの髪を空いた手で弄びながら、三村(みむら)加織はわずかに頬を赤らめた。

「い、いや、まあその……」

 どう返せばいいのか聖夜が困っているときだ。掃除に出たばかりの店長が、客を連れて戻ってきた。

 鹿野(かの)綾子(あやこ)――聖夜が住んでいるアパート「かのこ荘」の大家だ。

 かのこ荘は学生限定のアパートで、綾子は希望する学生の食事も用意している。勉学に忙しい者たちに少しでも集中してもらいたいという配慮からだ。

 還暦を少し超えた年齢だが、若者にまじって生活しているためか見かけも中身も年齢よりはるかに若い。

「十時すぎての買い物なんてめずらしいですね」

「いやね、朝食の準備をしていたら、マヨネーズが切れているのに気がついたのよ。今さら献立を変えるのも大変だから買いにきたってわけさね」

「そういうことならぼくに頼んでくれたらよかったのに」

「あら、そうだね。次からは頼むわ」

 綾子はアハハと笑いながら、マヨネーズを手にレジに戻ってきた。

「綾ちゃん、月島くんを紹介してくれて本当によかったよ。真面目でよく気がつくから、いろいろと助けられているンだ」

 店長は豪快に笑いながら、先ほどカウンターのすみに隠したマグカップを手にする。綾子と店長は小学校時代からの知り合いで、古い町側住人特有の地元繋がりだ。その伝手で聖夜は、学園都市にオープンされた店で働くことになった。

「ねえ、店長さん。この週末、聖夜くんにお休みをくれませんか?」

 加織が突然店長にうちあけた。いきなりの話に、店長は眉をひそめて聖夜を見る。

「月島くん、何か約束でもあるのかい?」

「いえ。約束した覚えはありませんが……」

 聖夜はとまどいつつ首を横にふった。第一急にバイトを休んだら、褒められたそばから信頼を失う。

「実はね、週末にうちの学校で学園祭があるの。聖夜くんにも来てほしいんだ」

「加織ちゃん。それ、初耳だよ」

 聖夜は腕組みしてため息をついた。だが加織は負けずに話を続ける。

「最初は聖夜くんに話してからって思ったけど、ちょうど店長さんがいたから先にお願いしたの」

 加織は斜めにかけたバッグからチラシを取り出し、カウンターに置いた。その場にいる全員の視線が集中する。

「あら本当だね。次の土日に学園祭が開かれるのかい。昼間なら、聖夜(セイ)ちゃんはバイトのない時間でしょ。無理に休まなくてもいいじゃない」

「それがね、綾子さん。バイトがあったら、終わってから一緒にご飯食べたりカラオケ行ったりできないでしょ。せっかくだから一日つきあってもらいたいんだ」

「なるほどね。店長(ゲン)さん、どうにかならないかい?」

 綾子が加織の助け舟を出す。店長はバイトのシフト表を見ながら顔をしかめていたが、

「月島くんの彼女たっての頼みなら、一肌脱がなきゃならんな。今まで無遅刻無欠席で働いてくれたお礼も兼ねて、喜んで許可するよ」

 と応えた。「彼女」という言葉を聞き、店長が聖夜と加織がつきあっていると思い込んでいることを知った。

「ダメです、今から夜のシフトの変わりは見つかりませんよ。土曜の夜はいつもより深夜のお客さんも多いし、店長ひとりだと手が足り……」

「心配するな。一晩くらいなんとかなる。どうしても難しいようだったら、家族の誰かに手伝わせる。だから思い切り楽しんでこいっ」

 心配する聖夜の言葉をさえぎり、店長は胸を張って答える。だが聖夜は素直に喜べない。高校教師の父がテストの採点で徹夜をしたあとは、肩凝りなどの体調不良をぼやいていた。父よりも二回りほど年上の店長には無理をさせたくなかった。

(父さん、今ごろどうしているだろう)

 聖夜がコーヒーを淹れるのが得意なのは父の影響だ。コーヒー好きに加えて仕事で遅くまで起きているせいで、必然的に量が多くなる。そんな父を手助けしたくて美味しい淹れ方を身につけた。

(もしこのまま……いや、よそう)

 淡い期待を抱いては失敗したときのダメージが大きくなるだけだ。過去とは絶縁したのだからふりかえるだけ無駄だと自分に言い聞かせ、目の前の少女を見る。

「加織ちゃん。こういうことはもっと早く教えてくれないと困るよ。店長はああ言ってくれたけれど、ぼくはバイトを休まないからね」

「ええっ? せっかく許可してもらったじゃない」

「そうだよ、セイちゃん。(ゲン)さんの好意を無下(むげ)にしちゃいけないって」

「綾ちゃんたちの言うとおりだ。こう見えても体力はたっぷりあるンだぞ」

 三人そろって聖夜を休ませようと反論してくる。加織はともかく、店長まで一緒になることはないだろう、と聖夜は心の中でため息をついた。

「しかたがない。そこまで言うなら休めない理由を打ち明けます。いやもっと正確に言うと、夜のシフトに入っている本当の訳を」

 聖夜が真顔を見せると同時に、三人の視線が集まる。

「実はぼく……」

 と、一呼吸おく。みんなの視線を感じながら、聖夜はおもむろに言葉を続ける。

「人間じゃなくて、()()()()()なんだ」

 聖夜はみんなを怖がらせようとして、胸元で両手の指先をゆっくりとくねらせた。

 瞬間的に綾子と店長が視線を外す。

 加織はとっさに意味を理解できなかったようで、二呼吸おいてやっと口を開いた。

「ド、ドラキュラって、あの、ホラー映画の吸血……鬼?」

「そうさ。夜はこうして行動できるが、太陽の(もと)では灰になって消えてしまう。だから昼間は……」

「何を言ってんのよお」

 話を最後まで聞かず、加織はおなかを抱えて大声で笑い始めた。幽霊のしぐさをしたままで聖夜は固まる。

「だって聖夜くん、今どき、小学生でも、そ、そんな、話、信じないよ。それに」

 笑いを堪えながら息絶え絶えにそう言うと、加織は聖夜の胸元を指さした。

「ほら、これ。十字架のネックレスをしている吸血鬼なんて、聞いたことないよ」

 店長はあきれて、掃除道具を手に再び駐車場に出た。綾子と加織は顔を見合わせてクスクス笑っている。

 人々のヴァンバイアに対する反応なんて所詮(しょせん)こんなものだ。

 すぐ目の前に半魔物がいるなどと、夢にも思ってないだろう。聖夜は苦笑いをし、少し前の自分の姿を彼らに重ねる。

 もっとも今のは真剣なカミングアウトではなく、初めから冗談のつもりだった。だからこのリアクションは計算のうちだ。

 気まずい空気を誤魔化すように、聖夜は両手を組んで背伸びをする。そのタイミングで店の自動ドアが開き、大きなバッグを持った集団が入ってきた。あの荷物はギターやベースなどの楽器だ。名前こそ知らないが見慣れた顔だ。彼らも近くに住む大学生で、聖夜がシフトに入っている時間帯によくやってくる。

 その中のひとりと目が合うと、彼は人好きのする笑顔を浮かべて口を開く。

「おや、聖夜あ。お嬢さん方と油売ってないで、ちゃんとお仕事してくれたまえ」

「あら、お嬢さんってアタシも入っているのかい?」

「もちろん。綾子おばさんも入っていますよ。そしてこちらの加織嬢もね」



最後までお読みいただけてありがとうございました。

ブクマや一話ごとの評価などをいただけたら執筆の励みになります。気に入ったよという方は、ぜひよろしくお願いします。

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