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パラダイス・ロスト  作者: 須賀マサキ
プロローグ
1/11

第一話 覚醒

 魔物は自由の訪れを待っていた。

 それを封印した者たちは強靭(きょうじん)な精神力で、長久とも感じられる時間、魔物の動きをさまたげている。もがいてもわめいても決して鎖はほどかれない。何度試みても結果は同じだ。

 それでも魔物は飽くことなく足枷(あしかせ)の破壊に挑む。そしてまた努力が無駄に終わったことを知り、怒りに燃え、絶叫する。

 囚われの身は未来永劫(えいごう)続くはずだった。


 解放のときは、不意に訪れる。

 鎖はいつになく朽ち果てて強靭さが感じられない。


 ――千載一遇の好機か。あるいは、罠?


 魔物はしばらく自問自答した。

 考えもなく餌にとびついてもよいのか? 選択を誤れば、行き着く先は魂の消滅、闇の世界への還元を意味する。

 だがこれを逃せば、二度と抜け出せまい。

 このまま囚われの身に甘んじるのも存在そのものが消滅するのも、大差ないではないか。


 ――ならば少しでも好転する可能性を求めて、罠かもしれない道を選ぼう。それ以外に自由になる(すべ)はないのだから。


 心に決めた今、躊躇(ためら)いはない。魔物は力をふりしぼる。


 鎖は消滅した。

 焼け跡に残った紙片を(ちり)にするが如く、魔物を縛りつけていた封印は消えた。鎖にかけられた力は半減していた。対する魔物は失われた力を回復している。


 ――門番の、死か。


 封じられてから半世紀ほど過ぎた。見張りの寿命を考えると充分すぎるときが流れた。強大な力を備えていても、所詮(しょせん)は人間。彼らの命は限りがある。永遠の命を持つ存在に叶うはずがない。

 時間こそが、魔物たちの味方だ。


 ――あと一歩。


 完全な自由を手にするには生者の身体(うつわ)が必要だ。それさえ手に入れば、囚われの身ではなくなる。

 だが得る前に抜け出して彷徨(さまよ)っていては、もうひとりの監視者に気づかれる。油断ならない敵は魔物を捉え、これまで以上に強い力に縛られるだろう。屈辱の中で永劫のときを過ごさねばならない。


 ――なに、そうあせることもなかろう。


 獲物は自らやってくる。

 そのときまで鎖の消滅を悟られてはならない。求める身体を手にするまで、じっと耐え続けよう。

 息をひそめて獲物の訪れを待ってさえいればいい。待つことには慣れている。

 完全なる自由は、もうそこまで近づいているのだから。



    ☆  ☆  ☆



 降り始めた雨のおかげで、街はわずかに涼しさをとりもどした。激しい夕立は雷雲をつれているのだろう。遠くでときおり雷鳴が聞こえる。

 少女は明日の天気を気にしつつも、よくある通り雨だと考えて気をとりなおした。

「そうだ。明日の服を決めなきゃ」

 クローゼットの中からお気に入りの服を数着とりだし、鏡の前に立つ。

 それは先日、家の蔵でみつけた鏡だった。古びてはいるものの、細かい装飾がほどこされ気品がただよっている。

 少女はひとめで鏡の魅力にとらわれ、執事たちに手入れを頼み自室に運ばせた。

 服を選ぶのも楽しいが、鏡を見ること自体がそれ以上に楽しい。アンティークな西洋風の彫刻が彼女を惹きつける。

 少女は明日の親友とのショッピングに思いをはせながら、ひとりでファッションショーを楽しんだ。

 その最中(さなか)――。


 一瞬の閃光とほぼ同時に、大地をゆるがすような轟音が部屋をつらぬく。

 部屋の照明が落ちた。

「きゃっ!」

 小さな悲鳴を上げ身体を縮まらせた拍子に、少女は手にしたワンピースを落とした。

 初夏の黄昏どきは去り、突然の闇が街を支配する。厚い雲と大粒の雨で、沈みかけた日の光は姿を見せない。

 少女は窓にかかるカーテンを開けたが、見渡せる範囲に照明らしいものはない。唯一の光は落ちる稲光だけだ。閃光が窓越しに少女を照らし、瞬時であたりを闇に戻す。

「停電なんてめずらしいわね」

 軽いため息をつき、少女はカーテンを閉めて真っ暗な部屋に視線を移した。

「……なに?」

 部屋の中に淡く青白い光を放っている場所がある。先ほどまで自分が覗きこんでいた鏡だ。

 闇の支配する部屋の中で、鏡が、淡い光を放つ。少女は見えない糸にひかれるように、ゆっくりと鏡に歩みよった。青白い光の中に自分の姿が映る。

「どうして顔色が悪いの?」

 停電と雷の音に驚いたとはいえ、ここまで青ざめているはずはないと少女は感じた。

「ああ、この光のせいね」

 何気なく手を伸ばし、鏡にふれようとしたときだ。

 青白く細い腕が勢いよく表面から飛び出し、(かわ)す余裕すら少女に与えず、迷うことなく手首を強い力で掴んだ。

「ひいっ」

 声にならない息だけの悲鳴を少女はあげる。鏡の中から強い風が吹き出し、少女の髪を背後に流した。恐怖で全身が硬直し、細い腕に自由を奪われる。目をそらすこともできず、少女は鏡の中の自分を見つめる。


 中の自分が徐々に口角を上げ、不敵な笑みを浮かべた。


『おまえこそ、わたしが長い間待ち続けた()()()。さあ、こっちにおいで』

 鏡の中から、自分の虚像が姿を現した。虚像は実像になり力強く少女を抱きしめる。

 冷たい身体だった。それでいて、どこか遠い昔に感じたことのある何かが、肌をとおして伝わる。

(懐かしくて、心地いい……?)

 少女は予想もしなかった優しい感情に包まれる。そこに恐怖は微塵(みじん)も存在しなかった。


 部屋の明かりが灯る。虚像は闇の消滅とともに姿を消し、少女は床に崩れ落ちた。何ごともなかったように、鏡は横たわる少女の姿を冷たくうつしている。

 雷鳴は遠くにすぎさり、街は黄昏どきを終えようとしていた。


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