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この手をつかみたくて3  作者: えみっち
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 美鈴は窓から通りを歩く人々を眺めながら緊張した面持ちで人を待っていた。 

待ち合わせの場所は都内の高級ホテルの中にあるラウンジで待ち人は陸の兄、高野海人であった。


「私から呼び出したのに待たせて悪かったね」


突然の声に振り向くと、ふわりと品の良いコロンの香りと高野海人の笑顔が目に入る。


「海人さん」


美鈴は慌てて立ち上がろうとしたが海人の手がそれを制した。

空いている美鈴の前の席に腰を下ろすが海人の人目を惹く顔立ちやルックスに何か落ち着かない。


「久し振りだね。ますます綺麗なお嬢さんになったね」


女性を褒める事に慣れている海人の言葉だとは分かっていたが顔が赤くなるのが自分でも分かった。

照れながらも笑顔を返したが、少し強張った表情だったかもしれない。


「相変わらずですね。でも、本当にお久し振りです」


美鈴の言葉に海人もほほ笑む。

きっと周りでお茶をしているマダム達の視線はもちろん、心も奪われている事であろう。

ついついそんな事を考えてしまう。

しかし、すぐに海人は残念な顔をした。


「ゆっくり出来たらいいんだが申し訳ない事に時間があまりなくてね」


美鈴は頷く。


「どうぞ。話して下さい」


美鈴の言葉に海人は頷いた。


「実は陸から相談を受けたんだがちょっと気になってね」


海人は椅子に深く座り直すと足を組む。そして美鈴の顔を見た。

美鈴の表情が少し困り顔になるのを見て海人は笑った。


「単刀直入に聞いてしまった方がいいかな」


そ言うと、身をのり出し声のトーンを下げた。


「みっちゃんは陸の事をどう思っている?」


海人に会いたいと言われた時から、話の内容は大体想像がついていたのだがどう答えてよいのか考えてしまう。美鈴の表情を見て海人は笑う。


「やっぱりあいつが一人先走っているんだな」

「あ、いや。何て言うのかな。陸くんには本当にずっと助けられていたし支えてもらっているし大切な人ではあるんです」

「だけど、みっちゃんの大切な仲間の一人って感じ?」


海人の言葉に美鈴は視線を下げた。


「ごめんなさい。何かずるい言い方で」


海人は首を振った。

先に注文していた美鈴の紅茶が運ばれ少し間が空いてから海人が話し出す。


「謝ることはないよ。だいたいそうかな、とは思っていたから。

まったく一人で勝手に走り出そうとしていて困ったやつだな。いろんな事が抜け落ちている」

「いえ。私がこんな性格だからいけないんです。今度会った時にはきちんと伝えます」


美鈴の言葉に海人は小さく笑いながらため息をついた。


「みっちゃんは、ちゃんと伝えていると思うよ。だが、あいつはあきらめが悪いみたいだね。

多分知っていると思うが、陸はあまり人に興味を持たないし自分の中に踏み込ませない。

だけどみっちゃんに会ってから変わってきている」


どう答えたらよいのか戸惑っている美鈴の表情を見て海人は言葉を続けた。


「だがね、今のままでは未熟すぎて人を守れるだけの器量がない。

兎に角、まずは真面目に働いて足を地につけろとは言っておいた。もしそれでも変わらないようだった容赦なくふってやってくれ。だが、少しでも見所があるようだったら陸を『男』として見てやってくれると嬉しいかな。まあこれは、兄貴としてのお願いになってしまうかな」


海人の言葉は美鈴自身にも堪える言葉であった。

今まで周りの人間に甘えてきた自分が母親になろうとしているのだ。

本当に自分こそ足が地についているのだろうか。ちゃんと現実を見れているだろうか。


「海人さん、そんな私の方がもっとしっかりしないといけないんです。

陸くんのほうがよっぽどしっかりしていると思うし」


突然にネガティブになってしまった美鈴を見ながら海人は問いかけた。


「佐波は君の身体の事、何か言ったかい?」

「裕助は産むことに反対のようでした。相談にのってくれるとは言ってました」


運ばれてきたコーヒーに視線を向けていたが海人は再びたずねる。


「あいつと一緒になる事は考えていないの?」

「考えてはいません」


はっきりと答えた美鈴に海人は頷いた。


「そうか…」


海人はコーヒーを一口飲むと時計に目を向けた。


「お仕事ですか?」


海人は頷くとレシートを手に取る。


「ここは私が出すよ。その代わりといっちゃあ何だが、ちょっとお願いを聞いてくれないかな」

「お願いですか?」


美鈴は目を丸くして海人を見上げる。

海人は近くにいたウェイターに会計を済ませると美鈴の方を向いた。


「もしこの後時間があったら店の方に行ってもらえないかい」

「……海人さんのお店ですか?」

「ああ。月島…マスターの事だが君に話したいことがあるらしい」

「マスターが私にですか?」


海人は頷く。

海人の次にマスターとは。美鈴の心中は穏やかではなかった。


「どう?」

「予定は入っていませんが…」


美鈴が戸惑いながら言うと海人は笑って頷いた。


「では兼松を外で待たせておくよ。

みっちゃんはゆっくりお茶を飲んでから出て来ればいい」


そう言うと海人は立ち上がった。

美鈴も一緒に立ち上がろうとした所で再び海人に止められてしまった。


「いいよ。今日は、ありがとう」

「いいえ。こちらこそご馳走さまでした」


美鈴がお辞儀をしてお礼を言うのを見て海人は笑うと出口へ向かって歩いて行く。外で待っていた2人の男性のうちの一人、兼松に声を掛けているのが見えた。兼松は頷くと自分の方を向いてお辞儀をするのが見えた。慌て美鈴も頭を下げる。海人は美鈴の方を向くと軽く手をあげてもう一人の男性と行ってしまった。

海人にはゆっくりお茶を飲んでからと言われたが兼松が外で待っているのだ。紅茶を何口か飲むと急いで席を立った。


ラウンジから出ると兼松が美鈴の方を向き頭を下げた。


「どうもお久し振りです」


一般人にしては厳つい男が自分より年下の女性に向かってお辞儀をしている姿に焦りながらも笑顔で返した。


「お久し振りです。兼松さんもお元気そうですね」

「ええ、元気でやっております。早瀬さんは綺麗になられましたね」


誉め言葉なんて言いそうもない兼松から出てきた言葉は不意打ちで美鈴をあっという間に真っ赤にさせた。

正直なところ海人に言われるより効果は抜群だった。


「そんな事ないです!」


兼松はあまりに真っ赤になってしまった美鈴の顔に表情を緩めるとゆっくり歩き出した。


「それでは参りましょう。店が開いてしまったらゆっくりと話も出来なくなってしまいますから…」

「はい」


美鈴は頷くと赤い顔のまま兼松にと続いた。



ホテルからタクシーで飲み屋街へはあっという間に着いた。

陸と以前来たのは何年前であっただろうか。まだ明るい飲み屋街は夜とは違った顔をしている。1人だったら海人の店を見つける事は難しいだろう。先を歩いている兼松は辺りを気にしながら店へと入って行った。

店の中には掃除機かけをしている二十歳すぎくらいの男性がいた。兼松の姿に気がつくと掃除機を止めて頭を下げた。


「お疲れ様です」

「マスターは中か?」


兼松は辺りを見回して男性に尋ねる。


「あ、はい。今呼んできます」


男性は早足で中に入って行く。待つこともなくマスターが一人で出てきた。


「お、兼松悪いな」


マスターは、兼松に一声かけるとすぐに美鈴の方を向いた。


「来てもらってすみません」


以前会った時と変らない愛想のいい顔と声を出す。


「さすがボスだな。忙しくてもこういう事は早いときたもんだ」


誰に話す訳でもなく独り言のように言うと、美鈴に椅子をすすめた。


「飲み物は冷たいものがいいかな?」

「いいえ大丈夫です。飲んできましたから」


椅子に座りながら美鈴は奥へと入ろうとしたマスターを止めた。


「そう?じゃあこのままで」


マスターは美鈴にすすめたカウンター席の隣に座ると美鈴の顔を見てにこりと意味ありげに笑った。


「いやーー。美鈴さんがまたここにこうして来てくれて嬉しいな」

「…ご無沙汰しておりました」


どう返したらよいのか分からず思わず頭を下げる。

そして何か聞かれる前に早々に美鈴の方から話を切り出した。


「何かお話があると海人さんから伺ったのですが…」

「あーーそうね。まあ何て言うか、年寄りのおせっかいって所なんだけどね」


マスターはカウンターに肘をついて少し上を向く。


「実は陸なんだけど、夜ここで働いているって知ってた?」

「え?いえ。…ファミリーレストランで調理をやっているって話しは聞いたことがありましたけど」


美鈴は驚いたようにマスターを見る。

その驚きに満足したようにマスターは笑った。


「そうみたいだね。でも夜はここでカウンターに入って客相手をしているんだよ」


カウンターに入って客相手。

それはとても以外だった。気に入らない相手とは話もしなかった陸なのだが。

しかし思えば高坂の誕生日パーティーでも問題なくカウンターでお酒を作っていたのだ。


「実は器用なんだよね。覚えもいいしセンスもいい。

それでカウンターに入ってカクテルを作ってもらったら本人も興味を持ったらしくて楽しそうに作っているんだよ。今じゃ陸目当てに来ているお客さんも多いよ。まあ仏頂面だけどね」


マスターの言葉に思わず想像ができて笑ってしまった。


「それは見てみたいですね。そんな陸見た事がないから」


美鈴の言葉にマスターはにやりと笑った。


「じゃあ、こっそり見に来てはどうかな?

と言うか、その為に今日来てもらったんだよ」

「これからですか?」

「いやいや、まだ店も開かないから賑わった頃合いで9時くらいがいいかな。

一度帰ってからの方がいいだろうし兼松に迎えに行かせるよ」


マスターは二人から少し離れた場所に立っていた兼松の方を見た。


「ええ。お迎えに伺います」


兼松の言葉に美鈴は慌てて首を振った。


「いえ、一人で大丈夫です!誰か誘って…と言うか、こっそり見た方がいいのかな?

私がいたりすると嫌がるかもしれないですよね」


マスターも頷いた。


「今まで美鈴さんに話していない所をみると知られたくないのかな」

「じゃあ9時ごろ変装して一人で来ます」


何だかんだいつの間にか乗り気になってしまった。

陸がカウンターで働いている姿も見たかった。


「でしたらやはり私が迎えに伺います」


美鈴の背後から兼松の静かな声が聞こえた。

マスターも横で頷いた。


「そうしてもらったほうが安心かな」


2人にそう言われてしまえば従うしかない。


「じゃあ、お願いします」



兼松と一緒に帰っていく美鈴の後姿を見送りながらマスターは小さく笑ってしまった。


「さて、どうしようかな。バレないといいんだが」

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