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この手をつかみたくて3  作者: えみっち
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 家に戻った美鈴は、すぐ高坂に電話をすると変装の為のメイクを頼んだ。

高坂のお店にあるメイク室で2人は相談をしていたのだが高坂は口をへの字にした。


「陸クンにみっちゃんだとばれないようになんて無理よー。あの子目ざといんだもん」

「うーん、…無理か」


美鈴も高坂のように口をへの字にした。

高坂は笑うとメイクケースの横に置いてあったウィッグを手に取った。


「ウィッグと服で変えてみる?どこまで誤魔化せるか分からないけどやるだけやってみるか」


そう言うと外にいた女性に声を掛けると幾つかのウィッグを持ってきてもらう。

その中から長めのものを取ると美鈴の髪と合わせだす。


「みっちゃんは、額がきれいだから出した方がいいのよ。ほら、大人っぽくなるでしょう」


手早く前髪を編み込みにしていく。

美鈴としては高坂の手によって変わっていく姿に思わず目がキラキラしてしまった。


「つけ睫毛も付けて目元をくっきりさせて…ほらほら、これだけでも随分と変わらない?」


高坂も楽しそうにメイクを進めていく。

そしてチークのブラシをケースに置くと突然立ち上がった。


「よしっ!時間がない!服を選びに行きましょう!いつもと違う雰囲気のもの選んじゃおう」


楽しそうに声を大きくして高坂は美鈴を立たせた。

そして腕を組むと先程ウィッグを持ってきた女性に声をかけると外へと向かった。


結局あれこれと店を回り洋服を選んだ後、高坂にお礼にと夕飯をご馳走している間に時間も8時半を過ぎてしまった。兼松には電話をして高坂の店の近くまで来てもらう事にした。


待ち合わせの場所に立って待っていると一台の車が美鈴の傍に止まった。車の中からは兼松が出てきたのだが辺りを見回してから視線を美鈴に止めた。しかし、動きが止まったままだ。


「兼松さん!早瀬です」


慌てて兼松の方へ行くと兼松は驚いた表情にと変った。


「早瀬さんでしたか。先程の服装とはまったく違っていたので分かりませんでした」

「本当ですか?だったら大丈夫かな」


美鈴が笑顔で答えるのを見て小さく笑ったように見えた。

車に乗り込むと兼松はすぐに車を発進させた。道はほどほどに混んでいたが10分もかからないでお店に着いた。降りようとした美鈴を兼松は止める。


「ちょっと待っていてください。今、マスターに連絡します」

「あ、はい」


兼松が電話をしている間窓から外を見る。

夕方見た景色とは全く違い店の看板や照明が歩く人々を照らし活気も感じさせた。


「早瀬さん」


兼松の声に前を向くとマスターが車に向かって歩いて来るのが見えた。

ドアを開けて外に出るとマスターが嬉しそうな顔をして美鈴の前に立つ。


「おっと、これは刺激的だな。海人さんがいたら大変だ」


確かに今日は胸元が開いておりいつもの大人しめな服装とは違い大胆であった。

マスターも私服なのか個性的でおしゃれである。服が変わっただけでマスターの方がすでに別人であった。

いつの間にか兼松は車から降りてきておりマスターと一言二言言葉を交わすと美鈴の方を向いた。


「それでは私は失礼します」


頭を下げる兼松に美鈴も一緒に頭を下げた。


「ありがとうございました」


美鈴の言葉に頭を再び下げると行ってしまった。

マスターは車を見送りながら肩をすくめた。


「随分と美鈴さんに対して腰が低いな」


そう言いながら縛っていた髪のゴムをとる。ばっさりと髪が垂れ更に雰囲気が変わった。


「兼松さんはいつも丁寧ですよ」


ポケットからサングラスを出しながらマスターは美鈴の言葉に笑った。


「それは自分の尊敬に値する人物にだけ。きっと美鈴さんには見せないと思うけど怖い男だよ」


そういうと髪を少し乱してからサングラスをかけた。一気に怪しさがアップする。

美鈴が自分を見ている事に気がついてマスターは眼鏡の奥で笑った。


「今までは仕事の顔でこっちが地。

美鈴さんより20も上だが、まっ大丈夫でしょ」


愛嬌のあるしゃべり方は変わらなかった。


「俺も自分の店に素知らぬ顔で入るんでちょっと緊張かな」


マスターは笑いながら美鈴の肩を自然に抱くと歩き出した。マスターの笑いに美鈴も笑ってしまった。


「じゃあ、お願いします」

「了解。行きましょか」


2人は店の中へ入って行った。



 店は金曜日という事もあり賑わっていた。相変わらず女性客が多い店である。

中に入ると静かにウェイターが近づいてきた。


「お2人様ですが」


やはり二十歳すぎくらいの男性であったが夕方見かけた男性とは違った。


「ああ。予約した月島だけど」


マスターが名乗るとウェイターは頷いた。


「お席のご用意をしております。どうぞこちらです」


2人が案内された場所はカウンターからは少し離れた席であった。

丁度ピアノの横で陰になっている。ウェイターが行った後、美鈴はマスターを見た。


「マスターの本名なんですか?海人さんも言ってましたね」

「ま、ここでの名かな」


笑って答えてはくれたが本名ではないと言う事だ。違う場所では違う名前があるのだ。

人はいろいろな過去も事情も持っている。美鈴にも人には話せない事が多い。


「相変わらず仏頂面だなー。それなのに不思議なもんだね、女の子ってやつは」


肘をついてカウンターの様子を見ながらマスターは言った。

美鈴も視線を向けると、丁度カクテルを作っている所であった。シェイカーを振っている姿も様になっていたしテキパキと動いている。

しかし確かにマスターが言うように他のウェイターのように笑顔を見せるという事はなく仏頂面といえば仏頂面である。だがカウンター席は、女性客で満席であった。もともと顔立ちも整っていてスタイルも良い。

バーテンダーの黒いベストにパンツ、エプロンをつけた姿は年齢以上に大人っぽく見せていた。

カウンターに座っている客は陸目当てなのであろう。


「最近は随分と真面目に頑張っているよ」

「そうですか」


海人と話した事が頭をよぎった。

陸の姿を見ているとやはりきちんと今の気持ちを言うべきだと改めて思う。


「どうぞ、おしぼりです」


おしぼりを受け取りながらウェイターの顔を見ると、彼は陸と違って人好かれしそうな優しい笑顔を向けてくれた。受けとりながらマスターは注文をする。


「俺は水割りで。で、彼女は…」


マスターは美鈴を見る。


「私はソフトドリンクで」


美鈴の言葉にマスターはウェイターの方を見た。


「じゃあそれは次にして、軽めのカクテルをお任せで作ってもらおうかな。そうだね、女性向でピュアな感じのモノ」


ウェイターが行った後、いたずらっ子のようにマスターは陸の方をちらりと見た。


「さて、どんなものを作ってくれるか楽しみだね」

「メニューにあるものではなくてアレンジで作ってくれるんですか?」


美鈴の問いかけにマスターは顔を向けると頷いた。


「そうだよ。陸は結構そういうのが得意だね。本当なら本人を目の前にして作ってもらうのがいいんだけど今回はイメージで」


楽しそうに話すマスターを見ていると思わず笑ってしまった。


「マスターは陸の先生なんですね。そういえばこの間、教わった料理を皆でご馳走になりました。

手際がとてもよかったし美味しかったです」

「結構マメに作っているみたいだね。ファミレスも厨房ってとこが頷けるが決まった物と流れの作業だからあまり面白くないみたいだね。食品衛生責任者の資格もとったようだし飲食店関係でやっていくのかな」

「そうなんですか?そういう話はまったくしてくれないから知らなかったです」

「陸はおしゃべりだけど自分の事はあまりしゃべらないかもな。だがねぇ…」


マスターは意味ありげに笑う。


「美鈴さんの事は最近よく聞くよ。知り合いの誕生パーティーに行った時の話しとか君の友達の話しも聞いたかな」

「夜理ちゃんの事かな」


最近随分と二人が親しくなっているので何か嬉しかったのだ。


「とてもいい子なんですよ。色が白くてスラリとしていて美少女でしっかりしていて褒めどころ満載だな」

「へえ…それは是非ともお会いしてみたいね」


そうこうしているうちにお通しのつまみと一緒に飲み物が運ばれてきた。

美鈴の目の前に置かれたグラスは、可愛らしい薄いピンクの液体で少し濃いめのやはりピンクの小さな花が浮かんでいた。


「うわっ、かわいい…」


思わず美鈴の口から漏れた感想だった。そのリアクションにマスターは可笑しそうに笑う。


「不愛想からは以外な作品でしょ。じゃあどうぞ、飲んでみて」

「いただきます」


口の中に入れると優しい甘さとフルーティーな香りが広がる。しかし甘さは口に残らずさっぱりしてとても飲みやすい。


「美味しい…とても飲みやすいし優しい味。アルコールが入っているって感じはしないな」

「うん。フルーティーな香りがするね。ちょっとかしてみて」


マスターは香りを嗅ぐとグラスを持ち上げてみる。


「なるほどね…これは恐れ入った」


マスターの様子を見て美鈴は笑ってしまった。


「今度陸に会った時、黙っているの辛いなぁ。

言ってあげたいし夜理ちゃんも連れてきたいし」


陸の方を見るとカウンターにいる女性客と何か話している。美鈴と話すときとは違い、クールでカッコよく見えた。これが仕事の顔なのだろう。そう思うと向かいに座っているマスターがおかしく思えた。


「マスターは、仕事中とオフではこんなに違うんですか」


自分のグラスを傾けながらマスターは眉を少し上げた。


「仕事中は演じている感じかな。大人で優し気なカウンターの男をね。地は飄々としたおじさん」


どこまで演じているのか本当なのか分からなかったが笑ってしまう。

気さくな様子についつい個人的な事も聞いてしまった。


「この店のマスターをするきっかけって、海人さんと知り合いだったからですか?」

「ボス? いや、知らなかったよ。他の店にいた時に引き抜かれたんだよ。

自由にやっていいと言われてね。で、ボスはたまにピアノを弾きに行くからよろしくって感じ」


何か二人のやり取りが目に浮かぶようであった。


「今日は来るんですか?」

「いや、来るとは聞いていなかったが…」


そこまで言って、マスターの言葉が止まり肩を上げて見せた。

女性客のざわめきが店の中に聞こえ美鈴もカウンターの方に目を向けた。


「いらしたみたいだね。噂をすれば何とやらだなぁ。ピアノの横だし、やっばいなぁ」


そう言いつつもそんなにやばそうな雰囲気はなくやはり飄々としている。


「バレます?」

「さて、どうだろ」


マスターはつまみのナッツをつまみながらカウンターを見る。

海人は陸と何か話しているようであった。陸の表情は海人相手だとさらに仏頂面になる。

カウンターの女性客が海人に話しかけると笑顔で答える姿は美鈴が知っているいつもの海人であった。

傍から見ても女性客の表情は嬉々として興奮しているのが分かる。


「華やかな人ですね」


美鈴の言葉にマスターはカウンターを見たまま言った。。


「持って生まれてきたモノだよな。俺ら凡人には努力しても得られるモンじゃない」


マスターの声の調子はいつもと違い、美鈴が見ているものとは何か違うものを見ているように感じた。


「そんな事ないですよ」


思わず声が大きくなってしまった。

真剣な顔で自分の事を見ている美鈴にマスターは驚いたようだった。

自分の声の大きさに恥ずかしくなり顔を少し下げたが言葉は続けた。


「そんな事はないと思います。確かに同じ輝きではないかもしれないけれど得られると思います。

頑張っている人を見ると素敵だと思うし輝いていると思うし比べる必要なんてないですよね」


美鈴の言葉にマスターは自嘲するように言った。


「俺くらいの年になるとナカナカ難しいんだよな~そういう考えは。

かさぶたにさえなってくれない心や体の傷もたくさんでね、君や陸を見ていると羨ましく思うよ」


そう言うとグラスを傾ける。

マスターから見れば自分はまだまだ世間知らずの青い子供にしか見えないのであろう。


「まったく酷いオヤジだな。若い女の子相手に何を愚痴っているんだ、月島」


グランドピアノの蓋を開けながら海人が突然言った。

美鈴は顔をあげるといつの間にかピアノの前に海人が立っていた。目が合うと海人は微笑んだが、視線は前にいるマスター月島に戻る。


「はははは。やっぱりバレちゃいましたか」

「そりゃあ、お前と俺の付き合いだからな。まあ、陸は気がついていないと思うがね。まさか仕事そっちのけでお前がエスコートしているとは思わなかったよ」


海人の笑みにさすがの月島も降参したようであった。


「私も外から見てみたかったんで…すみません」

「まあ、弟子の成長を見たい気持ちは分かるがね。おいたはするなよ」

「あなたとは違いますよ」


海人は小さく笑うとピアノの前に座り静かにピアノを弾きはじめた。

マスターがため息をつているのが見える。


「大丈夫ですか?」


美鈴の心配そうな顔にマスターはいつもの表情に戻る。


「ああ、大丈夫。というか悪かったね。

俺のぼやきに美鈴さんがあまりに真剣に返してくれたんでちょいとひねくれ心が出ちまったな」


苦笑いして髪を掻き分ける。


「それにしてもボスは恐ろしいね。笑顔の中に殺意を感じたよ」

「海人さん?そうだったかな」


まるで分っていない美鈴にマスターは笑ってしまった。


(こりゃあ陸も苦労するな)


ふとカウンターを見るといつもに増して不愛想な陸の顔が見えた。


(まあどっちもかねぇ)


マスターは肘をつくと海人のピアノを聞き入っている美鈴を見て笑ってしまった。

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