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この手をつかみたくて3  作者: えみっち
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「先週カナダに行ってきたんだってな」


裕助は日本酒の入ったグラスを傾けながら向かいに座っている俊に言った。

胡座をかきながら同じように飲んでいた俊は裕助の方へと顔を向けた。


「うん、そう。1周忌だったし…陸から聞いたの?」

「ああ。一昨日来て一緒に飲んだ」


裕助の言葉に俊は小さく笑うとグラスを置いた。


「なんか言ってた?」

「いや特にはないよ。美鈴さんと墓参りに行って観光してきたとか、バイクの話だったり…。 ああ、そう言えば海人と夜理の話もしていたよ。良いのか悪いのか順調らしいな」


最後の言葉に俊は苦笑いをした。


「ほんと、良いのか悪いのかだよな」


裕助も笑う。


「だけどさ、女の子ってほんと変わるよな。前からきれいだったけど輪をかけてきれいになった」


裕助は俊を暫し凝視してから吹き出すように笑った。

可笑しそうに笑う裕助に怪訝そうな顔で俊は文句を言う。


「何だよ。俺、おかしな事言ったつもりないぜ」

「ああ、そうだな。すまん」


俊は納得いかない表情で再びグラスに口をつける。


「じゃあ美鈴さんも変わったかい?」


裕助の言葉に笑った理由に気がついた俊は顔を渋くさせた。


「そんなもん分かる訳ないだろ」

「そうだな。それより、陸にはきちんと返事をしたのか」


返事をしないで黙っている俊に裕助は小さくため息をついた。


「まだしてないのか。いい加減陸のやつが暴走するぞ」


俊は鎖骨の辺りを掻きながら小さくため息をついた。


「まったく陸もかわいそうだな」

「分かってるよ」


裕助の言葉を遮るように俊は言った。


「早く返事をしないととは思ってんだけど、なんか怖いつーか、タイミングも合わないと言うか…」


裕助は肩を上げると笑った。


「お預けくらっている陸が怖いって?まあ、それは分からんでもないがね」


他人事の裕助の言葉に俊はため息をついた。しかし、すぐに顔を上げ裕助を見つめる。

自分に向けられた視線に裕助は静かな口調で尋ねる。


「どうした?」

「あ…いや。そのさ…」


言葉を一度切ってから俊は胡座をかいていた足を片方たてながら再び裕助の方に視線を向けた。


「お前っていつも人のことばかりで、自分はどうなんだよ」


裕助の目は丸くなった。


「大丈夫か?裕助はそう言うこと顔にも言葉にも出さないだろう。何か俺が出来ることがあったらするし言ってくれよ」


真面目な顔だが少し照れたように言う俊に裕助は穏やかな笑みを向けた。


「ああ、ありがとう。そんな時は相談にのってもらうよ」


いつもは『大丈夫』の言葉に何も語ってくれない裕助だったが今日の返事はいつもと違う。

俊は頷くと視線を目の前の酒の入ったグラスに落とす。


「うん」


返事をしながら自分の心の中がこんなにも穏やかであることに気がつく。

言葉にはしなかったが俊は裕助から受け取った言葉を裕助に返す。


ありがとう…と。





裕助と俊が会ってから3日後の事だった。

陸は仕事が休みなのでその日は美鈴を会社まで迎えに行く約束をしていた。

約束の場所に車を止めて待っているのだが美鈴はいつまでたっても現れなかった。退社時間もとっくに過ぎているはずだったし先程から何度も携帯に連絡を入れているのだが繋がらない。不安になった陸は高坂に電話をしたのだが高坂は美鈴のいる事務所にはおらず、店の方にいた。しかし、陸の話を聞くとすぐに事務所の方へと確認してくれたのだった。


『みっちゃんの上司に聞いたんだけど定時にはフロアを出たって言ってたわよ。

何か問題があったのかしら?でもそれなら佐藤ちゃんや陸くんに連絡があるはずだしどうしちゃったのかしら…』


高坂もそこまで言ってから黙ってしまった。


「俺も夜理と裕助さんに連絡したんだけど、夜理の方にも何も言ってきてないし裕助さんはいなかった」


陸は時計を見た。

約束の時間からすでに1時間経とうとしていた。


「俺これから美鈴のマンションに行って来る。高坂さんの方で連絡ついたら電話してもらっていいですか?」

『ええ、分かったわ。後、これから事務所に戻ろうと思っているから他の人にも聞いてみるわ』

「お願いします」


そこまで言ってから陸はふと、ある男の顔が浮かんだ。


「高坂さん、佐渡はどうしてる?」


突然の言葉に高坂は戸惑ったようであった。


『え…佐渡くん? さあ、朝フロアにいたのは見たけど、その後はちょっと分からないわ。事務所に戻ったら彼にも聞いてみるわ』


高坂との電話はそこで切れたが、陸は佐渡に何か違う不安を感じたのだ。

しかし、先ずは美鈴のマンションに行って戻っていないか確認をするのが先であった。



マンションの前で陸はイライラして髪の毛を掻きむしった。

インターフォンを鳴らしても応答はない。鍵を持っていない陸は中に入ることもできなかった。大きく深呼吸をして気持ちを何とか落ち着かせて考える。

(何だ。何かおかしな事はなかったか?ここ数日いつも通りだった筈だ。相模さん絡みの事件に巻き込まれたとか?誰にも言えない事が起きたとか?)

そこまで考えてから唇を噛み締めた。自分自身に問題が起きた時ほど美鈴は何も言ってくれない。頼って欲しいのに頼ってもらえない。そこまで考えてから陸は頭を振った。車のエンジンをかけると高坂がいる会社に車を走らせた。途中、高坂から電話がかかってきた。


『陸くん、今どこ?』

「今、高坂さんの会社に向かっている途中。なんか分かった?」

『分かったわけじゃないんだけど定時にみっちゃんが帰る時に佐渡くんと話しているところを見た子がいたから何か知っているかもしれないと思って佐渡くんに電話したんだけど繋がらないのよ。佐渡くんはお得意先に配達した後は直帰になっているから自宅に行こうかと思っているんだけど陸くんも一緒に行く?』


高坂の言葉に陸の体に一瞬電気が走った。


「行く!急いで行くから」


陸は携帯を切ると車を走らせた。



「佐渡くんが帰っていたらいいんだけど」


陸と合流してから高坂はその後も何度か佐渡の携帯に連絡を入れたのだがこちらも繋がらなかった。しかし、定時後に得意先へ行き、出た事は確認が取れたので何処か寄っていなければ自宅へ帰っているはずだった。

陸は黙ったまま口を固く結んでいた。高坂はそんな陸を見て小さくため息をついた。

陸と会ってから2人はもう一度美鈴のマンションへと行った。以前相模から借りていたマンションの鍵を持ったままでいたことがこんな風に役に立つとは思いもしなかった。しかし、部屋には美鈴が帰ってきた気配もなかった。そして今佐渡家へと向かっていた。


佐渡の家は二階建ての一軒家だった。

駐車場には車が入っており家の中の灯りが灯っていた。

高坂がインターフォンを一度二度と鳴らしたが応答がなかった。


「いないのかしら…」


眉間にしわを寄せながらもう一度押したところでやっと当の本人らしき声が聞こえた。


『はい…』


迷惑そうな低い声であった。


「佐渡くん?私、高坂よ。

ごめんね、突然に。ちょっと聞きたい事があって来たの。出て来てもらえるかしら」

『…高坂さん?』


突然の訪問に


戸惑っているようであったが、少し間があり再び返事をする。


『あの…今風呂に入っていたんでこのままで聞いていいですか』


佐渡の返事に陸は咄嗟に首を横に振った。高坂は陸を見て迷っているようであったが頷いた。


「ごめんなさいね。ちょっと言いにくい事なの。すぐに帰るから会ってもらえないかしら」


再び間の後に返事がきた。


『玄関先でいいならどうぞ』

「ありがとう」


高坂は陸の方を見る。陸も高坂を見ると頷いた。



玄関のドアが開くとTシャツにスエットのズボン姿の佐渡が出てきた。

佐渡は高坂の後ろにいる陸を見つけると眉間にシワを寄せた。


「ごめんなさいね、佐渡くん」

「いえ…」


佐渡は、視線を高坂に戻すと首を振る。


「実はね、みっちゃんがいないのよ。定時にはフロアから出て行ったって佐藤ちゃんから聞いたんだけどその後の行方が分からないの」

「…早瀬さんが?」


佐渡の目が見開いたがそれは驚きというより何か固まってしまったように見えた。


「何か聞いてない?何処かに行かないととか、焦っていたとか…」

「いや…俺、定時後に金田さんの所に服を卸しに行ったから…」


高坂の問いに佐渡の視線は下った。何か目を合わせないようにしているようにも見える。不審に思った高坂は口を開きかけたところで陸が先に言った。


「帰る間際にあんたと話しているところを見たやつがいるんだけど、何を話してたの?」


陸の鋭い視線を佐渡は見返した。


「たわいのない事だよ。同じ職場の人間なんだ話くらいするよ」

「…何かいつもと違ったとか何処かに行かなくちゃとか言ってなかった?」


高坂の言葉に佐渡は何とか自分を落ち着かせようとして答える。


「いえ、いつも通りでした。…ただちょっと」

「何?」


高坂と陸は佐渡を見つめる。


「いえ…ちょっとソワソワした感じかと思って」

「… …」


陸の視線は下がり唇をかんだ。


「その後は見ていないの?」

「はい…」


佐渡の視線も下がる。高坂は陸を見たが何も言わずに唇をかんだままでいた。


「分かったわ。ありがとう。ごめんなさいね、突然に来て。もし何か思い出したら連絡して」

「…分かりました」


玄関を出ようと高坂が振り返ると陸が顔を上げて佐渡を睨んでいた。


「あんた、やけにあっさりと返事すんだな」

「陸くん?」


陸は高坂の言葉を無視して言葉を続けた。


「あんた、美鈴の事好きなんだろう。俺にガン垂れるくらいだもんな」


陸の言葉に佐渡の眉間にシワが寄る。


「ああ。正直お前みたいなヤツ、早瀬さんには似合わないと思っている。

どう見ても振り回しているようにしか見えないね」

「どう思おうと勝手だがハッキリ腹ん中を言ってもらった方がいいよな。

だけどあんた、今やけにあっさり身を引いたよな。俺にケチまでつけてくヤツがやけに冷たいんだな、驚いたよ」

「いい加減にしろよ。人にあたるな!お前の彼女なんだろう。自分で捜し出せよ!」


苛立ちを抑えられず佐渡が言った言葉に陸もカッとなると佐渡の胸ぐらを掴む。

高坂は慌てて陸の腕を掴んで止めに入った。


「ちょっとちょと、やめてよっ!佐渡くんもそんな言い方ないでしょう!」

「喧嘩を売ってきたのはこいつだろ!」


長身の2人の間にいる高坂は揉みくちゃにされながら必死に止めようとしたが陸の蹴りが佐渡の腹に入り佐渡がうずくまるのが見えた。


「やだっ!陸くん!」


さすがに高坂も焦る。


「ふざけんなよっ。自分で捜すに決まってんだろ!まずはテメーの家から捜しに来たんだよ!」


そういい捨てると陸は家の中に入っていこうとした。


「待てよっ!ふざけるな!貴様、不法侵入だ!警察を呼ぶぞ!」


佐渡は陸の服にしがみつくが払いのけられる。


「ちょっと陸くん、まずいわよ!こんな事して」


高坂が止めるのも聞かないで陸は土足で上がりこむと手前にあるドアを開けた。中を覗き込むが誰もいなかった。


「貴様っ、出てけ!」


佐渡が陸の腕を掴むと自分の方へと引っ張る。そんな佐渡を睨むと陸はポケットから携帯を取り出した。


「警察呼ぶんだろう。いいぜ、呼べよ。

ちょうど俺らも警察に連絡する所だったんだよ」


目の前に携帯を出されて佐渡は一瞬怯んだ。そして視線が2階へ動くのを陸は見逃さなかった。佐渡の体を突き飛ばすと陸は2階へ続く階段へと走っていく。


「え?陸くん、ちょっと…」


高坂の声が追いかけてきたが2階へと一気に駆け上った。しかし、すぐに足が止まった。

何か甘い香りが漂っていたのだ。思わず鼻をおさえた。


「何だ…これ。お香?」


匂いが強くする部屋の前まで来るとドアを開けた。薄暗い部屋にはベットがあり天井から天蓋がかけられている。サイドテーブルの上にはこの香りの元らしいお香が置かれてあった。

ベットには人姿が見える。陸は急いで天蓋をめくるとそこには美鈴が眠っていた。下着姿で頬がほんのり赤らんでいるように見えた。陸はゆっくりと美鈴に近づくと抱き起す。しかし、起きる気配がない。お香の匂いでマヒしているのか赤らんだ頬の美鈴が淫らにみえた。


「陸くん大丈夫?」


突然の声に陸は焦って振り返った。


「え? こ、高坂さん、何でここにいんの?あいつは?」


陸の影になって美鈴に気がついていない高坂は服で鼻をおさえながら辺りをきょろきょろしながら答えてくれた。


「佐渡くんでしょう。慌てて逃げようとしたから投げ飛ばしちゃったのよ。そしたら伸びちゃったわ」


そこまで言ってから陸の影になっていた美鈴を見つけると高坂は叫ぶ。


「ちょっと、みっちゃん? 何っ!大丈夫なのっ!!」


駆け寄ってきた高坂に慌てて陸は自分の上着を脱ぐと美鈴にかけた。

高坂は美鈴の頰に触れると少し落ち着いたのか声のトーン下げた。


「なんて事をあの子ったら。誘拐した上にこんなことして…」


陸はかけた自分のシャツを羽織らせると抱き上げた。


「これって警察に届けないとまずいよな」

「そりゃあ、だってこれ犯罪よ。みっちゃんに辛いかもしれないけど黙っている訳にはいかないわ」


そこまで言ってから高坂は口を結んだ。

美鈴の瞳は閉じられたままだ。


「高坂さん」


高坂は陸の方に顔を向ける。


「俺、美鈴を連れてマンションに戻っていいかな」


陸の顔を見てから視線を美鈴に移すと高坂は頷いた。


「いいわよ。何かあったら連絡するから行って」


陸は頷くと部屋を出た。階段を下りていくと佐渡が廊下で伸びていた。高坂のスカーフで手が縛られている。自分が上に行っている間にそんな事をやってのける高坂も只者ではないのだ。

車まで行くと高坂がドアを開けて手伝ってくれた。そして自分の鞄の中から美鈴のマンションのスペアキーを陸に渡す。


「みっちゃんをよろしくね」


陸は頭を下げる。


「すみません。高坂さんに押し付けちゃって」


しおらしい陸の表情を見ると高坂は静かに笑う。


「何言ってんのよ。早く行きなさい」


陸は頷くとエンジンをかけ車を発進させた。高坂は車を見送ると佐渡の家を見てため息をついた。家の中に戻ると佐渡は伸びたままであった。携帯を取り出すと佐渡の顔を見る。


「どうしたもんかしら」


もう一度深いため息をつくと手にした携帯を見つめた。


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