選ばれし者
自分の試験の番が終わり、普通なら別室で待機するのだが、特に別室に行ってもやることがないので、許可を貰って対魔王十一魔導部隊の代表者たちが観戦している下のフロアから他の受験者たちの試験を立ち見で観戦していた。
前屈みでもたれかかってぼーっと眺めていると、後ろから足音が聞こえてくる。
「やあ、先程はどーも」
振り向くと、入口によりかかってこちらに気さくに手を上げている男がいた。
男の顔には見覚えがある。
先程この闘技場の前でロウにぶつかった男だ。
「お隣で見させてもらってもいいかな?」
「ダメです」
「じゃあ、斜め後ろを失礼」
そう言うと、男は俺の横に並ぶのではなく、斜め後ろに立って、闘技場で今も行われている試験を観戦――いや、観戦するというのは建前で俺に話しかけてきた。
「対魔王十一魔導部隊・第一部隊隊長のルクス=エドワーズだ。先程の戦い見させてもらったよ。キミはすごいなぁ」
「……」
「本来なら戦闘には使えない錬金術を使った戦い、見事だった。特に【操光縄】で、錬成陣を生成したのには驚いたよ。あんな使い方は初めて見た」
俺が先程の黒獅子戦でやって見せたのはルクス隊長が言った通り、錬金術だ。
飛びついてきた黒獅子を中心に周囲を球状に取り囲むようにして、本来なら目潰しや明かりの確保程度にしか使えない光の縄を操る初級魔術・【操光縄】で無数の錬成陣を生成。
その無数の錬成陣に魔術を使う元となる体内の魔素を流し込み、無数の氷の槍を錬金術によって作り上げ、一斉に中心にいる黒獅子の体を貫いた。
ここまで全て終えるのに要した時間は一秒にも満たないほんの一瞬。
それにも関わらず、あの一瞬で起こった出来事を遠目でそこまではっきり見えているのはさすが第一部隊の隊長を任されている人なだけはあると思った。
「だが、一つだけわからないことがあった。聞きたいんだが、あの氷の槍はなんだ?黒獅子の体を貫いたのとほぼ同時に蒸気になって消えたし、全身を貫かれたはずの黒獅子から血が流れていなかった。ただの氷じゃないんだろ?」
「あれは空気中にある窒素を固めて作った氷です。刺された箇所は瞬時に凍結するので血は流れませんし、窒素で出来た氷の槍は熱ですぐに気化してなくなります」
「なるほど……。凄いな」
窒素が凍るのはマイナス二百度以下。
本来なら窒素でできた氷なんてものは空気中に出した瞬間に熱で溶けてなくなってしまう。
だが、錬金術で強制的に固め、固体にした時にだけ一秒にも満たない瞬きのようなほんの一瞬、空気中でも氷の槍としての形を保つことができる。
そして、その一瞬で対象の全身を無数の窒素の氷でできた槍で同時に貫くことによって刺された箇所から瞬時に細胞が凍結。
内側から全身氷漬けになり、対象は血を流すこともなく絶命する。
窒素の氷で出来た無数の槍は熱によってすぐに蒸発。
地面を這う白い蒸気と対象の死体だけがあとに残る。
それが俺の編み出した【氷華】の原理だ。
「大量の錬成陣を標的を中心に隙間なく均等に球状に配置する精密性、あの量の窒素で出来た氷の槍を同時に生成する錬成技術に集中力、どれも並のレベルを遥かに超えている。その年齢であの芸当はまさに天才だ」
「……天才、ですか……」
「あまり嬉しくなさそうだな。天才と言われるのは嫌いか?」
「嫌いです。俺は天才なんかじゃないので」
俺は自分にどれだけ才能がないのかを身に染みてよく知っている。
今のこの実力を見て、褒め言葉として天才だと言われても、これまで死ぬ気で積み上げてきたものを全てなかったことにされている気しかしない。
「天才っていうのは俺みたいな奴じゃなくて、ああいう奴を指して言うんですよ」
闘技場に意識を戻すと、ロウが黒獅子の四肢を重点的に攻撃し、動けなくなったところをパートナーの魔獣の被り物を被ったガタイのいい巨漢の男がモーニングスターで攻撃。
黒獅子を場外の水に落としているところだった。
「やっぱり、あの子もなかなかやるな」
「でしょう?」