入隊試験・ロウ=メディウム編
「まぁ、せいぜい頑張れ。健闘を祈る」
アルトラス=ハーディンこと、アルトさんという第八部隊の副隊長の人による言葉足らずの試験説明が終わり、まもなく待望の対魔王十一魔導部隊の試験が始まろうとしていた。
「あー、緊張するー……」
跳ねる心臓を落ち着ける為に胸を抑え、短くふっと息を吐く。
さっきから一緒に試験の説明を聞いていた僕のパートナーとなる横にいる人にチラリと視線を向けた。
二メートル近い長身に普通の人の倍以上ある広い背中。
全身がまるで鎧のような筋肉に覆われていて、頭には何故か魔獣の被り物を被っている。
「あの、僕、ロウって言います。えーと……」
「アングレウスだ」
「アングレウスさんですね。よろしくお願いします」
「あぁ」
アングレウスさんは端的で最低限の簡素な返事ばかりを返してきた。
被り物のせいでどんな顔をしているのかはわからないけれど、口下手な人なのだろうか。
「何が出来る?」
「僕は自身の身体を強化する強化魔術が主体の戦闘スタイルです。魔術は強化魔術以外学んだことがないので使えません」
アングレウスさんの被り物が少し下を向く。
「片手剣か……」
どうやら僕が手に持っている武器が気になったらしい。
僕は武器庫で日頃から扱い慣れている片手剣を武器として選んでいた。
「盾はいいのか?」
「僕は基本的にスピード重視の戦い方なので、スピードを殺さない為に盾は持たない主義なんですよ」
「なるほど」
片手剣のいい所はもう片方の手が空いていることにある。
アングレウスさんの言う通り、盾でも持っていれば防御力を飛躍的に増すことが出来るし、片手剣をもう一つ持って二刀流にしたり、投擲物などを持っていれば攻撃力を増すことも出来る。
各々のスタイルに合わせてカスタマイズができ、全体のバランスを取りやすい。
それが片手剣のいい所だが、僕は自身の強みだと思っているスピードを殺さない為に片手を敢えて空けている。
話題が武器の話になったので、僕もアングレウスさんの持っている武器に意識が向いた。
「モーニングスターですか?」
アングレウスさんは長い鎖の先に無数の刃がついた巨大な鉄球、いわゆるモーニングスターと呼ばれる武器を手にしていた。
「あぁ。コイツを使った中距離戦闘だ。魔術は使えん」
モーニングスターはなかなか扱いが難しい武器なのでその存在は知ってはいたけれど、実際に使っている人は初めて見た。
見るからに重そうではあるけれど、アングレウスさんはそれを軽々と振り回せそうな逞しい体を持っているので相性がピッタリな武器なのだろう。
そんなことを思っていると、試験の始まりを知らせるゴングの鈍い音が会場に鳴り響いた。
それと同時に例の檻が軋む音をたてながらゆっくりと開き始める。
檻が開き、暗闇の中から巨大な四足の黒い魔獣・黒獅子が姿を現した。
「でっか……」
「……」
四メートル近くある黒獅子の巨体はアングレウスさんが小さく見えてしまうほど大きく見えた。
けれど、怯んでいる暇などない。
「羸弱なる躯体・摩耗する精神・激励せよ・激成せよ・我、炎天の砂海で天水を待つ――【全身強化】」
五節の詠唱を唱え、本来は体の一部だけを強化する初級魔術【身体部分強化】を体全体に施せるように改造した魔術【全身強化】で全身の筋力を全て同時に強化した。
強化した証でもある青い模様が全身に浮かび上がる。
詠唱を破棄して【全身強化】を行使することも出来るけれど、詠唱破棄をするとやはり効果が完全詠唱の時よりも落ちてしまう。
今は戦闘前で黒獅子との距離も遠いので、完全詠唱をして、臨戦態勢に入った。
「ほう……」
アングレウスさんが横で感嘆の声を漏らし、アングレウスさんも黒獅子に対して臨戦態勢に入った。
「行くぞ」
「はい!」
アングレウスさんの掛け声と共に黒獅子が動き出す前にこちらから動く。
近接戦闘の僕と中距離戦闘のアングレウスさん。
話し合うまでもなく、その役割は決まっている。
近接の僕が強化した脚力で黒獅子との距離を詰め、アングレウスさんはその場で鞭のようにモーニングスターを操り、援護に回った。
距離を詰めるために足への強化をあらかじめ他の箇所よりも強めておき、スピード重視の強化をしていたので、数十メートル離れていた黒獅子との距離が一瞬でゼロになる。
黒獅子も強化した人間の脚力を見るのは初めてだったのか、反応することが出来ず、上手く懐に入り込むことが出来た。
胴を切り裂くように風を切る音が聞こえるほどの勢いで剣を全力で振り上げる。
「ぐっ!?」
硬い……!
振り上げた剣はほとんど肉を断つことが出来ず、切り傷程度のダメージしか与えられずに弾かれてしまった。
「ッ!?」
まさかここまで弾かれるとは思っていなかったので、体勢を崩してしまう。
遅れて反応してきた黒獅子の巨大な足がこちらに向かってくる。
マズい……!
避けられそうになかったので、弾かれた剣を体の正面に構えて防御耐性に入り、衝撃を覚悟する。
だがしかし、黒獅子は僕を攻撃するのを途中でやめ、大きく跳躍して距離をとった。
先程まで黒獅子がいた場所にモーニングスターが降り注ぎ、鈍い音を立てて闘技場の石で出来た地面を砕き、勢いよくめり込む。
アングレウスさんはそのままモーニングスターを更に振り回し、攻撃を繰り返すが、黒獅子は見事に全ての攻撃を回避していく。
僕もすぐに体勢を立て直し、一度黒獅子から距離をとる為にアングレウスさんの近くまで退避した。
「すみません。ありがとうございます。助かりました」
アングレウスさんが攻撃してくれていなければ、防御姿勢に入っていたとはいえ、攻撃を喰らってしまっていた。
たとえ運良くダメージがなかったとしても、万が一飛ばされてステージの周囲を取り囲んでいる水に落とされてしまえば、試験官のアルトさんの話し方からしておそらく失格になってしまう。
危なかった……。
「なかなか当たらんな」
「大きさの割に身軽ですばしっこいですね。皮膚が厚いのか僕の攻撃もあまり通りませんでした」
僕はスピードはあるけれど、武器が片手剣なので黒獅子程の大きさの相手に対しては一撃にあまり威力が出せない。
それに対して、アングレウスさんはその体格とモーニングスターによって攻撃の威力は申し分ない。
けれど、モーニングスターは予備動作が多く、モーニングスターの飛ぶスピードもそこまで速いわけではないので黒獅子に動きを読まれ、先程のように躱されてしまう。
ダメージを与えられない僕と当てられないアングレウスさん。
一見、ダメージをほとんど与えられないというのは絶望的にも思えるが、それでもできることはある。
この試験はツーマンセル。
一人で通用しないのなら、お互いでダメな部分を補い合えばいいだけの話だ。
「僕がどうにかして動きを止めるんで、スキを見て一撃喰らわせてください」
「了解した」
アングレウスさんも同じことを考えていたのか、異論を言うこともなく、すぐに了解してくれた。
足に力を入れ、先程と同じように正面から黒獅子との距離を詰める。
しかし、黒獅子は僕のスピードに警戒していたのか、先程は反応できていなかった速度に今度は反応し、叩き潰そうとこちらに鋭い爪が向かってくる。
だが、黒獅子が反応してくることはこちらも予想の範疇だ。
「【両脚強化】」
詠唱破棄の【身体部分強化】で足の強化を更にもう一段階強化。
速度を上げることによってその攻撃を回避した。
そして、すかさず黒獅子の後ろ足に回り込み、アキレス腱の辺りを狙って思い切り、振り返った時の回転も利用して剣を全力で振り下ろす。
「ガルォォォ!」
「よしっ!」
切り傷程度のダメージが入った。
ダメージが入るならなんとかなる。
黒獅子からの攻撃を足への強化の具合を調節してスピードに緩急をつけることで躱しながら、黒獅子の四足に次々と攻撃を加えていく。
黒獅子からの攻撃を回避しながら攻撃。
それをひたすらに繰り返し、黒獅子の四本の足に少しずつではあるけれど、確かにダメージが入っていった。
「ヴォォォヴゥゥ……!」
数十秒後。
黒獅子はとうとう自分の体を支えていられなくなり、膝を折り曲げて地面に突っ伏した。
「アングレウスさん!」
「任せろ」
モーニングスターを頭上で振り回して待機していたアングレウスさんは短くただそれだけ言うと、回転の遠心力を利用して、勢いそのままに黒獅子の横腹にモーニングスターをぶつけた。
「ガァヴォォォォォ!!!」
黒獅子の硬い体にモーニングスターがめり込み、骨を砕いたのか、痛々しくも生々しい音が響く。
黒獅子の体は吹き飛び、闘技場の周囲に張られている水へと落ちていった。
大きな水しぶきが上がる。
落ちた黒獅子を見ると、黒獅子は水が苦手だったのか、水中でもがき苦しみ、上手く泳ぐことができずに溺れていた。
「ナイスです!アングレウスさん!」
「あぁ」
拳を合わせ、僕らは黒獅子に勝利した。




