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霞命
張り詰めた沈黙。
あたりに響く、厳しい声。
私の身体は固まったように動かなかった。
「春霞命へ、お願い申し上げます。
私、四季崎春風は御身の言霊に従いて今年を過ごして参りました。然るに、我が身を捧げることを以て、皆の望む春の訪れを齎したく願います。」
彼女は背負っていた箱から箏を取り出すと
音合わせをし、演奏を始める。
春の始まりを告げる音。
暖かな陽気が広がっていく。
演奏を終える頃にさ
彼女の影が薄れていた。
「––––––––––」
少しの沈黙の後、
社の向こう側から声が聞こえた。
しかし、聞き取ることはできなかった。
だが、彼女は答える。
「私の隣に居る者は、此の山麓に倒れておりました。冬の神へ仕える巫へ薦めたく此処へ連れて参りました。」
何となく分かっていた。
此処へ連れて行った理由は、
私がそれ以外の道は選ばないことを
見越していたからだ。
覚悟を確かめるよう、目を瞑った。




