あなたと
※注意!!
こちらは、ヤングエースUP様にて本日公開されたコミカライズ最終話の続きとなっております!
単体でも読めるようになっておりますが、絶対に前後編になっている最終話を読んでからの方が楽しめますので、ぜひよろしくお願いいたします!
下記はヤングエースUP様のリンクです!
https://web-ace.jp/youngaceup/contents/1000128/
シャンタン国に向け出港した船の上。
ローザリアは船首からの景色を、カディオと並んで眺めていた。
大型帆船は揺れも少なく、航海は非常に順調。実に優雅な旅だ。従者のミリアとグレディオールもついてきてくれている。
陽光を弾いて輝く青い海、潮の香りに満ちた爽やかな風。それに乗って飛ぶ海鳥の群れも、初めて国外へ出たローザリアにとって全てが目新しかった。
とはいえ、それも三日を過ぎれば見慣れてくるというもの。
シャンタン国までは一週間ほどかかるというのに、船上でできることは多くない。食事も味気ない保存食ばかりになってきた。
……娯楽の少ない船旅で、見出した楽しみ。
はしゃいで海を眺めていたカディオと視線が合った瞬間、ローザリアは満面の笑みを浮かべた。
「愛しています」
「――ぶっほぉっ!!」
ゲホゲホと咳き込む彼の広い背中を擦りながら、笑みを悪どいものへと変える。
非常に悪趣味なことに、ローザリアは折りに触れカディオへの愛を告げ、このように反応を楽しんでいるのだった。
手すりを支えにした彼が、ガバっと顔を上げる。
「さ、さすがに急すぎません!?」
「横顔を眺めていたら、唐突に言いたくなったのです。他意はありません」
「そんなの絶対他意だらけでしょ。絶対からかってるだけでしょ……」
力なく項垂れるカディオの顔は真っ赤だった。
「あら、何かご不満かしら? わたくし達は『裕福な商家の娘とその夫の新婚旅行』という設定で行動しているのですから、甘い言葉を囁き合うのはむしろ当然では?」
歴代の薔薇姫の内、ローザリアは国を出ることのできた唯一の例外だ。
その名分は、海外特使というもの。
正式な国の代表である大使ではないので全権委任状は預かっていないけれど、他国の見習うべき文化や技術などを自国に取り入れるという使命がある。
そうして海外へ行くことは許されたものの、異国の地で身分を明かすのはあまりに不用心。
きちんと理由を説明してからの提案に、カディオも納得していたはずだ。だからこそ、大っぴらにイチャイチャ新婚気分を味わえているのだから。
「身分や使命を明かすのは、いざという時の切り札だと思ってくださいませ。ということで、ローザリア『様』と呼ぶのも禁止です」
背後でグレディオールが『越後のちりめん問屋が控えおろう……』と呟いているが、どうせ異世界の無駄知識だろう。
いつものごとくミリアに対応を任せ、ローザリアは完璧な笑みをさらに輝かせた。
「さぁ。恥ずかしがらないでくださいな、旦那様」
「いやぁぁ」
「うふふ、可愛らしい反応ですね」
「うひぃぃぃぃ」
「もう、照れ屋さんですのね。何も答えてくださらないと寂しいわ」
「ぬおおおおぉぉぉ……」
船上において縁起でもないたとえだが、カディオは完全に撃沈していた。
さすがにそろそろ意地悪がすぎたかもしれない。
ローザリアは船首から見える美しい海に背を向け、手すりに寄りかかった。
これは快適な船旅のための娯楽だが……その実、設定に見せかけた告白の返事でもあり、返事を少しも急かさないカディオへの意趣返し、という側面もあった。
彼に好きだと告げられた。
それ自体は嬉しかったし、夢のようだと思った。
外の世界を自分の目で見てみたいという、ローザリアの長年の夢を叶えるため、奔走してくれたのも知っている。
だからこんなのは、身勝手な文句だと分かっているのだ。
――とは言っても、ここまで今まで通り接してくるというのも……。
もしかしてカディオは、国を出るまでが忙しすぎたせいで、告白したことを忘れてしまったのかもしれない。だとすれば、このままうやむやになってしまう可能性もある。
危機感を募らせたローザリアは、不安になりすぎた結果……こうして冗談に紛れさせて好きだと伝えるようになったのだ。
あまりに長く思い煩っていたせいで、色々拗らせているのかもしれない。
もはや、どうやって素直になればいいのかも分からないでいる。
「あっ! ローザリア様!!」
突然顔を上げたカディオが、瞳を輝かせながら身を乗り出す。
「今、気付きました!? 向こうの方で何かが跳ねましたよ! あの大きさ、もしかしてイルカ!?」
「……」
落ち込ませてしまったかと反省していた端から、この笑顔。
ローザリアは唇を尖らせた。
――ずるいわ、本当に。自分ばかり妙にスッキリとした顔をして……。
能天気なほど大らかなところも好きだが、この遊戯を告白の返事だと気付いてもくれないところは、少し腹立たしい。
けれど、それこそただの八つ当たりだ。
真っ直ぐ好きと言えないローザリアが悪い。
せめて、この船旅が終わる時までに現状を打開したい。そうして、設定などに頼らず、愛を囁き合うようになれれば。
思考に耽っていると、頭上に不意に影が差した。
「……カディオ様?」
彼は真剣な眼差しでこちらを見下ろしており、ローザリアは遅ればせながら理由に気付く。
話しかけられていたのに、返事すら忘れていた。
「すみません、えぇと、そうでした。確か怪しい魚影が見えたのでしたっけ……?」
船首へ向き直ろうとしたローザリアの肩を、カディオが押し止める。彼と見つめ合う格好になった。
目を逸らすことすらできない眼差し。金色にきらめく瞳に魅せられ、ローザリアは息を忘れた。
少し顔を寄せたカディオが、秘めごとを打ち明けるように囁く。
「俺も、あなたが大好きだよ」
ローザリアは目を見開いた。
ずっと惹かれていた陰りのない瞳、真っ直ぐな言葉。彼の燃えるような赤毛も、まるで心を写し取ったかのごとく、情熱的に風に舞う。
大好き。
そのたった一言に心臓が押し潰されそうだった。
打算もしがらみもないから、こんなにも胸を打つのだろうか。
結局、どんなにからかっていたって、ローザリアは彼の潔さに負けてしまうのだ。
おそらく今、先ほどのカディオと同じくらい真っ赤になっているだろう。
普段ならば赤くなった頬を隠そうと思うのに、体が動かない。ただ呆然と彼を見つめ続ける。
それに動揺したのはカディオの方だった。
「えっ……あれ!? 俺が全然設定を守ろうとしないから、怒ってたんじゃないんですか!?」
焦って無意味に手足をばたつかせる彼を見つめていると、ローザリアの茹だった思考も徐々に落ち着いてきた。
……あぁ、そういうことか。
冷えた頭で考えれば簡単なことだった。
彼は『裕福な商家の娘とその夫の新婚旅行』という設定を忠実に守ろうとして、ローザリアに促されるまま、演技をしたにすぎないのだ。
そう客観的に理解しているのに、少なからず傷付いている自分に驚く。
我が身に返ってきて初めて分かる痛み。
ローザリアはカディオから離れると、深々と頭を下げた。
「わたくしは……これまで、軽率な発言であなたを傷付けておりましたのね。人の心を弄ぶなど、絶対に許されないことですのに……たいへん、申し訳ございませんでした」
「や、やめてください。俺は傷付いてなんて……むしろ、からかわれていると分かっていても、う、嬉しかったというか……」
「……カディオ様。そうやってすぐに許しては、悪女をつけ上がらせるだけですよ」
謝罪を続けても、彼を困らせるだけだろう。
ローザリアは自己嫌悪を隠して小さく笑った。
けれど、完璧な笑みを作ったはずなのに、カディオの動きが止まった。
そうして何かを振り切るように首を振って、こちらを見下ろす顔は――先ほどより、もっと赤く色付いている。
「あの、本当に……心から愛してます。――ロ、ローザリアさん」
「――」
いっぱいの思いやりが詰まった告白。
そう分かるから、ローザリアは泣きたくなった。
つけ上がらせると忠告したって、これなのだ。
けれどそんな彼だからこそ、何度だって恋に落ちてしまうのだろう。
ローザリアは今度こそ、作りものでない笑みを浮かべることができた。
「……わたくしも、大好きです。カディオさん」
カディオが、太陽より目映く笑う。
そうして二人は、離れた分よりさらに近付いて寄り添い合った。
波の合間に、己が仕える主人の笑い声が交じる。
けれどそれも顔を寄せて囁き合っているから、ごく微かなものでしかない。
グレディオールは、至極不可解といった表情で首を傾げた。
「……あのお二人は、演技などしなくても十分イチャイチャしていることに、いつになったら気付くのだろうか」
「グレディオール、それこそ野暮ってものですよ」
二人の背後で気配を消していた従者達は、気を利かせて船首から距離をとった。
これにて本当に本当に完結とさせていただきます!
長い間お付き合いくださり、ありがとうございました!
現在進行形で連載中の『追放された失格聖女は辺境を生き延びる※ただし強面辺境伯の過保護な見守りつき。』のリンクも貼っておきますので、よろしければ覗いてみてくださいーー!!
今まで書いてきたものの中でたぶん一番糖度が高めです!
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