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5.楽しんで生きていく。

少々短いです。

 この世界では、渡界人だろうと寝る場所が必要となる。ログアウトをしようと、プレイヤーのアバターはその場に残るからだ。仮に街中でログアウトすれば、突然意識を失ったように思われてしまう。何の対策もせずに外でログアウトすれば、魔物に襲われ、無抵抗のまま死に戻りして神殿からスタートするかも知れない。

 私の一日目はジャンとチュートリアルの空間で過ごしたため、そんな場所は要らなかったが。

 ちなみに死に戻りの時には、『最後に利用した神殿』に転送されるらしい。私にはもう関係ないことかも知れんが。


 そんな訳で、ほぼ全ての街、村等には宿屋がある。ナギ達もそんな宿屋の一室を借りていた。先程の自己紹介とかはそこでやっていた。

 そして私も、一部屋借りた。『黄昏の熊亭』という名の、店主が熊の獣人(ガチムチオッサン、熊耳、毛深め)なその名に違わぬ宿屋だ。性格は勿論おおらかで豪放磊落、かと思いきや繊細で傷つきやすく、口調は丁寧。その大きな手に似合わない丁寧な料理が得意な料理人である。先程のドロップアイテムの売却の時、冒険者ギルドの受付で『料理が旨い宿屋』を訊ねた所、ここを紹介された。


 ちなみに、この世界にラノベ等でよくある『亜人差別』のようなものはない。『獣人族』といった種族は『人間族』が太古の昔に進化し枝分かれしていった、物凄く遠い親戚のようなものらしい。渡界人(トラベラー)は初めは『人間族』『精霊族』しか選べないが、特定条件の突破で進化できるそうな。ステータス値やスキル、職も関係あるかも。


 閑話休題(それはともかく)


 現在、私はそんな宿屋の建物の裏側、庭にいる。生け垣に囲まれた自然の多めな庭だ。端の方には井戸が設置してある、こういう所は中世っぽい。

 何故ここにいるかというと、リアルではとんと出来ていなかったことをしようと、余り人目の無い、それでいて邪魔にならない所を探していたのだ。店主に許可はもらった、心配はいらない。



 私は、刀を、【始まりの竜刀】を振るっていた。眼前に敵がいるわけではない。試合等をする相手がいるわけでもない。


 ただ、素振りをしていた。


 記憶の中の師匠の太刀筋をなぞるように、極限まで無駄の無いように。それでいて、ゆっくりと。子供であろうと捉えられるような遅さを保ったまま、一瞬一瞬の体の動きを頭に刻み込みつつ、ただ振るう。

 ゆっくりと振れば、太刀筋はブレる。しかし、素早く振るだけならば『切れる』ことはあっても『斬れる』ことはない。刃とその重み、そして思いが揃って初めて、『斬る』ことはできる。ブレは素早くなる程に影響が大きくなる。

 ただ、その『ブレ』は邪魔ではない。『ブレ』を抑えるでもなく、逆らうでもなく、無視するでもなく、自分自身の流れに呑み込み、取り込み、その上で捩じ伏せ、操る。今は、それだけに集中する。

 日本にいた私ではなく、今の〝女の私〟に刻み込むように、刀を振るう。かつてより低い膂力りょりょくで、かつてより高い柔軟性で。


 端から見れば、剣舞(この場合、刀舞か?)をしていたように見えていたかも知れない。何をも捉えられぬような、スロー再生のような緩慢な動きの中、私は無心となり、一瞬に呑み込まれ、時間を忘れ、ただ、ただ没頭していく───




◇◆◇




 ──カーーン───カーーン────


 ふと気づけば日は暮れ、東の空にはうっすらと星が瞬き始めていた。夜は基本的に閉まる東西南北の門を閉める合図の鐘まで時間の経過を忘れるとは、自身のことながら少々呆れてしまう。刀を鞘に納め、繰り返した足運びで刻まれた枯山水のような模様のついた庭を離れて宿の食堂に戻る。


 今夜の夕食は店主自慢の一品、 ローストラビットの定食だ。ホーンラビットの肉を使った、値は安いのに旨い料理だ。じっくりと火が通された肉が、少し濃いめのソースによくあっている。是非ともまた食べたいものだ。ただ、私としては白米に合わせたい。パンも悪くはないが、米の方が好みには合う、と思う。


「旨かったぞ、店主」

「いえいえ、お粗末様です」

「また明日からも頼むぞ、店主」

「毎度ありがとうございます。またどうぞ」

「ではな」


 この世界では、支払いはカード同士で直ぐに済ませられる。カード同士を重ねれば、スマホをかざして支払うが如くに払える。妙な所でハイテクだと思った。

 ここは何故かプレイヤーとおぼしき客が少ない。とりあえず泊まるだけならこだわらない、のだろうか? それはそれでもったいない気もする。

 まあ、住人達は食堂として数多くの客が来ているため、経営には困っていないらしいが。


 私は現状【料理】スキルは持っていても、店主の腕には遠く及ばない。とりあえずは料理ギルドで自分用の昼食を作りながら、腕を磨いていくとしよう。あまりにRareが高い食材が手に入ったりしたら、ここの店主に贈って何か作って貰おう。それがいい。とりあえずの目標は、『店主に料理を誉められること』としておこう。



◇◆◇



 出来れば有って欲しかったが、この宿屋『黄昏の熊亭』には風呂は無かった。中世らしく、場所やら燃料やら、解決すべき問題点が多いのだろう。魔法に魔術がある世界なのだから、そちら方面で解決できないだろうか? 魔道具的な何か、作れるなら作ってみようか。


 そんな訳で、大衆浴場に来ている。こちらが有って本当に良かった。やはり日本人としては、湯に浸かってのんびりとしたいものだ。

 まあ、問題はあるといえばある。今の私の体は女性なので、男湯に入ってしまっては痴女になってしまう。それは避けねば。


 という訳で、全男性の憧れであろう、女湯に入った。興味が無かったといえば嘘になるが、私は何故か元々性欲が薄い(タチ)なため、女性の裸を見ても『綺麗だ』とは思えどそういう方面で興奮することはほぼないのだ。つまり、怪しまれない。元男としてどうか?と思われるかも知れんが、別に気にしていない。気にしたところで何が変わる訳でもなし、それなら無視だ、無視。

 脱衣場で真っ裸になり、浴場へ。老いも若きも幼きも、多くの女性がいたが、特に気にせず洗い場に向かう。が、やけに目線が多い。見られていた方向を向くと、バッと一斉に顔を背けられた。

 ……私は女性から見ても綺麗だと思われる、のか? 自意識過剰でなければ、大半の顔がこちらを向いていたのだが。


「(何処の方だろう?凄く綺麗…)」

「(あら~…凄く綺麗なお嬢さんね~、ウチの娘より……。…少し複雑ね……)」

「(きれーなおねーちゃんだなぁ~……)」


 まぁ、何と思われようと、気にした所で変わらないことは分かっている。もし話し掛けてきたら対応する、それでいい。今は風呂だ。何よりも優先は、湯船だ。


 優先順位はともかく、汗に汚れた体で浴槽に浸かる訳にはいかない。それはマナーだ。体と頭を洗って流し、漸く湯船へ。


「はふぅ……」


 はー極楽極楽。……ジジクサイ、いや今の私にはババクサイと思われるかも知れんが、毎回こういう声がでてしまう。まぁ、そこまで気にすることでもあるまい。風呂万歳。風呂を最初に作ったのは誰だろうか、褒めてつかわす。少々、いやだいぶ上から目線の褒め言葉だが、受け取ってもらえると嬉しい。


 浴場から出ると、気温差で少々震えた。

 私はリアルでも髪を伸ばしていたため、特に困りはしない。あまり擦らないよう、優しめに。ゴシゴシしては髪が傷む。流石にドライヤーは無いが、意外とふわふわなタオルがあったことは救いだ。丁寧に、丁寧に包むように水分を吸いとる。軽く櫛でといて終了っと。今髪をまとめると変な癖がつくからな。

 タオルは今回は貸し出しを借りたが、次回までに買っておこう。使用済みタオルは返却カゴへシュート。


 風呂は魂の洗濯、とはよく言ったものだ。可能な限り、毎日入りたい。魔術か何かで体を洗うものがあるかも知れんが、それとこれとは別だ。余り高い訳ではないが、ここの風呂代はきちんと稼がねば。



◇◆◇



 公衆浴場からの帰り道、旨そうな匂いを漂わせる屋台に引き寄せられてしまった。いや、別に悪いことではないのだが。まぁ、所持金は減るが。


「らっしゃい! 買ってくかい?」

「ふむ。店主よ、一本貰おうか」

「あいよ!」


 この屋台で売っていたのは、実に美しい照りの焼き鳥だった。炭火で焼かれたそれは少々お高めながら、香ばしく美味しいものだった。

 贔屓にしよう。


「店主、ここは毎日やっているか?」

「基本、毎日いるぞ。たまに仕入れとかで休むけどな」

「そうか。また来させてもらう」

「あいよ! 贔屓(ひいき)にしてくれよな、べっぴんさん!」


 言われる前にそう誓ったところだ。

 そして気づく。照り焼きがあるならば、醤油があるのではないか!? あと味醂(みりん)! 日本人のための調味料、是非手に入れねば。




◇◆◇



 宿まで帰ってきた私は、部屋に備え付けられたベッドに寝転び、この世界で過ごす初めての夜を考える。


 この世界は、実にリアルだ。


 五感は現実と同じ、もしくはそれ以上に敏感。

 住人達はそれぞれの生活のために仕事をこなし、日々の糧を得ている。酒場やギルドの食堂で屯して騒ぎたい、または酒を飲みたい者。家で家族と過ごす者、夜だからこそ働く者、早く寝て、明日の仕事に備える者。実に多種多様で、皆楽しそうに過ごしている。

 しかも、私は先程、トイレで用を足してきた。私はいよいよ、『プレイヤー』という枠組みを外れつつある。




 ───ここは、本当にゲームの世界なのか。




 私は、このリアルな世界で生きていく。『世界初のVRMMO』としてはもはや不自然なまでに自然な、この世界で。他のプレイヤーは、この『不自然なまでの自然さ』に気付いているのだろうか。気付かず、ただゲームの世界として扱うだけなのか。


 私はもう、あちらの世界の住人ではないのだ。


 リアルではもう会えない、ということはまだナギ達にも話していないが、いずれ伝える時は来るだろう。

 その時には、どんな反応をするのだろうか?


 それでも、ただそれでも。私は、楽しんで生きていく。


 ここが本当に異世界であろうと、はたまたいずれ消える電脳世界であろうと、私にとっては未知の世界であることに違いは無い。私が向こう(リアル)では諦めた、『自由な生き方』を貫く、それを出来る世界なのだ。

主人公の決意でした。まぁ、既に言っていたことですけど。

連続投稿は今回で終了、以降不定期更新です。

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