第九話 これは犯罪だ
JIS(Japanese Industrial Standards) 日本工業規格。
これは工業標準化法に基づいた工業製品に関する規格で、いろいろモノを作るときに、標準化しておけば、「無駄を省けますよ!」「部品は共用できますよ!」と言う、もっともな理由で定められたものである。
規格を定める以上、その規格票の様式、すなわち、規格を説明するところの文書の文言も統一化して、規格の理解や、適用の能率向上を図ることが重要なのは言うまでもない。そのような理由で、1951年には規格票の規格、JIS Z 8301が制定されている。
こう書くと、Z 8301はさだめし規格の親分筋にあたるスーパーバイザリなメタ規格で、さぞかし格調高いシロモノであると思われることだろう。
確かにそのようにみえてしまうが、本当のところは、JISのなかにあって、もっともファジーな規格といってよい。それも多少なりとも慧眼をもった人ならば、悪い文言例を規格内に引用した時点で、その引用箇所が規格外となることに、すでにお気づきだろう。実際、Z 8301はそうなっているから、規格の規格、ある意味神様自身が、実は規格外であるという、矛盾をはらんでいる。
「この文は正しくない」
まさしくこれと類似した大掛かりなエビメニデス文と考えればよいかもしれない。
記載のなかにおいては、特に、「表現上の詳細事項の規定」が、一番手ごわい。
たとえば、
●接続詞の"また"はひらがなで書き、"または"は漢字で"又は"と書く。
●"なお" "なぜ" "かつ"はひらがなで、"若しくは" "共に"は、漢字まじりにする。
●"場合" "及び" "とき"は、限定条件を示すのに用いるが、限定条件が二重にある場合には、大きいほうの条件に"場合"を用い、小さいほうの条件に"とき"を用いる。
●"なお"で始まる文の場合は行を改め、"また"又は"ただし"を用いる場合は、通常行を改めない。
という具合だ。
確かに小説であれば、含みを持って複雑に捉えられるほうが好ましい場合もあるだろうが、これが規格の文言なら、定めたことが正確無比に伝わるのが望ましいのは理解できる。しかし、そうであっても、上記の表現制約が必要だとは思われない。わたしには行き過ぎに思える。
この規格があるがために、新しい規格票を作成する者は、いつも涙ぐましい努力を払うことになる。たとえばISO規格(国際標準化機構の規格)を、JIS規格へ翻訳するといった、割と簡単に思われる作業であっても、本質にまったく関係ない文言の校正に、何日も費やす羽目になる。それも通常この作業には、大学教授や民間企業の有識者があたるのだから始末におえない。
と、ここまできて読者は思うだろう? なんでこれがミステリー・フリークの話題なのか? そう、まったく関係ないのである。
筆者が言いたかったことはたったひとつ。
ジス イズ ア クライム