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最終話 さぁ、明日からも

 それから、どれくらいの間じっとしていただろうか。

 途方もなく長い時間だった気もすれば、短かった気もする。

 私を意識へと持ち上げたのは、途轍もなく大きな力の気配だった。


「……神子?」


 俯けていた顔を上げる。桁外れな力の波動、その主は確かに神子のようだった。

 あまりの力の大きさに仙界が震えている。

 神子はこちらに向かってきているようだ。発している力が大きすぎて、神子以外の気配を感じ取れない。


 やがて私の部屋の前までやって来た神子は立ち止まる。おそらく結界を破るつもりなのだろう。


 ――――!


 大きすぎる神子の力に触れた私の結界は、まるでシャボン玉のように弾け飛んだ。

 開け放たれた扉から光が差し込む。暗闇にいた私は久しぶりの刺激に思わず目を細める。


 三人……?

 どうやら私の部屋の前には三人立っているようだが、逆光で良く見えない。

 特徴的な髪形と体勢で神子と芳香の二人は把握できるけど、残りの一人が分からない。


「せ、せーが!」

「芳香、待ちなさい」


 私に飛びかかろうとした芳香を神子がその場に留める。

 芳香は何とかもがいているようだが、本気を出した神子の力には敵わない。


 目が次第に慣れていく。

 そうして、目に映った最後の一人は――。


「……ッ!」

「青娥」


 父だった。


 まさか、神子が連れてきたのか。

 神子を睨むと、神子はそれを受けてにやりと笑う。それから神子は暴れる芳香を無理矢理どこかへ連れ去っていく。

 無駄過ぎる力の放出は、父の存在を悟らせないためだったのか。

 まさかあんな青二才に一本取られるとは。


 悔しい思いで俯くと、部屋に明かりがつく。父がつけたのだろう。

 明るくなった部屋とは対象に、沈黙が私達を包み込む。

 父は気まずそうに切り出した。


「その、青娥。その、さ、話をしよう」


 何を今更。

 私は何も答えず、部屋の隅に座り込んだ。

 父は何も言わず、私をじっと見ている。


 長く、重たい静寂が部屋に満ちる。

 私は俯いたまま動かない。動くつもりもない。

 父も何も言わない。ただその場に立っている。


「……」

「……」


 二人とも、何も言わなかった。

 まるで誰かが時を止めてしまったかのようだった。


 ……こうして久しぶりにしっかり対面したというのに、父は何も言わない。

 どうして何も言わないの。何か、何か言う事だってあるんじゃないのか。そんな突っ立っているだけなんて、案山子の方がまだましだ。

 まさか、私の返答を待っているのだろうか。

 ちらと父を見ると、未だに父はこちらを見ていた。


「……」

「……」


 その視線に耐えられなくなった私は、俯いたままボソッと言った。


「……勝手にすれば」

「そうか」


 父は安堵したように息を吐いた。

 それから私の隣に腰を下ろす。


「お母さんは、どうなった?」


 話題でも考えていたのか、しばらく経って父は口を開いた。


「……人として、天寿を全うしたわ」

「そっか」


 そう言って、父は安心したように少し笑った。


 私が邪仙となって、密かに実家に帰った時の事を思い出す。

 ……誰も、いなかった。

 そこまで大きくなかった我が家は、当主である父、そして名家である霍家へと嫁いだ私の行方不明により、衰退の一途を辿っていた。

 私が帰った時には、使用人はおろか人の気配すらなくて、奥で母が一人で床に臥せているのみだった。

 母は私を見ると、まるで私が帰って来るのを待っていたかのように、「良かった」 それだけ言って亡くなった。


「笑って息を引き取っていったよ」

「そっか」

「うん」


 それから、ぽつりぽつりと話していった。

 大陸からこの島国に移った時の事。神子達と会った時の事。宗教戦争のその後の事。幻想入りしてからの事。

 話す事は、たくさんあった。






 しばらく、私はずうっと話し続けていた。

 父から聞きたい事は勿論たくさんあった。けれども、私が今までどう過ごしてきたのか、何をしてきたのか、何を考えて生きてきたのか、話したい事の方がもっとたくさんあった。

 こんなに話したのはいつ振りだろうか。言葉が喉の奥からどんどん溢れてやってくる。これでは、いくら話しても話したりない気がした。


 けれども、それにも限界があるというもので、ある話題を話し終わったところで一息ついてしまう。

 少しだけ空間が沈黙する。その場の空気が切れてしまった。

 その空気の変わり目を見て、父は思い立ったように口を開いた。


「あの、芳香って子。良い子だな」

「え……うん」


 自分でも、驚くほど狼狽するのが分かった。思わず俯いてしまう。

 芳香の事なんて……今は、どうでもいいじゃない。

 私は慌てて話題を変えようとする。しかし、父は私の言葉に被せるように言った。


「あの子。青娥が作ったんだってな。良い子だよ、本当。

でも、この頃、あの子避けているんだって?」


 父がこちらに視線を向けるのが分かった。

 なんで、芳香の事を。芳香の事は今関係ないじゃない……。


「どうでも、いいでしょ。そんなこと」

「……」


 それから再び沈黙が部屋を支配した。

 横にいる父を、悟られないように窺う。父は上を向いて、何か考え事をしているようだった。

 少し経って、父は話し出した。


「千年以上前になるかな。仙人になる前の話なんだけどさ、俺、結婚してたんだ。可愛い子どももいた」

「?」


 何を話し出すのだろう。

 意図が掴めず、父の話に耳を傾ける。


「ある日さ、友人の伝でちょっとした道術を教えてもらったんだ。簡単なやつ。

それを見せるとさ、俺の子さ、すごく道術を気に入ってくれてな。すごく喜んでくれた。誰でもできるような道術をだよ? 俺、すごい嬉しかったの覚えてる。

だから俺さ、その子を喜ばせようと道教の勉強をたくさんし始めたんだ」

「……」


 父は、何も言わない私を見て肩を竦める。


「続けてもいいかな。

でも、元々凝り性だったのがいけなかったのかな。その内、その子を喜ばす事よりも道教そのものにハマっていったんだ。妻も子も、家族ほったらかしてさ。ずっと研究ばっかだった」


 最低な父親だろ。父は乾いた笑いを浮かべる。


「……気付けば、家族にどう接していいのか分かんなくなってた。

たまに妻とその子が笑いかけて来てもさ、俺今までどんな風に接していたんだろう、ってさ」


 父は再び上を向いて、震える声で続けた。


「そうなると自然に家族を避けるようになっていっちゃって。当然その逃げ道の先は道教。更にのめり込んでいったよ。

最終的にどうすればいいのか分かんなくなって、仙人になるっていう口実作って。後は……。

最低だよ、俺」


 上を向いた父から一筋の水滴が零れる。

 父は肩を震わせ、歯を食いしばっている。


 私は、父の袖をつまんだ。


「……私、お父さんと一緒に笑っていたかったんだよ?」

「青娥?」


 お父さんはその濡れた目でこちらを見る。


「難しい事なんて、いらないよ。ただ、お父さんと、お母さんと、一緒に笑ってたかったんだよ」


 私は力一杯唇を噛んでいた。


「……そっか。そっか」


 お父さんは、泣きながら私を抱きしめてくれた。

 気付けば、私も泣いていた。

 それから二人して、静かに泣き続けた。






 それから、どれほどの時間が経っただろう。

 泣き止んだ私達は、特に何かを言うわけでもなく、ただ寄り添って座っていた。

 こんなに落ち着いた気持ちになるのはいつ以来だろうか。何十年、何百年、いや、もしかしたら、それこそ父がいなくなって初めてなのかもしれない。


 長く泣いていたからだろうか、父は少し掠れた声で口を開いた。


「青娥、そろそろあの子のところに行ってやり」

「……うん」


 父から体を離す。

 そろそろ芳香のところに行ってやらなきゃいけない。

 大分前から、芳香がかなりのレベルで暴れていることは気の乱れから気付いていた。

 流石の神子でも、ほんの少し疲弊気味なのが窺える。


 私は立ち上がって、手鏡で自身を軽く整える。こういうのは大切だ。大人の女性の嗜みよ。

 しかしながら、私が緊張しているのを見抜いたのだろう。父は私の頭に手を置いた。


「大丈夫だよ。本当にその子を愛しているなら、それでいいんだ。それなら、自ずと愛は子へと伝わるから」


 ……自分のネックは、最終的にはこれだったのだろう。

 芳香への愛の伝え方が分からなかったから、自分はこんなに悩んでいたのだろう。

 今まで曖昧に伝えていたそれの、親と子という明白な形が露呈したことが原因なのだろう。


 大丈夫、愛は伝わる。父からこう言われて、私は何だか安心した気分になった。

 でも何だかちょっぴり素直になれなくて、そっぽを向く。


「偉そうに。私達置いていなくなったくせに」


 手痛いな。そう言って父は苦笑いした。


「だけどさ、約束は守っただろ? こうしてまた会えたじゃないか。

それに――」


 そこまで言って、父は真面目な顔でこっちを見つめながら言った。


「俺のお前に対する愛は伝わらなかったか?」

「……」


 ……全くもう、何で男って奴はこんな気恥ずかしい言葉を惜しげもなく言えるんだ。

 こっちの方が恥ずかしい。


「うっさい」


 私は父に背を向けた。

 それから、後ろで苦笑いしているであろう父に向かって、口を開いた。


「お父さん、ありがとう」









    *   *   *









 「――それでな、屠自古が恐ろしいのじゃ。彼奴な、我が砂糖を少々入れたからと悪いと怒って……いや、恐ろしくなんてない。怖くないぞ。全然、ホント。

ただ、砂糖と塩を間違えただけではないか。それだけで怒ることもなかろう? それでだな――」


 あれから、数週間経った。

 芳香との仲直りを果たしてから、私はいつも通りの日常を過ごしていた。


 相変わらず布都ちゃんはよく屠自古ちゃんに怒られるし、屠自古ちゃんはいつも通り雷を振り回している。

 神子ちゃんはクソ真面目に瞑想を繰り返し、時折里へ悟りを説きに行く。

 そして、芳香はよく転ける。

 本当、平和な日々を過ごしている。


「ね、布都ちゃん。屠自古ちゃんは真正の甘党だから怒っているの。お砂糖が足りなかったのよ」

「そ、そうなのか?」

「えぇ、違いないわ。だから今度は屠自古ちゃんの料理にたっぷりとお砂糖を入れてあげなさい? あの子も怒りを鎮めてくれるはずよ。

あら、今ちょうどお昼時。今から屠自古ちゃんの料理にお砂糖を入れて来なさいな」

「な、なるほど!」


 布都ちゃんは大きく頷いた。私も満面の笑みで大きく頷いた。


「いやあ、助かった! ありがとう青娥殿!」


 そう言うと布都ちゃんは意気揚々と部屋を出て行った。

 それからしばらくして聞こえてきた屠自古ちゃんの怒声と布都ちゃんの悲鳴に私はくすくすと笑った。


 そして、その悲鳴を引き継ぐようにして芳香が私の部屋を訪れた。

 芳香は目をキラキラと輝かせ、私に石を見せつけた。


「み、見てくれせーが! き、綺麗な石をもってきたぞ!」


 芳香が私に見せつけた石。正直言って、ただの石だ。

 だけど、関節が(頭も)上手く回らないこの子にとって、地面に転がる石を取ってみせるというのは中々の快挙。

 期待の眼差しをこちらに向ける芳香の頭を撫でてあげる。


「あらまぁ、頑張ったわね。芳香」

「う、うぉぉぉ! が、がんばったぞ!」


 芳香は嬉しそうに飛び跳ねる。

 笑顔で飛び回るこの子を見るとこちらも自然と笑顔になる。


 ……何のことはない。ただ、この子は一緒に楽しみを共有したかっただけなのだ。

 一緒に、笑っていたかっただけなんだ。


 難しく考えすぎちゃったのよね。

 頭を横に振りながら、押入れを開ける。

 この石どこにしまっちゃおうかしら。なんて思いながら押入れを見回す。


「あら?」


 クリスマスの戦利品、そう書かれているダンボール箱。その上に一枚の紙切れが置いてあった。

 これは……。

 まだこんなところに置いてあったのか。思わず笑みが零れる。

 私はそれをくしゃくしゃに丸めて、どこかに捨てようと押入れから身体を出した。

 すると、神子ちゃんに誘われたのだろう。一体何の欲を持っているのか、一つの神霊が私の目の前を漂っていた。


「あらこんにちわ」


 神霊に挨拶をする。返事のつもりだろうか。神霊はその場でゆらゆら揺れた。

 しかし、未だに神子を求めてやってくる神霊がいるとは、流石の一言に尽きる。


 神霊をぽんぽんと叩く。

 やめて! という風に神霊は私から逃れていこうとする。

 先ほどまで暴れていた芳香は、神霊の登場にしんと息を潜め、静まった。その姿はまるで獲物に狙いをつける獣のようだ。


「ふむ」


 私は少し思案して、何の欲があって来たかは知らないが、その神霊を捕えた。

 そして、その神霊を手にある紙に貼り付ける。

 少々抵抗した神霊だが、その甲斐なくぴたりと貼り付けにされる。

 私は芳香に振りむいた。


「じゃあ芳香、口を開けて」

「?? どうして?」

「ひみつ。はい、あーん」

「うむ。あーん」


 疑問を顔に浮かべながらも、芳香は素直に口を開く。

 私はその大きいお口に、欲の神霊付きの紙屑をぶち込んだ。

 突然紙を口に入れられたこの子は目を白黒させる。


「も、もがが」

「ね、おいしいね?」


 芳香は口から涎を垂らして、もごもご言っている。

 私はそんな愛らしい芳香にウインク付きの最高の笑顔を向ける。


「よく、噛んで食べるのよ? かみだけにね」


 さぁ、明日からも一緒に笑っていこう。







どうもこんばにちわ。もんてまんです。楽しんでいただけたでしょうか。


今回は、青娥の心の中での人物の呼び方や、中盤青娥が芳香の事を「この子」と思わなくなる事など、内心の言葉使いについて気を付けて書いてみました。

それにおける感情移入なんかを目指してみましたが、効果ありましたかね……。

他にも青娥が父に影響されていることが分かる台詞なんかもあったりするんですが。


いやぁ、それにしてもこの作品は苦労しました。

自分はお話を書く時、まず物語の初めと大まかな終わりを考えます。その後に人物などの設定を思いつく限り考えるんですね。

それで、肝心のストーリーはどうするかというと、その場の主人公(今回だと青娥や神子)に設定を壊さない程度に好き勝手動いてもらいます。それをほとんどそのまま物語にするんです。

つまり、初めとオチはともかく、物語の展開はほとんどキャラクターにお任せするんです。事の始まりを提供してあげて、その後は自由にやってくださーい。ってキャラクターに丸投げするんですね(笑

それで、このやり方で困ったのが今回です。

普段なら登場人物に好き勝手にやってもらうのですが、今回、主人公(青娥)が行動することを放棄しちゃったんですよ。

青娥は自分がどうすればいいのか分からなくなって、引き籠ってしまったんですね。

そこから物語が進まなくなって、本当に苦労しました。

おいおい、主人公の君が動かなかったらストーリーも動ないよ。なんて言ってみても青娥は無視します。

こんなに拗ねちゃう子は今までいなかったので、ほんと困りました(笑

最終的には神子を呼んでなんとかしてもらいましたが……。


なんて感じで、今回は本当に苦労しました。

発案から今までかかった期間は約半年です。長かった……。


さて、最後に一つ。

何故青娥のお父さんが働いているのか。この疑問は最後まで明かされませんでした。

これは、皆様に対する問題だったりします。ヒントは「仙力などに頼らずに、男が自分で稼いだお金でやりたかったこと」です。


まだまだ拙い文章ですが、楽しんでいただけたのなら幸いです。何か誤字脱字等あればご指摘ください。

次回短編を書くのなら戦闘ものの予定です。

では、今回はこれで。

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