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第二話 それは傾きを

 お昼時の人里は、中々の混み様だった。どのような用事があるのだろうか。様々な人間(たまに人外)で溢れている。わいわいがやがや喧しい。

 しかしながら、キョンシーの芳香を先頭にしているからだろう。人混みは勝手に裂けて(避けて)いく。


「う~ん、ここまでいくと気持ちいいわねぇ」


 好奇な目線に晒されるのが玉に傷だが、スムーズに進めるので良しとしよう。

 すると、私の呟きが聞こえたのか、芳香が不器用に振り返りながら言った。


「せーが! 何か言ったか~?」

「なんでもないわ。前を向きなさい。また転けるわよ。あぁ、そこの角を右ね」

「あ~い!」


 芳香は適当な返事を返しながら、右折した。

 お団子屋まであと少し。


「さて……と」


 その仙人(暫定)をどうからかってやろうかしら。そんな事を考えながら歩みを進める。

 そうね、まずは芳香を自慢しよう。

 芳香は私の……作品の中でもかなりの自信作だ。ちょっと腐っているのがあれだが、それもご愛嬌。出来は良い。

 偽物だったなら、適当に脅かして仕舞いにしよう。


「あぁ芳香! そこでストップよ」


 気付けば目的地に着いていた。

 その店内は小さいながらも中々に繁盛しており、時間を外せば良かったかと少し後悔した。


 そして、私は確信した。

 ……間違いない。この中にその仙人はいる。


 気配を消しているのだろう。小さいが、確かに同族の嫌な匂いがする。

 気を付けていなければ見逃していたであろうが、一旦気が付けば明確に感じ取れる。

 私は隠れるつもりなんて毛頭ない。向こうは既に私に気付いている事はずだ。


 芳香を先頭にしてすんなり店内に入り込む。

 そして見つけた席に座り、お品書きに目を通す。

 どれにしようかしら。うん、まずはみたらし団子からいきましょう。シンプルイズベストよね。


 丁度注文を決めたところで、湯呑がコトと置かれた。


 ……こいつか。娘々センサーがビンビンだ。

 私はその阿呆を目に収めるため、顔を上げた。


「……」

「……」


 湯呑を持ってきたのは、男性だった。

 その男性は驚きの余り言葉を失っている。目を見張り、茫然と私を見る。

 ぽかんと口を開け、信じられないものを見るような目でこちらを見つめるその表情は、なんとも間抜けなものだった。


 ……そして、それは私も同様だった。


 少し太い眉と無骨な鼻立ち、力強い眼。ちょっとだけ堀の深い顔と目元口元に僅かに見える小皺。背が高く、肩幅の広い体つきに節くれだった手。

 その全てが、千年以上も前に見た、未だ鮮明に記憶に残っている父の姿、そのものだった。


「せ、青娥……か?」

「……」


 その低く、落ち着く声も記憶の通り。


 頭が、ぐるぐるする。

 音が遠くなる。視界が絵の具のように混ざっていく。


 幼い頃の記憶が蘇る。

 抱き上げてくれた逞しい腕。抱きしめてくれた時の感触。寝る前に歌ってくれた子守唄。私によく向けてくれた優しい笑顔。


 そして、家を去って行く時の、その背中……。


「……ッ」


 私は腰掛が倒れるのも構わず乱暴に立ち上がった。そして店から出て行こうとする。


「青娥!」


 肩を掴まれる。私はその手を振り払った。


「さわんないでよ! 今更! 私がどれだけ……!」

「せ、青娥……」


 父の返事を待たずに私は店を飛び出した。






    *   *   *






 ―――初めは、私を喜ばせるためだったんだと思う。


『お父さんすごい! これどうやったの!?』

『ひみつ! すごいだろ~!』


 どこで覚えてきたのだろうか。ある日父は私に道術を見せてくれた。それは一見すれば奇術とあまり変わらない程度の、本当に初歩的な道術であった。

 しかしながら、見たこともない現象に私は心底驚き、また大いに喜んだ。

 その後私は、またあれを見せてくれと、父に道術を要求するようになった。


 それからだった。道教について学びだした父が、私によくそれを見せてくれるようになったのは。

 当時幼かった私は当然のように、もっともっとと父に術を求めていった。


『お父さん何やってるのー?』

『ん、術のお勉強だよ。次はもっとすごいの見せてやるからな!』

『ほんと!?』

『あぁ!』


 日々変化し驚きを与えてくれる道術、そしてそれを見せてくれる父に私は手を叩いて喜んだ。

 この頃から既に好奇心の強かった私は、新鮮で心躍る道術に毎回目を輝かせた。

 私を驚かせ、また喜ばせるため、父はどんどん道教に熱中していった。


 そして――――


『ねぇお父さん! 久しぶりにどーきょー見せて!』

『……あぁ、これが終わったらね』


 いつしか父は、私を喜ばせることよりも道教そのものにのめり込んでいた。


 あらゆる術を扱え、不老不死である仙人。父はそれを目指していた。

 ある時一月ほど部屋に籠り切りになった父は、そこで本格的な修業が必要だと気付いたのだろう。

 部屋から出てきたかと思うとすぐに、私と母の元を去った。


 私と、とある約束を交わして……。


「……あら」


 周りを見渡す。

 気付けば、人里の離れまで来ていた。

 うわの空で歩いていたからだろうか。見たこともない場所に出てきてしまっている。

 外れにあるからだろう。人の気配は全くない。


「まぁ、私にはあんまり関係ないんだけどね」


 空を見上げる。

 何故か、空がぼやけていく。


 父への手紙を書こうとしている、まさかその最中に再会してしまうなんて。

 なんとも皮肉な話だ。


 ……あの手紙、父へ宛てるつもりだったあの手紙は、父との決別。それを意味するものだったのだ。


 私は嫁いだ先の家族を欺いて自由の身となり、仙人の世界に足を踏み入れた。

 父と同じ名の仙人が海を渡ったと聞き、その後を追ってこの国に渡った。

 情報を集めるために神子達を唆して宗教戦争を引き起こし、政治の中枢に取り入った。

 神子達が眠りについてからも、私は似たような事を幾度も幾度も繰り返した。戦、暗殺、災害、飢饉……。


 そうやって生きてきた千数百年。私はずっと父の手掛かりを探してきた。

 しかし、父について得られた情報は皆無であった。


 ―――そして、私は幻想郷へとその身を移した。


 もう、諦めよう。父は、唯一の肉親は、もういない。そんな幻想は捨ててしまおう。


 そう思っていた、矢先だった。父と再会したのは。

 もしかしたら、幻想郷において幻想を捨てる。そんな考えがもたらした結果なのかもしれない。


 目元を袖で拭う。

 心の整理がつかない。

 千何百年も探し続けて、見つからなかった。

 もしかしたら、仙人になって生きているのかもしれない。

 そんな希望を、自身を縛る鎖を、やっと諦められる、やっと解き放てる。そう決意していたのに。


 ……父は、私の事をどう思っているのだろうか。どう思っていたのだろうか。

 ただ、愛してくれていた。それだけは幼いながらも分かっていた。道教に夢中になり、ほとんど構ってくれなくなっていた時でさえ、父からの愛は感じていた。


 ――でも、いなくなった。


「私は……」


 自身の思考に耽っていた時、不意に遠くから聞き覚えのある声が響いてきた。


「せーが、せーが! ……せーがぁ!」

「芳香?」


 芳香の声に我に返る。

 しまった。置いてきてしまっていた。

 私は慌てて声がする方に向かい、芳香の前に姿を現した。


「せ、せーが!」


 不安げな声を上げていた芳香は、私の姿を認めると大声で私の名を呼んだ。

 芳香の姿を確認して、何故か心が落ち着く。


 ……芳香には悪いことしちゃったわね。お団子買い損ねちゃったし、帰りに何か買ってあげよう。

 そう思いながら、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねてやってくる芳香を待つ。


 そんな芳香を見て、つい今し方とは正反対に、暗い感情がじわじわと胸を侵食していくのを感じた。


 よっぽど不安だったのだろう。芳香は一秒でも早く私の元に辿り着こうと、必死に跳ねる。

 ―――そう、その姿はまるで、迷子の子どもが親を見つけた時のようで……。


『その子にとって貴女は親のような存在なのよ?』


 瞬間、神子の言葉が脳裏を過る。


「……ッ」


 芳香が私の目の前で立ち止まる。


「せーが! い、いなくなって怖か……」

「黙りなさい」

「……え?」


 芳香は困惑した表情を私に向ける。

 私はそんな芳香の顔に“思考停止”の札を張り付けた。


「早く戻って霊廟の警備を再開しなさい」

「……はい」


 忠実な僕になった芳香は静かに返事をし、霊廟の方角へ向かって行った。


「……」


 芳香が去ってしばらく、私はその場で茫然としていた。

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