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ハジャルの祈り  作者: ちよ【kindleペンネーム:白井ちよ】


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第二話

 広間の奥には、砂漠を渡ってきた各部族の族長たちが並んでいた。


 深い皺を刻んだ顔。砂嵐に焼かれた外套。胸元で揺れる部族の紋章。彼らは皆、父王の代からこの国を支えてきた者たちであり、砂漠の歴史そのものだった。

 その背後には、族長たちを支える長老たちが控えている。彼らは沈黙の中で、ただ静かに私を見つめていた。


 その視線が、一斉に私へと向けられる。


 敵意ではない。

 侮蔑でもない。

 

 若すぎる女が、果たして砂漠を束ねられるのか。その問いが、沈黙の中に重く沈んでいた。

 私は一歩、広間へ踏み出した。


 深紅のアバヤが揺れ、金の装飾が微かに鳴る。砂が流れるような音が広間に落ちる。額のサファイアが陽光を受け、青い光を散らした。


 砂漠において青は水の色。最も尊く、最も希少なもの。その光が、族長たちの瞳に淡く映る。


 玉座の前まで進むと、族長たちの列がゆっくりと割れた。

 中央に立つのは、長老たちの頂点に立つ大長老。砂漠の歴史そのもののような老人だった。


「ラズィーヤ殿」


 老人の声は、乾いた砂を踏むように低く響いた。


「これより、そなたは父王の後を継ぎ、我らの盟主となる。だが、部族は血筋だけでは従わぬ。砂漠は弱き者を許さない」

「承知している」


 大長老はその光を見つめ、わずかに目を細めた。

「……その宝石は、初代王が【神から賜った雫】と呼んだもの。砂漠に水をもたらす者にこそ相応しい」


 私は胸の奥に宿る恐れを押し込み、代わりに、父から受け継いだ誇りを前へ押し出した。


「砂漠の民よ。今日より私は、ラズィーヤ・アル・サフラ。この国の王として、あなたたちの未来を背負う」


 静寂が落ちた。

 大長老が、ゆっくりと膝をついた。


「……我らは、新たな太陽を迎える」


 その言葉が、広間に波紋のように広がっていく。

 ひとり、またひとりと、族長たちが膝をつき、深紅と金の女王に頭を垂れた。


 大長老が立ち上がり、杖を鳴らした。


「ラズィーヤ・アル・サフラよ。盟主としての最初の務めを果たすがよい。ーー砂漠の神へ、誓いを捧げよ」


 広間の奥、玉座の背後にある【風の祭壇】へ視線が向く。砂岩を削って作られた古い祭壇。その中央には、風の神を象徴する渦の紋が刻まれている。


 父王が、祖父王が、代々の王がここで誓いを立てた。私はゆっくりと歩みを進めた。祭壇の前に立つと、広間の空気が変わった。熱が引き、冷たい風が頬を撫でる。


 私は右手を胸に当て、静かに目を閉じた。


「砂漠の風の神よ。私は、ラズィーヤ・アル・サフラ。この国の王として、あなたの加護のもとに立つ者」


 言葉を紡ぐたび、広間の空気が深く沈む。


「あなたが選んだ血筋として、あなたが見守る民を、あなたが許す限り守り抜くことを誓う」


 その瞬間、額のサファイアが淡く光った。

 一滴の水が、波紋を広げるように。光はすぐに収まり、静寂が戻る。


 大長老が深く頭を垂れた。


「……神は、そなたを認めたようだ」


 その言葉に、広間の空気がわずかに緩む。しかし、私の胸の奥は逆に重くなった。背後で、ハサンの気配がわずかに揺れた。彼もまた、この光景を見ていた。


 大長老が杖を鳴らし、宣言した。


「本日より、ラズィーヤ・アル・サフラを我らの王とする!」


 族長たちが一斉に胸へ手を当て、頭を垂れた。その光景を見ながら、私は静かに息を吸う。風が、広間の隙間を抜けていく。


 私は玉座へと歩みを進めた。

 玉座に座る瞬間、父の声が胸の奥で蘇った気がした。


「ラズィーヤ。王とは、砂漠に立つ影だ。光を浴びるが、同時に誰よりも孤独である」


 私は静かに目を閉じ、玉座に身を預けた。族長たちの視線が、私に注がれる。

 その重さを、逃げずに受け止める。


 私は、ラズィーヤ・アル・サフラ。王として生きる者。


 広間の扉が開き、外の光が差し込んだ。太陽が、私を照らす。


 その光は、祝福か、試練か。今はまだ分からない。

 ただひとつだけ確かなのは、


 砂漠は、私を見ている。

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