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3-1-09 死海の底…サルベージ 22/7/15

加筆修正 20220715

12178文字 → 13670文字




 現在、日本に普及している水素発電ユニットは、約10万個ほどとまだまだ少ないのが実情で、現実だ。

 うちの実家地下のマザーマシンで、父さんが日々夜なべして作り続けるのにも限界が有る。

 これってまるで家内制手工業だよな……いや、間違いなくそうなのか!


 日本の世帯数は、現在およそ5600万世帯だから、これ迄の実績2年で10万世帯のペースで普及させるとして考えると日本の全世帯に普及させるには、1120年も掛かってしまう計算だ。

 気が遠くなるような話ではある。

 そこで、この2年間の試行錯誤をまとめ、ケレスで大量生産に踏み切る事にした。


 一気に5億個を生産し地球に持ち込み、そして5万個/1日ペースで出荷する事にしたのだ。

 毎日5万個である。

 5万個×365日=1825万個/年として、更に3倍で5475万個だから約3年で日本の世帯数はカバー出来るはず……だよね?


 実際には一気に出荷する事も出来るし考えたんだけど、今度は外装その他の製作加工が間に合わないし、実際に設置する人員もその後のメンテナンスも追いつかない有様だ。

 全てをこちらで作ってしまうことも考えたが、それをしてしまうと今協賛して頂いている企業から仕事を奪う事にも成りかねない。

 仕方が無い、地道に熟してもらいましょう。

 兎に角これで父さんの負担はぐっと減る訳である。

 

 日本は取り敢えずこれでいいとして、それでもまだケレスで増産された手持ちのコアユニットは9割方が残っている。

 今までの物が民生用として工業用、国防や救助用に後1割として、残りの分は時期を見て順次海外へ放出する事になると思うんだけど、このユニットに欠点が見つかった。

 冴島先生は実験段階でこの事にうすうす気がついていたらしく蒸留水を使用している。

 そう、当初から使用する水に気を使って居た訳である。

 実はこのユニット、一応浄水された水を使うんだが、その浄水が日本の水道基準なんだよ。

 世界200ヶ国以上の中で、浄水された水が蛇口から飲めるのは、日本も入れて15ヶ国…少なすぎると思わないか?

 まさかここまで少ないとは思わなかったよ、俺は悪くないよな。

 先に世界の水事情を改善しないと、輸出を先に進めるのは難しいかもしれないね。

 当面は、飲料用のミネラルウォーターを使用するか浄水用のフィルターを別途取り付けられるように用意するしか方法が無いんだよね。

 消防と自衛隊用に使用しているフィルターのアタッチメントは、非常用・災害用の物が既に存在するんだけど、これだって常用する物じゃ無い。

 アジアで水道水が飲める国は、日本とアラブ首長国連邦の2つだけ、アメリカでさえ水道水が飲めるのはカナダだけだ。

 地球は水の惑星であるにも関わらず、健康に飲める水が不足している地域が多過ぎる。

 日本ほど水に恵まれた国は、他に類を見ないんだって事がよ~く分かってきた。

 中国人が、日本の水源地を買い漁っているって聞くけれど、こんな処にも理由があるのかもしれないね。


 世界は、異星人の存在とその接触による外圧により、身内で争っている場合ではないと融和政策に転進する者達と、だからこそ我らが支配するべきだと考える過激な国家組織がまだ残って居り、今後もこの二極化が進みそうだ。

 今後、クリーンなエネルギーを得るために綺麗な水が必要となれば、飲料水の確保や治水に力を入れてくれるんじゃないかと話していたら、うちの大人達に大笑いされた……解せぬ?

 みんなは笑いながらその理由を説明してくれたのだが、絶対に欲の皮のつぱった奴が出てきて、水の値段を吊り上げて大儲けしようとするのが目に浮かぶようだとか云われてしまった。

 それこそ綺麗な水の為替市場なんてものが立ち上がり、水源と成っている土地さえ値上がりするだろうというのである。


『いやいや、昴の性根が螺子曲がってないのが分かって安心したよ』などと揶揄される始末……解せぬ!


 救いようがないな! 地球人類。




 ◆




 宿題になっていた死海に沈む『オヒューカス』の引き上げだが、相当難しい事が分かってきた。

 現在、分かっているオヒューカスの構造データから、船内隔壁に穴を開けられそうな部分を探しそこに耐圧ブロックを設置する。

 そして、船殻の外壁に穴をあけ内部に入る予定だ。

 上甲板と見られる部分に外部から耐圧ブロック……与圧出来る小型工作船をコバンザメのように貼り付け、そこに臨時の開口部を設ける手筈だ。

 アルキオネが、現地に潜入し作業を続けているはずだ。

 そう、アルキオネが以前ケレスの調査に使用したマイクロバスサイズの調査船を更に魔改造して……と言っても1代目は潰れてしまったので新調したんだけど、小型工作船?として今回も使っている。

 アルキオネ専用の護衛艦も有るには有るんだけど、あれだと秘密裏の潜入なんかには向か無いんだよね。

 でも、下手をすると護衛艦よりもチートかもしれませんよ、この(バス)……。



『マスター、オヒューカスの船内への開口部ですが、確保に成功しました。現在、船内環境の確認を急いでおります』


「ご苦労さま、それじゃサクッと済ませちゃおうか。オヒューカスも一緒に行こうね」


[はい、御主人様]


「出来ればその御主人様は、止めて欲しいんだけどな~」


[イイエッ、御主人様は、御主人様です!]


「あっ、そう……」


『艦内環境はあまり良ろしくありませんね。艦内温度274.15ケルビン・摂氏マイナス1度、二酸化炭素5%、窒素94%、他の酸素などの気体成分が1%以下です。艦内大気圧力1、艦内重力1.6Gを確認しました。生身の人間が活動できる環境には有りません。常時ガードスーツ着用を推奨します』


「それで、船体そのものの状態は?」


『下方に向いた重力偏差が見られます。船自体が下方に向けて地面を押しつぶしている状態です。その影響は艦内重力にも顕著に表れています。船体下部外装は圧壊していますが、キールがまだ持ちこたえています。バランスが崩れると一気に潰れそうですね』


「それじゃ~まだ動力は生きてるってことだね。それじゃ詳しい話は、まず重力コントロールを正常に戻してからだな~」


『30分後には、艦内への開口部の処理が完了致します』


「分かった、……そっちの作業船に直接跳ぶよ。オヒューカスも俺に捕まって……」


 俺が手をのばすと、その手を控えめに握り返してきた。


[よっ……宜しくお願いします……]


 と、寄り添ってきた。


「それじゃ跳ぶよ!」


 俺は、一息でアルキオネの居る作業船のコントロールルームにテレポートした。


[いらっしゃいませ、お早いお着きで……]と、云いながらアルキオネは、俺に寄り添うオヒューカスと繋いだその手を睨みつけていた。


「オイオイッ、嫉妬(ヤキモチ)かい?」


[マスター、今度は私と跳んでくださいね! ケレスの時みたいに……良いですね、約束ですよ]


「ハイハイ、分かりました。約束ね」


 機嫌は治ったようだが、この頃扱いが難しくなってきた。

 もう人と変わんないな~……。


「それで下の状況は?」


[艦内温度が低くほとんど窒素ですから、ナマモノが腐らずに残っているかもしれません。用心してお入り下さい]


「エッ、アルキオネは来ないの?」


[オヒューカスが居ますし、私は必要有りませんよね……、フンッ!]


 アチャ~~、まだ機嫌治ってなかったか……。


「そんな事は無いよ。俺は、アルキオネが来てくれたら嬉しいな~。オヒューカスもそう思うだろう?」


[はい、アルキオネさんは、とても頼りになります。私は何も出来なくて申し訳有りません……]


 ウォチャ~、コッチはコッチで落ち込むのかよ……勘弁してくれ。


[……マスターがそうまで云うのでしたら、御一緒するのも(やぶさ)かではありませんが~……]


「うん、頼りにしてるよ。アルキオネ!」


[御主人様はお優しいですね、アルキオネさん達が羨ましいです……]


[・・♪]


 結局、二人共手を繋ぎ俺がエスコートすることに……疲れた……。




 ◆




[有害な細菌等は認められませんが、何が有るか分かりません。十分注意して下さい]


「了解、それじゃ行こうか。まずはオヒューカスのメインコアに直行しよう」


[[了解!]です、御主人様]


 オヒューカスの上甲板に引っ付いた形の工作船によって、オヒューカスは上部外郭に穴を開けられ、臨時の与圧扉が設置されている。

 俺はガードスーツ、アルキオネとオヒューカスは、装甲メイド服に変身している。

 オヒューカスは、最初自分の姿を不思議そうに眺め、目の前のアルキオネと同じだと知って納得していた。


[与圧室密閉完了。開口部・進入路を開きます]


 開いた扉の向こうは暗闇の世界だった。

 一瞬、バイザーが曇ったが直ぐに視界は確保された。

 ライトに浮かぶオヒューカスの艦内は、思っていた以上に綺麗でホコリ一つ落ちていない……掃除をした後のようだ。


「早速、コアの所に行こう、それにしても綺麗だね……」


[マアッ、綺麗だなんて♪]


[オヒューカス、案内しなさい。さっさとマスターに直してもらって帰るわよ]


[はい、こちらです……]



 この後、メインコアの有る中枢部分に移動した俺達は、目の前の光景に固まるのだった。

 俺とアルキオネ、そしてオヒューカスがそれを目にしたのは、メインコアに向かうメインシャフトを下りてからだった。


[ヒィッ……]


 オヒューカスが悲鳴をあげている。

 そこには、おびただしい数の死体が転がっていたからだったのだ。

 詳しく説明すると下部ゲートの方からメインコアルームの方にむかって、折り重なるように延々と続いていたミイラの数々だった。

 鎧を着て剣を持った者、弓だろうか弦は切れているが反り返った木を持った者、鎖帷子(くさりかたびら)に身を包んだ者などが多数干からびて倒れている。

 それが下の階から続いているのだ。


「これは随分と悲惨だな、低温でミイラ化してる……。酸素がほとんど無いから剣は錆びて無いな。今の湿度は6%か……」


[マスター、ご気分は大丈夫ですか?]


「ウ~ン、大丈夫みたいだね。多分、ウンサンギガのライブラリーを見せられたショックで、耐性が付いたのかも? 死体って云ってもミイラじゃそんなビックリしないよ」


 オヒューカスは、俺の背中に引っ付いて顔を隠してる……可愛いもんだ。

 それを見てアルキオネが、ムッとした顔をしている。


[さあ、早く行きますよ! オヒューカス、貴方は医療用AIでしょう。死体にビクついてどうするんですか]


[私、オカルトは……(なま)の死体なら大丈夫なんですが……]


 ズンズンと前を進むアルキオネの後を俺とオヒューカスがそろそろと着いていく。

 これじゃ全く順番がアベコベだ。

 そのまましばらく進んでゆくと傷だらけの扉の前に折り重なるようにミイラの山が出来ていた。


「ご遺体には悪いけどこれじゃ入れないな。どかそうか……」


[この様子だと誰かが中に閉じこもった様ですね。抉じ開けようとした形跡が多数見うけられます]


「これ多分死因は、酸欠だよね?」


 ヒョイヒョイとミイラをワキに積み上げながら辿り着いたコアルームの扉は、固く閉じられ動力が生きているにも関わらず開くことは無かった。


「コリャ~、中からロックされてるな。エ~ト、外部操作パネルは、この(あた)りだったかな?」


 俺はコンコンと壁を叩きながら、ロックされた自動ドアの横の壁、右下ヒザぐらいの(あた)りの壁を探った。

 すると小さな針を通すような穴を発見したので、腰のポーチから万能工具を取り出す。

 俺は戸惑いなく、その壁の穴に極細の六角レンチを突き刺した。

 レンチの先は、突き当りのボタンを押し込み、レンチを廻す前に穴の上の壁に亀裂が入り『シュンッ』と音を立てて緊急用の操作パネルが顔を出したのだった。


[お見事! 流石ですね、マスター]


[ホワ~、凄いです!]


「ウンサンギガの船だし、基本構造は同じだね。チョイチョイと、これで……良しっと。さあ、開くよ!」


 間を置かずに、コアルームの扉が開きました。

 そこは、割と広い殺風景な部屋で、元は有っただろう操作卓やモニターなどは全て取り払われ寒々としていました。

 部屋の中央に据えられた巨大な水晶は、そこに抱きつくようにうつ伏せに倒れるミイラから飛び散っただろう血液が黒くこびり着き、ほの暗く瞬いているだけでした。

 コアの前には、一人の男のミイラが抱きつく様に倒れており、背中には三本の矢が刺さり、その他にも数え切れないほどの切り裂かれた様な傷が体中に有ったのでした。

 致命傷は、腰から腹に刺し貫かれた槍のようですね。

 柄の折れた槍が斜めに刺さったまま残っており、傷口から吹き出した血液が前後に飛び散りコアにも盛大に掛かって黒く汚しています。

 ドアの外に折れた柄を持った立派な鎧のミイラがあったので、犯人はそいつかな。

 さっきまでミイラにビクついていたオヒューカスが、その死体を見て急に駆け出しコアの前のミイラに縋り付いたのでした。


[エンキ様! ああ…あっ~……エンキ様~……]

 

「……伝承は、ホントだったみたいだね。ここにエンキ様の遺体が有るって事は、外の連中はバベルの塔の守備隊、マルドゥークの兵士かな~」


 剥ぎ取られたコアルームのコントロールパネル跡にコードを挿入して操作しようとしていたアルキオネは、諦めた様にこちらに寄ってきました。


[ダメです。外部からの制御をまったく受け付けません。おそらく最後の命令を実行して自閉モードに入ってしまった様です]


[私からの呼びかけにも応えてくれません]


「そうか……オヒューカスは、混線に気をつけて。俺がマスターキーでコアのコントロールに割り込むよ。こじ開けた時に情報のバックロードが発生するかもしれないからね」


[分かりました、御主人様]


「それじゃ始めるよ……」


 黒く汚された水晶に指輪の嵌った左手をかざし、マスター認証を実施する。


「ウンサンギガ、第49代クリエイトマイスター天河昴、マスター権限発動!」


 かざした手の前に空間モニターが出現し、現在のコアの状態を表示し始めた。

 意識レベルは最低……植物人間と同じレベルだ。

 取り合えず……正気に戻ってもらおうか……。


「チョッとビリッと行くよ……」


 目の前の水晶がビカッと光った、と同時に側にひかえていたオヒューカスもビクッと硬直している。

 激しく明滅を繰り返す巨大な水晶から嗚咽のような声が聞こえてきた。


『ヒィンッ、……誰ですか……アッ…アッ…アッアアア~、エンキ様ァ~~……???』


 オヒューカスは固まったまま、巨大水晶が激しく明滅している。

 俺は、不安定な次元転換炉の調整を続けながら優しく話しかけた。


「君が『生命の揺り籠』だね。俺は今代のウンサンギガ、第49代クリエイトマイスターになった天河昴だ、宜しく。とにかく次元転換炉の調子を見てからグラビィティーコントローラーを正常に戻そうか」


『貴方様が今代様……今、情報を頂きました……そして私がオヒューカス!』


「そう、君の新しい名前は『オヒューカス』、へびつかい座の『オヒューカス』だよ」


 やっと正気を取り戻した『生命の揺り籠』は、当時の記録を映像記録として持っていた。

 うん、目の前で傷ついたエンキが息絶えるまでのやり取りは、涙無しには語れない。

 『生命の揺り籠』は、マルドゥークの命令に随分と抵抗したみたいだね。

 船の方も自由を奪われ、バベルの塔の部品として封印されるところだったらしい。

 エンキは、封印される間際、警備のすきを突いてここまで辿り着いたんだね。

 医療船である『生命の揺り籠』は、繰り広げられる惨劇に何も出来ず、目の前で息絶えるエンキの最後の遺言を実行した。


「そうか、辛い思いをしたね……。それで艦内大気からの脱酸素処理とグラビティーコントローラーの暴走か……」


『はい、エンキ様はマルドゥークには2度と私を使わせてはイケないと仰っていました。奴の手の届かない所に隠すか封印をと……』


「流石に自爆という手は、使わなかった様だね」


『はい、エンキ様はこの惑星にどれほどの影響が出るか測りかねたのでしょう。最悪次元震に巻き込まれて星が滅びます』


「うん、間違いなく滅ぶね……」


[最低の被害でも星の生態系は、ズタズタになるでしょうね~]


(さいわ)いと言って良いのか……グラビティーコントローラーの暴走が下方向へ働いて、周辺の物を押しつぶしながら地殻を割った感じかな。死海(ここ)がこんなに低いのも地球にめり込む様に船のグラビティーコントローラーの暴走が働いたからだね。もし上方向に暴走していたら、地球から飛び出して星の藻屑になってたかもしれないよ。今頃は、何処までも加速して……って待てよ、そしたらもしかして浦島エフェクトで時間を止められたかな……。駄目だね! 誰かがそれに気が付いて追いかける為の宇宙船が必要だ」


[我々なら亜空間転移で先回りして捕まえることも可能ですが、今更そんな事は考えるだけ無駄ですね]


「これからこの船を補修して飛べる様にして月に持っていくよ。アルキオネ、手伝って!」


[お任せください]


[御主人様、私は……]


「ウン?……再起動したみたいだね、もう本体とのシンクロはうまく行った?」


『[はい、御主人様。もう大丈夫です……]』


「そう? まだ引きずってない? 無理しなくて良いんだよ……。ウ~ン、お葬式をしようか? エンキ様もこのままでは可愛そうだよね?」


『[はい! お願いします。御主人様]』


「それじゃまずは、掃除から始めようか。艦内環境を戻す前にミイラを片付けないと劣化して腐敗が始まっちゃうからそっちをまず片付けてからだよね」


 俺は、その場で手持ちのナノマテリアルを使用してエンキ様を納める(ひつぎ)をこしらえた。

 エンキ様の遺体から槍や鏃を手早く取り除き、棺に収めてから手伝いを集めるため連絡を入れる事にしたのだった。



「……そういう訳で、いま手の空いてる人、手伝って!」


『『『『『どういう訳やねん!』』』』』




 ◆




 俺の呼びかけに手を挙げてくれた10人ほどと、アルキオネの予備義体9体を村とメガフロートから連れてきたまでは良かったのだが……ここで問題が発生した。


 前もって、全員ガードスーツ及び防護服仕様で、大量の死体(ミイラ)の処理が有るからと念を押しておいた。

 ここに来て気絶されても困るし、ガードスーツの中で気分を悪くして戻されても困る。


 ところがどっこい、大喜びで全部完全保存しましょうと鼻息も荒く迫ってきたのはジェニーさんだった。

 元々が考古学者で母さんと古文書漁りに精を出すのが最近の趣味な彼女が、今回のお掃除の話に待ったを掛けたのだ。

 貴重な考古学的サンプルの山だから、出来るだけそのまま残したいと熱弁を振るい始めたのだ。

 『もう、動かしちゃったヨ!』と言ったら盛大に大泣(おおな)きされたのには参った。

 ……どないしろっちゅうねん!

 幸いなことに『オヒューカス』に入る前からの行動は、その全てをアルキオネが記録していたので、積み上げられたミイラを最初の状態に戻すところから始めたのだった。

 結局、ジェニーさんとアルキオネNo2~No10の9体で詳細な記録を取りながらミイラを標本として保存、コンテナに詰め終わるまで丸2日掛かった。


 俺は、その間に皆んなに手を借りて船の修復だ。

 幸いなことに船内で壊されている所は、持ち去られた操作系機器と医療設備以外には殆ど無かったのだが、元は付いていただろう医療機器やベッドに医療用ナノマシンのプラントなどその全てが取り外されて、船内はほぼ空っぽの状態にされていたのだ。

 その辺の詳しい所をオヒューカスに聞いたところでは、協力を拒否したオヒューカスからマルドゥークがすべて取り上げ持ち去ったというのだ。

 マルドゥークも次期当主候補になるぐらいだ、それぞれ単体で扱うぐらいの知識は持っていたようである。

 取り外された機器は、マルドゥークが『天命の粘土板』により制御していたらしい。

 らしいと云うのは、船とのリンクを制限された状態であった為、記憶が曖昧だとのことである。

 最低限のログは残っているという話だが、どういった医療行為を行ったのか定かではないらしい。


 現状の艦外は、高圧の高濃度塩水と土砂や堆積した塩に依って全ての艦外作業は行うことが出来ない。

 オヒューカスは、どんな形の船なのか?

 オヒューカスは、ウンサンギガで唯一の医療船である。

 オヒューカスは、直径200mの球型の船である、だから耐圧限界が非常に高かったのだ。

 今の所は、船殻に亀裂等も見られない。

 

「外部スラスターは全滅だね。大気圏内用のバランサーも圧潰(あっかい)している」


[修理するには、外装を一度剥がしてしまったほうが早いですね。センサー類も全滅です。シールド発生装置もトラクタービームも使えませんね]


「医療船と言っていたから、病院みたいなの想像してたんだけど、想像とかなり違うね~」


『御主人様、それはマルドゥークに全部持っていかれてしまったからです。船の中は伽藍堂(がらんどう)ですよ。でも、亜空間の薬剤保管庫は無事です……よね? ……多分無事だと思います』


「マルドゥークも薬には手を付けてないのか~」


『イイエ、正規の薬剤庫にも手を付けましたが、亜空間のものはウンサンギガ秘蔵の薬剤が保管されていたので秘匿されていました。知っているのは、御当主様だけです。エンキ様も知らなかったと思います。マルドゥークは、船内薬剤保管庫にあった大量の薬剤で満足したのでしょう』


「ふ~ん、チョッと見せてね~……。うわ~、これは表には出したら世の中ひっくりかえるかも……魔法の薬って本当に有ったんだね。……イヤイヤイヤ、チョッと待とうか……落ち着け俺……」


『ここに並んでいる物は、魔法などでは決してありません。薬学と植物学、生物学と生理学の到達点と言える物でしょう。私のライブラリーは他に予備が有りませんから、エンリル様がお嘆きになっていたとエンキ様が今際(いまわ)(きわ)に仰っていました。だからこそマルドゥークの手から取り上げなければならなかったと……。アクセス権は、御党首様にしかありませんので御主人様にはお話しております。如何なる者であっても例外は有りません、たとえそれがエクストラナンバーのご同輩であってもです』


 これは、大変な物をサルベージしてしまったかもしれない。

 運斬技牙が40万年かけて探求した生命科学とその研究の全てが、オヒューカスの亜空間保管庫とライブラリーには眠っていることになります。

 その研究の深淵は、(アストラル)の有り様にまで及んでいる。

 これは、ホントに冗談抜きで神にもなれる知識とその集大成だよ。

 リスク無しでの不老不死も夢じゃない……、精神が持てばだけどね。

 兎に角、知ってしまったからには、この()をこんな所に沈めておく訳には行かないよね。


 天帝エアは、ホントは何が欲しかったのだろうか……何となく薄っすら真相が見えてきたかも……。

 マルドゥークは、権力に踊らされ、盛大に貧乏くじを引かされた。

 本当の真実の辿り着くことは永遠に無く、ピエロを演じたのだろうか?

 そのまま次期当主になっていれば、当然開示されたかもしれないこれらの知識は、闇の中に消えた訳だ。

 うん、腹いせに星の一つも消し飛ばしたく成るかもしれないね……エア様……。


 流石、エクストラナンバーのコアシップ、唯の医療船と舐めていました。


 蓋を開けてみたら一番アンタッチャブルな船だった模様……。

 それにまだ見つかってない最後の船、ナンバー2はどんな船なのか知るのが怖いんですけど~、だけど探索はやめられない……というジレンマ。


 魂の根源にいたる技術ってどっから見たって魔法じゃん。

 チャンとした科学技術としてアプローチしてしっかりと答えを出している辺り、半端じゃないなウンサンギガ一族。

 アストラル、魂魄、霊体による物質の強化、オーラに生体エネルギー、気やプラーナなどなど。

 まるでオカルトじゃん。

 超能力なんて可愛いもんだね。

 人工のテレパシーなんて出来て当たり前じゃん、精神エネルギーや生体エネルギーがどんな仕組みで生み出され制御されているか知りたいと思うのは自然な事なのかもしれない。

 秘匿された情報のホンのさわりだけでも、人体実験なんて生温いと思うほどの事を延々と何万年もやってる。

 研究用の生命体を億単位で生み出して研究してる。

 ほとんど人と言えるような実験動物の数々、そしてそのサンプル。

 当然のように意思や精神の研究も含まれるから、そこには自我も存在する。

 力を制御するには、知能・知性は必要なのか……。

 獣でもサイコパワーを発揮する個体は存在するが、往々にしてそうした個体は、高度な知性を持っている場合が確認されている。

 生物に進化を促すのは、環境の変化、食物連鎖の変化、生体に直接関わる病原菌やウイルスなど、特にウイルス進化の研究はウンサンギガでも万年単位で行われていた……コイツラ悪魔か?

 その過程で生まれた実験動物の数々はどうなった?

 実験場は……当時の地球(・・)かよ、巫山戯んなよ!

 でもこれ今更どうしようもないな、下手に誰かに相談も出来ないぞ……。



 結局、ミイラの片付けにはジェニーさん主導で保存に2日、データ整理に1日、艦内清掃に1日、最後の5日目にエンキ様の葬儀を執り行った。


 3日目には艦内の大気も重力も通常の状態に戻し、ガードスーツ無しで行動できるように成り、いつの間に来ていたのか、母さんとジェニーさんがあゝでもないこうでもないと議論を交わしていた。

 速く掃除しろよ!


 5日目のエンキ様の葬儀には、主要メンバーがほぼ揃って出席した。

 MIKADO様が列席したいと言った時はどうしようかと思ったけど、今更隠しても仕方がないだろうと俺が直接迎えに行った。

 MIKADO様は、ご公務も無いので書斎に2時間ほどこもられると侍従に伝え、俺達に時間を作ってくれたのだった。

 母さんは『自分一人なら月まで跳べるけど、他人を抱えて跳ぶのは無理!』と送迎を拒否。

 結局は、俺が出席者全員の送迎をやる羽目になった。

 今更後悔しても仕方がないんだが、船を引き上げてから別の日にやればよかったと思ったよ!

 葬儀は、しめやかに進められた。

 オヒューカスが祭祀を努め、様式は古代ウンサンギガの仕来(しきた)りで執り行われた。

 これが、ほぼ日本の神葬祭の原型に酷似していて、MIKADO様もしきりに納得しておられる様子だった。


 ご遺体は、有るべき所に返そうということでオヒューカスの霊安室に一時的に納められ、後日ケレスの墓所に治める手筈になっている。

 これでオヒューカスも区切りが付いたのだろう。

 少し『ホッ』とした様子で今までのように『オドオド』として人を怖がったりする事が少なくなった。


 葬儀の解散後(みんな俺が送っていった)、船本体を打ち上げるだけなら別に見つかっても良いかなと死海を飛び立った俺達は、そのまま月まで直行してしまった。

 その時の死海周辺が、大変な騒ぎになっているとも知らずにである。


 死海のある場所はイスラエルとヨルダンの間、西は聖地エルサレムであり色々な意味で要衝の地である。

 そのすぐ横にガザ地区、ここが中東の問題地域だという事を俺はどっかにぶん投げていたのだ……疲れてたんだよ、ホント……。


 観光地だから一応出発は深夜にしたんだけど、200mもの巨大な物体がなんの前触れもなく死海の海底から現れて天空に飛び去ったという事実は、中東に目を向けていた世界中の軍隊や組織からは注目の的だったらしい。

 この時の事は、正味5分くらいの騒動だったんだけど、オヒューカスは故障していたから迷彩もステルスも何も無しでレーダーにデカデカ写っていた。

 イスラエル空軍のスクランブルは掛かるし、誰何(すいか)の無線は煩いし……全部無視でそのまま宇宙に飛び出した。

 この場合、ケツを捲って逃げ出したと言ったほうが良いのかもね。


 この日は、月のバクーンの所に逃げ込み、ドックで簡単に外部センサー類と偽装迷彩装備だけくっつけて木星に行くふりしてケレスに飛んだのだ。


 そして、迎えに出てきたセバスチャンは彼女のことを覚えていたみたいだ。



[これはこれは、久しぶりですな『生命の揺り籠』]


[貴方は? もしや『管理人』ですか?]


[貴方も昴様に恭順したのですね、それよりも良くもご無事で……]


[はい、あまり無事とは言えませんが、最後の一線は死守いたしました]


「あれ? セバスチャンは知ってるの、例の件……」


[いいえ、『生命の揺り籠』に、御頭首のみ入れる部屋がある事だけは知っておりますが、その部屋が何なのかは私にも秘密にされ知らされておりません。マルドゥークに『生命の揺り籠』を乗り逃げされた時は、責任を取って自爆しようかと思いましたが、私が自爆すると皆様道連れとなりますので出来ませんでした]


「……短絡的に自爆するのは止めてね、絶対!」


[さて本日は、昴様も御一緒で如何なさいましたか?]


「うん、……エンキ様の御遺体を運んできたんだ。仮の葬儀は地球でおこなったから墓所に納めようと思ってね。後は『生命の揺り籠』今はオヒューカスだけど、随分と痛めつけられているからオーバーホールかな。ほんと全体にガタが来てるから念入りにお願いするよ」


[畏まりました。建艦したばかりのように致しましょう。……昴様は、手をお入れにならないのですか?]


「今は少しそっとしとこうかなと思ってね。後でバージョンアップ案を考えとくからその時は宜しく」


[分かりました]


[あの~御主人様、私も何かお役に立ちたいです……]


「ウ~ン、それじゃ本体はここに隠して、代わりの船体(からだ)を作ろうか。サブのコアシップにリンク繋いで、今風の病院船ってことで」


[……はい、お願いします!]


[ホォホホホッ、良かったですなオヒューカス]


「はい、セバスチャンさん」


「それじゃ、エンキ様を納めに行こう」


[[はい]畏まりました]




 ◆




 俺たちは、ケレスで命を落とした者たちの墓所へエンキ様の御遺体を安置した。

 これで、やる事はやったなとホッと気を抜いたところでそれは起こった。

 俺の足元が光り、勝手に転移させられたのだ。

 その時のセバスとオヒューカスは、俺に向かって深々と頭を下げていた。

 どういう事?

 転移させられたのは、墓石の様にモノリスの並ぶ歴代頭首のライブラリーの間だった。


《よくぞエンキを連れ帰ってくれました。礼を言います。そして『生命の揺り籠』については既に知っている事と思います》


「はい、エンリル様。……やはり貴方は、意識体としてまだ存在しているのですね」


《ええ、『生命の揺り籠』のライブラリーにもその存在を研究した情報が有ったと思いますが、私は現在精神生命体として存在しています。ただし、まだ不完全な技術でここから離れることが出来ません。所謂(いわゆる)地縛霊のようなものですね》


「そうですか。イヤ~最初は幽霊かなとも思ったのですが残留思念にしては、あまりにハッキリしていたので不思議に思っていました。機械に意識を移すなんてことも考えましたが、痕跡がなかったようですし」


《流石ですね、そこ迄気が付いていましたか》


「ですが、なぜです? 今頃になって俺の前に現れた理由は……」


《そう邪険にしないで下さいまし。過去の因縁を貴方だけに押しつけてしまった事は、本当に申し訳なかったと思っていますのよ。ですがこの機会を逃したら多分未来永劫、我々も貴方達人類も救われないでしょう。『生命の揺り籠』に封印された真実の使い方は昴、貴方に全てを託します。公表するなり封印するなり活用するなり好きにして構いません。すでに地球人類は、我々の実験動物ではなく、新たな知的生命体として独り立ちしても良いのではないでしょうか? 判断は貴方に御任せしましょう》


「それ、全部俺に丸投げするから、後はよろしくね♪ って、遠回しに云ってるだけですよね!」


《アラッ♪ 分かっちゃいました?》


「……こぉ~んの~、腐れ女神ガ~~!!!」


《ウフフフフフ♪》


「それで、態々俺を呼びつけて今度は何がヤラせたいんですか? どうせ碌でもない事を考えてるんでしょう」


《ウフフ♪ そこまで分かっちゃうのね。これはもう以心伝心?》


「そんな訳、あるか~い!」


《貴方、沢山メイド侍らせてるんですって? うちの管理人まで執事にしちゃうし……。でもあの義体は素晴らしいわ、私達は考えもしなかった、造られた物を家族として一緒に暮らすなんて……》


「造られた存在と言えども、意思を持つのなら一緒に苦楽を共にしたほうが楽しいですし、彼らも機械知性体としてもっと育つと思ったんですよ。俺達の創作物にはAIに依る反乱の物語までありますからね」


《そう! それよ! 貴方は、彼らが怖くはないの? 彼らに取って代わられる時が何時か来るかもしれないのよ》


「そんな事、今更でしょう。既に彼らは、俺達の誰よりも優秀な存在だ。ハコなんか勝手に基地作るし艦隊作るし、もうすぐ無敵の自分の船も完成しますよ」


《……ハァ~、呆れちゃったわ。こんなんだから皆んな貴方が大好きなのね》


「どういう意味です?」


《信じてるってことよ。貴方は、ハコやその他の管制AI達が勝手気ままに好き勝手な事を始めて、貴方を危機に追い込むなんて一欠片も思ってない。彼らはそれが分かるから、信頼できる、家族だから……。私達は、そこ迄彼らを信じられなかった……。我々が自ら作り出した存在であるにもかかわらず……最後まで家族には成れなかった。飽く迄も創造主であり主人ではあるけれど家族には成れなかった……》


「確かに皆んな家族ですね。特に俺の仲間は、皆んな信頼してますよ。それは胸を張って言えます。一緒に食事もするし、馬鹿な事も一緒にやります」


《それがどれだけ難しい事なのか、貴方には分からないのでしょうね。そして、我々では考えつかなかった様な化学反応が起こっている。本当に想定外よ♪ 貴方達は……》


「盛大に話しが逸れているみたいなんですが、何が云いたいんですか?」


《……わた……仲間に……入れ…て……》


「エッ、何ですって?」


《だから! 私も仲間に入れてって言ってるのよ! ここで一人ぼっちは、もう嫌なの!》


「……ハァ~~、分かりました。何か方法を考えましょう。それで良いですか?」


《ヤッタ! お願いね。貴方に頼めばどうにかしてくれるって、セバスが云ってたのよ~♪》


「セバスェ……」



               (ホォ~ホホホッ♪)






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[一言] 黄竜さん私こう分析しました先進国と後進国の違いは 文化の違いだと後進国に無い文化を先進国は持ってるから 後進国は簡単に先進国に追いつけないと思います! その文化は数百年単位の差を生むので勉強…
[一言] ナンバーエイトですらまだ軽く情報あったのに完全抹消のナンバーツーはやばいんじゃない? それこそ全知とか崩壊とかそっち系統に特化したやばさしてそう
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