3-1-06 スカウト…ジャック・ハミルトン 23/0817
20220625 20230817 加筆修正
12771文字 → 13784文字 → 14795文字
俺達が英国のケンブリッジ大学に来たのには、理由がある。
ある高名な学者を プレアデスアカデミーへスカウトするためである。
この人物、名を『ジャック・ハミルトン』と云う。
とても高名な宇宙物理学者であり、異星人に関する著書も多数出している有名人だ。
現在地球上に存命中の物理学者では世界一と言ってもよい有名人だが、それにはもう一つの重大な理由がある。
彼は若かりし日より不治の病に侵され、余命はあと数年と告知されているにも関わらず翻訳機付きの電動車椅子で世界中を周り、宇宙の何たるかを世に問いて回っている愛すべき人なのだ。
彼は、人類にこう宣う。
『異星人へのコンタクトは出来るだけ避けるべきである。しかし、もしも会ってしまったらならば仕方がない、慎重の上に慎重を重ね、相手の腹を探るのだ。その異星人がアメリカ大陸を侵略したコロンブスの様に、奴隷や植民地を探しているかもしれないのだから。彼等はその、星々を渡る技術で我々を支配する為にやってきたのかもしれない。備えるのだ!彼らに対抗出来るだけの力を付けるために。そして、けして弱みに付け込まれ搾取される事のない様に……』
◆
「はじめまして、天河昴と申します。お会いできて光栄です、ハミルトン教授」
彼は俺の挨拶に微笑んでうなずき返し、カチカチと膝上のキーボードを叩いた。
少し間をおいて彼の座る車椅子のスピーカーから機械的な返事が響いてきた。
『ジャック・ハミルトンです。お噂はかねがねお聞きしていますよ。近頃、聖人へも認定されたとか、おめでとうございます、とお云いして良いものかちょっと悩むところではありますな……』
「アハハハ、全く端迷惑な限りです。おかげで自由に道も歩けなくなってしまいました」
『フフフッ、それで本日はどういった御用件でしょうか? 特にお約束は無かったと記憶しておりますが……』
「はい、ご多忙のところをアポも取らずに押しかけてしまい大変申し訳ありません。実は俺の宇宙開発関係、特にプレアデスアカデミーの教育にハミルトン教授の御協力をお願いしようと思い、本日はお伺いしました」
『……なぜ私なのですか? ミスター天河の宇宙船開発は私も興味深く見せて頂いていますが順調に進んでいるとお見受けしています。何か私にお手伝いするような事があるでしょうか? 特にバクーンショックから後、異星人との友好的な接触が図られていますね。あなたのところにもお客様がいらっしゃっているご様子ですし……』
「ええっ、ご紹介が遅れてしまいました。こちらのお二人が留学生として地球にこられている阿修羅王族のシャシ姫様とデーヴァ王族ラクシュ姫様です」
「阿修羅族のシャシじゃ、見知り置け! お主は地球の高名な学者と聞いておるぞ」
「デーヴァ族第3王女のラクシュと申します。ご高名はかねがね」
『これはご丁寧に、ジャック・ハミルトンです。ここケンブリッジ大学で教鞭を取っております』
「それじゃよ。お主、プレアデスアカデミーでも教鞭を取る気はないか?」
「シャシ様、お話が早急すぎますよ。ハミルトン教授にも都合がおありでしょう。今日は顔見せと言うことでお伺いしたんですから……」
『……とても魅力的なお誘いですがあなた方の御要望にはお答えできないと思います。特に私はこんな体ですしね……』
「その点は問題ありません。私達が実用化したVR技術を使用することで場所も時間も体調も関係なく教鞭を取ることが出来ます。教授は、今までどおりここで変わらずに研究を行うことが出来ますよ」
『……それが本当だとすると、今までの教育システムその物が変わってしまいますね。本当の事だとすればですが……』
「信用できませんか……そうですね……そうだ一度体験して見てはいかがでしょう。こちらがVRシステムの接続に必要なブレスレットです。通信装置としても優秀で、どこからでも我々と連絡を取ることが出来ます。日本では実際にこのシステムを使用して通信教育を実施しています。安全性は保証しますよ」
『……』
「ハミルトン教授は、長い間ご病気で大変な御苦労をなさっていらっしゃいますが、この技術が少しでもその手助けになればと思っています」
『ありがとうございます。しかし、病気を言い訳にはしたくはないのですが出来ればそっとしておいて欲しいと言うのが正直なところです』
「ええ、無理にとは言いません。是非、前向きにお考え頂けないでしょうか」
「そうじゃ、そんな病気なんぞ抱えているから考えが後ろ向きの返事しか出来んのじゃ。お主、昴に体も治してもらえば問題なかろう?」
『!!!』
「アチャ~。教授、今のは聞かなかった事に……はなりませんよね~」
『……まさか、君なら治せると言うのかね? 世界中の全ての医者に見放されたこの体が……』
「ええっ、大丈夫治りますよ。何なら寿命も伸ばしてしまいましょうか?」
『っ!……ハハハハ、これを悪魔の囁きと云うのだろうね、いやいや、申し訳ない。今日は、帰ってくれませんか、私も少し疲れました』
「ええ、分かりました。本日は急に押しかけてご迷惑をおかけしました」
「教授是非、昴様におすがりください。不幸を待つだけの人生など悲しいだけでございますよ……」
最後にラクシュ姫が声を掛け、俺達はケンブリッジ大学を後にした。
三顧の礼の故事にのっとって、また来る気満々なんだけどね。
さあ、次はイギリス観光と洒落込もう。
ローマでは、ろくに観光も出来なかったしね。
◆
今日の客は、特に異例の珍客だった。
日本の天才児、天河昴。
14歳にして世界中から注目を集める超有名人だ。
彼が公の世に出たのは、昨年の4月だ。
日本の南端にある南鳥島近くにメガフロートを独力で建設し、そこを拠点に宇宙開発を行うとメディアに発表したのが最初である。
7月には、実際に2機の試験機を制作し飛行試験を公開して、公約通り見事に成功させている。
その時に公開されたメガフロートも飛行に成功した試験機も、現在の地球の技術水準を大きく超えていると推測される。
私も最初は、金持ちの道楽か子供の遊びぐらいにしか見ていなかったが、その後も確実に実績を重ねているようだ。
今年の春には、日本政府公認で彼のために学校まで設立されたというではないか。
まさかその彼が、直接ここまで私を勧誘に来るとは思ってもいなかった。
しかも異星の同伴者までつれてである。
彼の置いていったこのブレスレットで話に聞くバーチャルリアリティーを体験できると言っていたが、それが本当であるならばそれは地球の技術では無いのでは無いだろうか。
確かに画期的な技術ではあるだろう。
彼の話がすべて本当ならば、私の様に体の不自由な者にとっての恩寵ともなるだろう事は間違いない。
彼らが帰ってから私のゼミに通う技術畑の学生を集めて、問題のブレスレットを出来る限り分析してもらった。
彼は安全だと言ってはいたが、それを『ハイ、そうですか』と安易に使う気にもなれなかったのだ。
私も研究者の端くれだ、少しでもこれがどんな物なのか理解したいじゃないか?
だがその後の分析結果は燦々たる結果のものだった。
ハッキリと言おう。
我々にはここに使われている『何も分からない』と、云うことが分かっただけだった。
使用されている技術もそうだがどんな材質が使われているのか、何の合金だかも何一つ分からない始末だった。
接合部の隙間など目で認識することも出来ず、電子顕微鏡でやっと確認出来る精度である。
可動域のパーツそれぞれの接合部も目視では確認できず、操作するボタン等も一切見当たらない。
そのブレスレットは『実は精巧に作られたオーパーツです』と言われたほうがシックリと来るくらいだ。
試しにゼミの学生が巫山戯て付けてみたところ、ブレスレットの直ぐ上にホロ映像が立ち上がり、『このユニットは、ジャック・ハミルトン様の物です。他者が使用する事は出来ません』と、メッセージを表示しながら喋ったじゃないか。
そこに居た者達全員が、固まってしまって、再び動き出すまでしばらく掛かったくらいだ。
その後、ノロノロと動き出した学生達が俄然やる気を出して、ここで試せる汎ゆる精密分析を試みたが、結局は何も分からなかった。
頭を抱えた学生の中の一人が、唐突に叫びだした『分からなければ分かる者に聞けばいい』と、言って電話を掛けだしたじゃないか。
『君はいったい誰に聞くつもりなんだい?』
「先生、これはジャパンのプレアデスアカデミーで通信教育に使用されている物と言っていたんですよね?」
『ああっ、彼はたしか……そう言っていたね』
「それなら心当たりが一人居ますよ。前期までここのゼミにいたトーマスが、いまジャパンにホームステイしています。彼はジャパン贔屓ですから何か分かるかも知れませんよ」
トルルルー、トルルルー、ガチャン
『オイっ今、こっちが何時だと思ってるんだよ? お前、チャーリー……か?』
「あっ、悪い悪い。時差の事をすっかり忘れていたよ。久しぶりだなトーマス。偶にはメールの一つぐらい寄越せよな」
『ああっ、久しぶりだな。でもその発言はそっくりそのままお前に帰すよ。お前こそこの電話が最初じゃないか、薄情な奴め。しかし殊勝な事に俺の連絡先は忘れていなかったと見える……』
「ワリーな、いま先生とゼミの皆んなが一緒なんだ。スピーカーモードにするぞ」
『エッ、ハミルトン先生も……。お久しぶりです、前期までお世話になったトーマス・ジャクソンです』
『ああ、久しぶりだね。君は元気にしているかい?』
『ハイ、おかげさまでジャパンライフを満喫していますよ。ジャパンは最高です。こっちは…「ごめんちょっと急ぎの要件なんだ」……あっああ、分かった、何が俺に聞きたいんだ?』
「話が早くて助かる。実はいまこっちにジャパンの天才児・天河昴くんが来ているんだ。それ『エエッ~、それってホントウかい?』で、……本当だ。それで、先生のところにVRを使えるようになると便利だと云って、ジャパンのプレアデスアカデミーで使われている通信教育用のブレスレット型のユニットを置いていったんだ。お前に聞きたかったのは、これの日本での評判と使い方の事さ……」
《ウヮーオッ、グレート! 良いな~。ジャパンでは、年2回の募集に人が殺到して、今はもう5年先まで予約で一杯なんだ。今後は受講数を増やす検討がされてるらしいよ。こっちでは使い方もネットに公開されてるから、そのブレスレットの使い方ならインターネットで確認できると思うよ。プレアデスアカデミーの公式サイトで検索すれば詳しい情報がもらえるさ》
『ほう、すでにネットに公開されているのかね? こんなハイテクツールの使い方が……』
《はい、公開されても誰も真似して作れませんよ。今までメガフロート、イヤッ(株)タウルスが商品化して出している製品でコピーできた物は一つも有りません。『作れるもんなら作ってみろ!』って感じですね》
「そうか、それじゃインターネットで公式サイトの方を調べてみるよ、夜中にすまなかったな」
《こっちでも調べてみる。使ってる人間に心当たりが居るから直接聞いてみよう。そこの連絡先教えてもいいよな?》
『ああ、お願いするよ、夜分に済まなかったね』
《いえ、お役に立てたなら光栄です。では、おやすみなさい》
「「「「「『おやすみ』~」なさい」」じゃーなー」」
「それじゃあ、早速調べてみましょう。学内で日本語の分かる奴集めてきて……「ラジャー!……」」
カチャカチャ……カタカタ……
「確かに、もうある程度の情報が公開されていますね……アアアア~ッホントだ、プレアデスアカデミーのホームページに使い方がレクチャーされてます。それも英語にフランス語、ドイツ語・イタリア語まである。オイッさっきの奴直ぐに呼び戻せ……」
『これは至れり尽くせりって所かな、もう一般人が使う為のインフラまで用意されているとは……それだけ自信があるんだろうね』
「オッ、フリーダイヤルで電話しながら教えてくれるみたいだぞ……国際電話でもOKって太っ腹だな……」
『君、掛けて見給え! なにっ少々お金がかかってもゼミで支払うよ』
「わかりました。まずは【電話の横にブレスレットを置いてダイヤルしてください】だって……」
ピポピポぱ、ピポ……
《ハイ、こちらプレアデスアカデミー、オフィシャルQ&Aです。お聞きになりたいご用件をお伺いいたします》
電話からは、流暢なキングスイングリッシュが流れだした。
『ブレスレットの使い方を教えて頂きたいのだがよろしいかね?』
《ハイ、ブレスレットはお持ちでいらっしゃいますね》
『ああっ、持っているよ』
《電話の横に置くか、受話器の近くにカザして頂けますか? 既に装着されていらっしゃるのであれば、装着した方の手で受話器をお持ちください》
『分かった、電話の横に置いたよ!』
《では確認いたします、……#&%2=&%$2**!?……》
電話からは、FAXの通信音に近い音声が流れ出し、間を置かずにブレスレットが淡く光りだした。
《確認出来ました、シリアルNo.ZーXA00777、ジャック・ハミルトン氏のブレスレットを確認いたしました。お電話口はご本人様でよろしいでしょうか?》
『ああ、私がジャック・ハミルトンだ』
《了解いたしました。まず、何からお聞きになられますか?》
『……これは、地球の技術なのかね? そして彼、天河昴は何者なんだね?』
《それは、禁則事項です。ブレスレット装着後のジャック・ハミルトン氏にのみ公開が許される情報となります。ブレスレットの装着に不安がお有りなのだと思いますが、我が主・天河昴の名に掛けて安全を保証いたします》
『装着した者にのみ開示される情報ということだね』
《いいえ、そうでは有りません。貴方にのみ開示される情報が含まれると言うことです。シリアルZナンバーは、情報開示レベルが最高レベルに設定されています》
『ほう、随分と私を高く買ってくれているようだね』
「俺達は、知ることも出来ないような情報が絡んでくるってことか……ちょっと怖い話だな」
《好奇心は猫をも殺すと言います。知らなかった方が幸せだったと後悔することになっても、宜しければ止めません。氏の判断によりお聞きになってください》
『分かった、そういう事にしておこうか』
《では、ブレスレット装着後に光っている部分を触れてください。自動的に初期設定状態に移行します。操作案内に従って必要な操作を行ってください。この際の操作はすべて思考操作で行いますので体の不自由な方でも無理なく扱うことが出来ます。ご安心ください》
『ありがとう、試してみるよ』
《ご質問は以上でしょうか?》
『ああ、また何かあったら連絡しよう』
《本日はご利用ありがとうございました。またお会いしましょう》
プツン、ツーツーツー
「何か凄いことを云っていなかったか?」
『ふむっ、皆んなありがとう。兎に角着けてみれば分かるらしい。挑戦してみることにするよ。あそこまで云うんだ、命を取られるような事も無いだろう』
「でも先生に何かあったら大変です。こちらも体制を整えてから挑戦して頂くことにしましょう」
『君達には、いつも世話ばかりかけて申し訳ないな』
「そんな事は、有りません。こんな経験は、滅多に出来ませんからね、先生」
『ハハハッ、君達にはかなわないな~』
私には、彼等のような心強い仲間がいて本当に良かった。
これらのやり取りは、ブレスレットを介して全てシスターズに筒抜けになっていたのだった。
急ぎこの時ハミルトン教授のゼミにかかわった人間は、ケラエノによって身辺調査に掛けられた。
その結果、翌日には人数分のブレスレットが用意される事になったのは必然と言えるのではないだろうか。
この時、日本で夜中に叩き起こされ電話対応をしたトーマス君にもブレスレットが届き、飛び上がって喜んだのは想像に難くない。
◆
翌日の早朝、本日夕方に再び天河昴君の来訪が有る旨の連絡があった。
今日は、午前に1コマ講義があるだけでその他には特に予定は入っていない。
ゼミの人間は、昨日の続きを直ぐにでも始めたそうでは有るが、講義のあと準備をして11時から昨日の続きをする事になった。
結果が出た頃に、彼らと会う事で問題は無いだろうという事だ。
しかし正直なところ、自分でもワクワクしているのが分かるぐらいには期待している自分がそこにはいたのだ。
「先生、すべての準備が完了しました。何時でも何が起きても大丈夫ですよ!」
『オイオイッ、いつの間にこんなにギャラリーが増えたんだね。たかがブレスレットを一つ着けるだけなのに……』
「先生、それはやっぱり先生の所に今話題の生きた聖人が態々訪れて、分析も出来ない変な物を置いていったと聞いたら誰しも拝みたいと思うのが必然と云うものですよ」
「彼らの云う通りだよ、ハミルトン君」
『貴方もですか学長。相変わらず物好きですね。今日は、ロンドンで会議が有るとお聞きしていましたが私の記憶違いでしたか?』
「なにを云うんだい、こんな面白そうな事を見逃したら一生悔やんでも悔やみきれんよ。それに会議の連中は全員来ているぞ! ワッハハハハ」
『ハア~、では始めましょう。皆んな宜しく頼む……』
「では、失礼します」
と、助手の一人がハミルトン博士の左手首にブレスレットをはめた。
すると直ぐにブレスレットが明滅を始めた。
《装着者を、正規の登録者『ジャック・ハミルトン』と確認しました。アクティベーションを開始いたします。続けてユニットの最適化を開始致しますので、そのまま少々お待ち下さい》
「「「「オオッ、喋ったぞ!」」」」
ギャラリーが煩いが、このブレスレットは本当に私個人を識別しているらしい……。
すると今度はホロ映像が立ち上がり現在の私のライフデータが表示された。
《ジャック・ハミルトン氏の健康状態は現在決して良いものとは言えません。健全な状態への改善を行います。よろしいですか? YES/NO》
これはどういうことだ?
健全な状態への改善だって?
健康体に成るということか……YESだ。
誰が何と言っても……YES!。
私は、YESの部分を震える思いで見つめると、それまで色の付いていなかったYESの部分が緑色に光った。
たしかに電話のガイダンスでは、装着者の意思によって操作できると言っていたが……。
《御本人の意志確認を完了しました。ジャック・ハミルトン氏へのメディカルナノマシンの処方を開始いたします》
メディカルナノマシンとは何だ?
さっきまで煩かった周りのギャラリーがいやに静かだ。
《氏の症状は、重度の進行性球麻痺と診断されます。運動系ニューロンに変性を確認しました。これより治療を開始いたします。痛覚遮断の為、一時的に神経系を麻痺させます》
治療を開始するだって?
……本当にこの体の治療ができるというのか?
本当に……。
ウッ、一瞬何も感じなくなった後、身体のいたるところがチカチカする。
これは何時まで続くんだ。
《運動系ニューロンの再生に成功しました。痛覚神経の再接続を確認、わずかの間身体中がチカチカしますが我慢してください。およそ10分ほどで痛みは無くなります。現在、ハミルトン氏は筋肉量が減少していますが適度な運動と最適な食物の摂取をお勧め致します。体調が万全に成るまでメディカルナノマシンと私がお手伝いを致します。神経系の修復は完了いたしましたので、ダイブインに支障はありません、実行しますか? Dive・IN/OUT》
私は、自分の手の平を見た。
指が思う通りに曲げ伸ばしが出来ている……。
今までほとんど感覚のなかった体中から、色々な情報が押し寄せてくる。
そして私は、ゆっくりと車椅子から立ち上がろうとして、自分の体重を支えられずに再び車椅子に座り込んでしまった。
そしていつしか、ブレスレットのメッセージを見ながら涙を流している自分に気が付いたのだった。
「きっ奇跡だ! 奇跡が起きた!」
「彼はやっぱり聖人なんだ!」それ、意味が違う!
「先生、先生、大丈夫ですか?」
「…だ…い…じょうぶ…だ……、水をい…っ杯も…らえる…かな?」
「……先生、喋れるように……直ぐにお持ちします!」
「「「「「ウオォーーー!!!」奇跡だ」」奇跡が起きた~」」
と、この後ケンブリッジ大学はお祭り騒ぎだった事は言うまでもないだろう。
実験は、ここまでで中断してしまったが仕方がないだろう。
◆
15時30分、夕方の訪問のアポイントを取っていたが、特に先方からキャンセルの連絡もないし……と、俺達はてくてくとケンブリッジ大学に向かっているんだけれども、何だこのお祭り騒ぎは?
大学が近づくにつれて人が増えているし、遠巻きにこちらに気が付いた人達が俺達の後ろを付いて来る。
「これは何かのお祭り?」
[肯定。お祭り騒ぎと言った方が正確だと思われます。本日11時08分にジャック・ハミルトン氏へメディカルナノマシンの投与が行われました。氏の体調を正常に戻すためブレスレットのナビゲートAIが頑張ったものと思われます]
「ふむっ、それって教授の病気が治ったって事かな?」
[肯定。メディカルナノマシンの投与によってハミルトン氏の身体機能を失いかけていた運動系ニューロンの修復に成功いたしました。遺伝子は正常、ゲノム異常の兆候は確認されません。病気の原因と見られる特定タンパク質の発生を今後はメディカルナノマシンが常時監視いたしますので、再発の恐れは無いとお伝え下さい]
「これってさ、絶対に『奇跡だ~!』って、騒ぎだすよね~……。ああっ、それでこれか~!」
「ふむ、良かったのではないか。これでお主は晴れて聖人じゃ!」
「嬉しくな~い!」
この後、俺達はケンブリッジ大学で大歓迎を受けた。
ハミルトン教授の元へ伺ったのだが、モーゼの様に人垣が割れて俺達の進む後を人が付いて来る。
どうすんだよ、これ。
◆
「失礼します。連日押しかけて申し訳有りません」
「そんな事は、気にしないでくれ。君には感謝しか無いんだ。自分の声がこんなだったんだと今更ながらに思い出している処だよ」
「時間と共に筋肉も付いて、又普通に歩けるようになりますよ」
「君は、何者……イヤッやめよう。私はしばらく、リハビリに専念するつもりだ。そうだ、昨日の答えだが良い返事を期待してくれ給えよ。実は、まだVRにはDive・INしてないんでね」
「フフフッ、今日は色々とイッパイでしょうから落ち着いたらゆっくりVRにも接続してみて下さい。VR空間でお待ちしています」
俺はポケットから7人分のブレスレットを出して言葉を続ける。
「これは、教授のゼミの方にどうぞ。昨日から色々とご迷惑をお掛けしたようですし迷惑料だと思って下さい。ちなみに体を健康に保つのは、このブレスレットの副作用みたいなものですから、あまり気になさらないでくださいね」
「あはははっ、私は副作用で病気が治ったって言うのかい? コリャ~傑作だ♪」
「では今日もお疲れでしょう。この辺で御暇致します」
「ええ、また是非いらして下さい」
さあ、帰ろうとして席を立ったのは良いが、あまりの人だかりで、そこから車まで1時間以上掛かったのには参った。
ジャック・ハミルトン博士の病気が治り、それが天河昴に依るものだとのニュースは、その日の内に全世界に発信された。
天河昴が又々奇跡を起こした事がローマ法王により追認される事となり、聖人認定にダメ押しされたのは自業自得と言えるだろう。
◆
おはようございます……。
朝一でとても立派なリムジンが訪ねて来ました。
護衛をぞろぞろと引き連れて……。
これでは話が繋がらないですよね。
デヴォンポート海軍基地なら一般人が雪崩込んでくる事も無いだろうと、今日は船に横付けした『白鯨』でゆっくりしていました。
そうしたら、港に立派なリムジンが護衛を引き連れてお出ましになったじゃ~ないですか。
この流れでお出ましに成るのは、ほぼ決まってますよね。
はい、ロイヤルファミリーのお出ましです。
外野で、キャロルさんが『独占取材だ~♪』と喜んでいます。
「初めてお目にかかります。日本から来ました天河昴と申します」
「先ぶれも無く押しかけてしまって、ごめんなさいね。私が英国女王のヴィクトリア2世です。こちらは夫のエドワードと息子のジェームズよ」
「よろしく頼む」
「お会いできて光栄だ、聖者どの……フフフッ」
「態々お越しいただくなど恐れ多い。呼びつけてくだされば宜しかったのですよ」
「聖人様を呼びつけるなんて、それこそ恐れ多い事ですよ、オ~ッホホホホ」
「外ではなんです。小さな船ですがどうぞお乗りください……」
護衛の方には外で我慢して頂いて、おいでになった女王と王様に皇太子の三人を プレアデスアークⅡ世に迎え入れました。
ロイヤルファミリーは、ロイヤル・ヨット・ブリタニア号が有名だ。
船には造詣が深いだろうと思い勧めてみた。
奥に進むにつれて、彼らの目の色が変わって行くのが分かる、ビックリしてるビックリしてる。
「これは魔法ですか? まるで箱舟……聖者の乗るその名に恥じない船という事なのでしょうね」
「……御想像にお任せいたします。さぁどうぞこちらへ」
俺達はホテルのロイヤルラウンジで一服することにしました。
女王達は船の中とは思えない環境に、キョロキョロとしていますね。
「それで、本日はどういったご用件でしょうか?」
「ええ、この船にビックリして忘れる処でしたよ、オッホホホ。天河昴殿、昨日ケンブリッジ大学でハミルトン博士の病を治して頂いたとお聞きしました。我が国の宝を守っていただきお礼を言わせて頂きます。本当にありがとう。それでお礼としてロイヤル・ヴィクトリア頸飾を授与します。受け取って頂けるかしら?」
「っ! 女王陛下、お待ちください。ロイヤル・ヴィクトリア頸飾というと王族が授与される物ではありませんか? 私は一般人の学生ですよ」
「あら、こんな凄い船を乗り回して奇跡を連発する一般人の学生がどこに居るのかしら、貴方はどこの王族と比べても比べようの無い立場と力を示しているでしょう? それに、MIKADO君ともお友達だと聞いていますよ。先日は、電話でさんざん自慢されてしまいました『継承者』が友になったと大喜びでね……」
「ウエッ、(陛下~! 何やってんですか)そんな自慢されるほどでは……。エッ『継承者』ですって?」
「ええ、貴方は『継承者』なのでしょう? 方舟の主でピンッと来ましたよ。そしてあなたは『生命の粘土板』の所有者と認められた。正に人類の王と言っても良いのでは無くて? 十分以上にこの頸飾を受ける資格が有ると思いますよ♪」
「女王陛下は何処までご存知なのですか?」
「いいえ、私達は何も知らないの。知るだけの資格が私達には無いのよ。でも、やがて良き『継承者』が現れ人類を導くだろうという伝承だけは、古き血筋の王族にだけ伝えられてきたのよ。偶に何を勘違いしたのか変な独裁者が出る時は有るんだけれどね」
「ああっ、シーザーやヒットラーみたいな?」
「ええ、でも彼らに民を救い導くことなんて出来ないわ。民を使うことは出来ても良き未来へ導くなんてことは出来ない。彼らは知らないんですもの。人類は、その始まりを知らないから辿り着くべき未来も見えない。貴方は知っているのでは無くて? 人の辿り着くべき遥か未来を……」
「……いいえ、それは買い被りというものです。確かに私は人より沢山のものを見る事になりました(凡そ40万年以上の記憶を)でも、私は今も変わらず人間ですよ。確かに多少他の人より手足が遠くまで届くだけの14歳ですよ。まだまだ未来は見通せません」
「ふふふっ、随分と謙虚なのね、そんな事をいう14歳が貴方の他に居たら是非紹介して欲しいわ。ジェームズの代わりに息子にするわよ、そうね貴方…うちの養子にならない?」
「母さん、彼が気に入ったのは分かったから……変なちょっかいを出さないで……」
「申し訳ありませんが私も一人息子ですから、流石にそのお話はお受けできません」
「あら~、振られちゃったわ。残念だったわね、ジェームズ。聖人の義弟が出来るチャンスだったのに」
「もうその話はいいから……。ミスター昴、まともに相手にしなくていいからね。本当にお礼に来たのか、遊びに来たのか分かったもんじゃない」
「あら、こんな素敵な船に乗せて頂いてお話できるなんて思っても居なかったんですもの……ウフフフフ」
「しかし、これは本当にあの船の中なのかね? 空も見えるし……」と、エドワード様。
「はい、一応これは映像ですが、普段は外の景色が見える様にしていますので本物です。外からここは見えませんけどね……」
俺が手を振ると青空が星空に成り、そして今度は海の中で鯨に囲まれている映像になった。
「日本からここに来るまでの映像です。鯨が付いてきちゃってちょっと困りました」
「私達も随分と世界中の海を渡ったけれど、鯨達にここまで囲まれた事は無いわね。 まるで王を守る騎士のようだわ。イルカ達もあんなに沢山……羨ましい♪」
「そうですね、この後少しクルージングに出てみませんか? ただ、この船にお乗せ出来るのは信用の出来る少数の方になりますが……」
「エッ!、よろしいの? わたくし……もう随分と海にも出ていないのですよ、歳は取りたくないものだわ~~」
流し目で、恨めしそうにジェームズ皇太子を見つめるヴィクトリア女王。
「ジェームズ、こうなったドリナは梃でも動かないぞ、どうする?」
「ハァーッ……仕方がありませんね。ミスター昴、お願いできるだろうか?」
「ええ、喜んで。ご家族だけとはいかないでしょう、同乗者の人選はお任せしますので信用できる方がたは10人ほどでお願いします。9時33分ですから10時00分に出港して船で昼食はいかがですか? 14時00分帰港、4時間ほどの短いクルージングの予定ではいかがでしょう」
「まあっ、嬉しい♪ ジェームズ、後はお願いね!」
「ああっ、ハイハイ……」
「では、ジェームズ皇太子行きましょう、女王陛下とエドワード様はこのままお寛ぎください。ハコ、後をよろしく頼むよ」
[かしこまりました]
俺は、ジェームズ皇太子と席を立ち『白鯨』のところまで戻った。
彼は、同行してきたお付きの執事やメイドと護衛を数人選抜し、他の者には船が戻るまで待機を命じた。
俺も『白鯨』の中へ声をかけた。そして、この後4時間のクルージングに付いてくる者と堅苦しいのは嫌だと『白鯨』に残る者とに分かれたのだった。
その頃、ロイヤルラウンジで寛いでいるヴィクトリア女王は、傍に控えるメイド姿のハコに話しかけていた。
「貴方、少々よろしいかしら?」
[はい、何か御用でしょうか?]
「貴方、……人ではありませんね?」
[肯定。私はマスター昴の船の管制AIを務めます『ハコ』と申します。マスターと生涯運命を共にする物です]
「あらっ、メイドさんではなくお船だったのね。貴方から見た彼はどんな人間かしら?」
[肯定。マスターはかつて存在した事が無いほどの創造主です。およそマスターに造れない物はこの世に無いでしょう。ですが人としてまだ不完全な個体と認識します。そして誰もがお人良しと太鼓判を押すような優しい若者です]
「そう、貴方は彼が大好きなのね」
[肯定。私がマスターに巡り合えたことは、唯一神の巡り会わせと感じております。神の存在は信じておりませんが……]
「オ~ッホホホホ、面白いメイドさんね。使用人を見ればその主の人となりが分かるものよ、貴方は合格ね」
「ありがとうございます」
船に戻ると、ニコニコとハコを相手に歓談する女王陛下がいた。
何の話で盛り上がっているのやら……。
この後、クルージングに大はしゃぎのロイヤルファミリーと、目を丸くして驚く同伴者に気を好くした女王陛下にサービスで鯨を呼んであげた。
クルージングを始めて直ぐ、イルカ達は集まっていたので鯨を呼んで貰うのも直ぐだった。
クルージングと昼食に大満足して、ロイヤルファミリーは帰っていったのだった。
その日のうちに、英国王室より発表されたロイヤル・ヴィクトリア頸飾の授与者の名に世界が湧いた。
英国王室は、日本の一少年を王族と同等と認めたのだと……。
俺に箔が付きました!
何処に行っても、門前払いが無くなりました。
後ろにゾロゾロと行列が出来るようになりました。
何を勘違いしたのか、婚姻届にサインさせようとする女が現れました。
俺は14歳ですからそれは犯罪です。
宝くじが当たった訳でもないのに寄付や投資の話が来るようになりました、まだ中学生だっちゅうの!
変な新興宗教の団体や変質者が接近してきました、あっお巡りさん、この人です。
行く先々で政治家や市長などがやたらと寄って来ては、肩を抱き寄せて写真を撮っていくんです。
加齢臭が臭いです。
そういった訳で今は、冗談抜きで変装して観光をしています。
銀河達は、女装した俺をイジっています。
非っ常~に楽しそうです!
スカートの裾を引っ張るんじゃありません!
健太と尊もスカート履こうね! 嫌とは言わせないぞ。
俺だけにやらせて逃げられると思うなよ♪
大人達にこれは有名税みたいなもんで、ブームが過ぎれば落ち着くだろうと云われました。
でも何時頃このブームは、過ぎるというのでしょう。
激しく不安です。
俺達はヨーロッパを起点に色々と見て回りました。
そして、いたる所に映像記録用のボットをバラ撒きました。
これでリアルタイムでVR空間を構築する環境データは、ほぼ揃うと思います。
北米・南米・オーストラリア・アフリカは、ガーディアンズの活動の際にヒュアデスがバラ撒きました。
これで、VR空間で世界一周とか楽しそうですよね。
これを元にして、リアルタイムでの監視体制が整います。
泥棒やひき逃げ、証拠のない犯罪は後を絶ちません。
事故災害の早期発見と通報など使い所を考えただけでも非常に沢山の案件が解决すると思います。
これらの映像記録は、月にライブラリーを構築したのでメモリーが溢れない限り蓄積されて関連付けられ、必要な場合に必要な立場の人間にだけ公開できるようにしようと思います。
盗撮に近いものなのでこのまま証拠として裁判に使用するのは、今の日本では難しいかもしれませんが、これを見た人間は思うでしょう。
やっぱりお前が犯人か、とね。
事故や事件の保険適用にも活躍できるでしょう。
警備会社や保険会社と契約すれば、それだけでも商売に成るかもしれません。
そんな事言っても、太平洋の真ん中やジャングル、樹海の中で事件が起きたらどうするんだと思う方もいると思います。
実は、動物や昆虫型のボットは、既に地球上のそれなりの所に紛れています。
衛星軌道上には、握りこぶし大のスパイ衛星が複数、地球上を隈無くカバーしています。
シスターズの面々は、そこから必要な情報をリアルタイムで取得選択出来るのです。
これで、公海上での潜水艦の当て逃げや、軍用機とのニアミスなど国が隠したい事件も丸裸に出来るでしょう。
しかしこれでも全てを救うことは出来ないでしょうね。
手を差し伸べる事は出来ても、その手を取ることを良しとしない勢力という物が必ず居るのです。
善意を善意として受け取らず、悪意や自分の利益のために使おうとします。
個人情報をネタに強請り集り、情報を誇張して晒して嫌がらせや虐め、自己中心的な正義感ほど質の悪い物は有りません。
相手を理解せずに振るわれるお節介や親切も、裏を返せば自己満足です。
ただこんな言葉を聞くことがあります『やらない善よりやる偽善』と、本当でしょうか?
それでは偽善とは行使して良いのか、イエイエそもそも偽善とは善を偽る事ですからおすすめできる事ではありません。
やらない善とは無関心な事ですが、やる偽善とはその無関心を隠すための自己主張ですよね。
個人の偽善程度なら許されても、組織的に行われる偽善は、悪行と云っても過言では有りません。
例に上げるとこれがまた結構な数存在するんです。
募金と偽ってマージンを取る奴等。
ボランティアを便利に使って経費を浮かそうとする奴等。
人の善意に付け込んで募金で買った物資を貧しい人に配るだけの慈善団体。
これが悪行だと言われる所以は、結果何の解決にもならず物資を提供する企業だけが儲かるマッチポンプとなっている事が本当に多いことなんです。
日本人てこの辺がゆるいと云うか、人の話を信用しすぎると云うか、早い話がお人好しな国民性を余り気にしていない所がありますよね~。
あれ、何の話をしていたんでしたっけ?
[マスター、こんな所で居眠りをしていると風邪を……ヒキマセンネ、失礼しました]
[肯定。ですが睡眠はベッドでお取りください。アルキオネ、お運びしてあげて]
[了解いたしました。それじゃ久しぶりに添い寝でも、……ってそんな睨まなくても、やりませんよ]
[……]
 




