1-5-05 試験飛行…彦星と織姫の影響 21/5/29
20210529 加筆修正
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ここ横須賀には、日本の海洋科学技術センターの本部がある。
来年には、独立行政法人海洋研究開発機構 (JAMSTEC ジャムステック)として設立の運びとなっている海洋研究組織である。
そして、世界でも有数の海洋科学調査団体としてその名を轟かせているのだった。
しんかい6500や支援母船『よこすか』なども装備として所有しているおり、海洋科学の研究調査では何処にも負けない自信を持っていた。
そして、今話題の南鳥島には気象庁の観測所もあり、周辺はプレートの折り重なった境目で有ることから、度々、深海調査研究船や海洋地球研究船での探査におもむいていた場所でもある。
そこに、民間の最新研究施設が出来た……(羨ましい)。
イヤイヤ、これは我々に対する挑戦だ。
海洋調査が部屋に居ながらにして出来るって……(なんて羨ましい)。
海の中に住めるんだって……(超~羨ましい)。
宇宙開発が間近に見られるって……(なまら羨ましい)。
クジラと遊べるだって……(なんて素敵♪)。
深海とサンゴ礁、太平洋プレートに日本海溝……(アアァ~、羨ましい、羨ましい)。
なんて羨ましいんだ、俺たちも仲間に入れてくれ!!!
◆
「んっ、いま何か聞こえた様な……」
[マスター、どうかしましたか?]
「いや、空耳だろう。それで話の続きだけど、取り敢えず一度はモデル機体の航行試験をしてみようと思うんだ。限界環境での運行も想定してるから、空中と海中で様子を見てから成層圏かな~」
[肯定。今回試験する機体はどの様な物ですか?]
「最初の機体だからね、俺も父さんも色々とロマンを盛り込んだんだ。チョットやり過ぎた感じは有るけどね、アハハハ」
[譲さまも参加されるのですか?]
「こっちには来られないけどセンサーや観測機器は、父さんのアイディアが入ってるし、メインの空間微振動推進とサブの斥力場推進の組み合わせは、二人で考えたからね。この機体にはハコ達みたいな位相差ステルスやシールドとかは付いてないし、まだ地球の技術で再現できてない機能は省いてあるんだ。基本的に機体が浮いて、自由に移動出来れば良いんだよ、スピードは後から追いついてくるから今回はユックリでも問題ない。スピードなんか出なくたって、地球の引力を振り切れれば宇宙には出られる訳だし、極端な話をすると斥力場で地球の引力をカットするとどうなると思う?」
[肯定。地球の重力干渉から開放されるとすると、およそ時速1700Kmで回転している地球からその遠心力(それまで掛かっていた慣性力)で外に放り出されますね]
「正解! そう言うことなのさ。別に余計な力は要らない、勝手に地球の外に飛び出すことが出来るはずだよ。但し、斥力場が拮抗した途端にパチンコで打ち上げられるように弾き飛ばされるから、上手いこと慣性をコントロールしてやらないとね。今回は空間微振動も斥力場のコントロールにも強力な磁場を使ってるけど、直接空間と重力をコントロールすればハコ達が普段飛んでるのとおんなじに成るからね」
[肯定。でもこの強磁場のコントロールもマスターのナノ技術が有って実現するもので、まだ地球の冶金技術では作れませんよ]
「そうなんだけど、これぐらいは直ぐにでも追いつけるぐらい頑張ってくれないとね」
世歴2003年7月7日。
太平洋、場違いな七夕飾りが飾られた中央管理棟の展望室には、現在メガフロートに居て打ち上げに関わっていない人間と南鳥島に駐在している人間のすべてが集まっていた。 中央管理棟の南側を占める宇宙開発企画の一画を眼下に見下ろして、現在繰り広げられている新型宇宙船の飛行試験の様子を目を皿のようにして見ていた。
メガフロートの南側、宇宙開発企画の研究施設からせり上がってきたのは、細長い卵を大小重ねたような黒い機体だった。
大きさは15mほどで、さほど大きくも感じないが翼のない戦闘機くらいだろうか。
機体の正中線と体側に縞のラインが入っており時折、一方方向に光が流れていくのが確認できる。
よく見ると黒い表面はウロコ状になっており光が当たると魚のようにも見える。
そしてもう一機は、ピンク色である。
その形状は黒い機体と同一のものであった。
ロケットノズルのような物はどこにも一切確認できず、形状からも前後の区別はつかない。
今日は、無人での試験ということで人は乗っていないそうだが……、どういった機体なのだろう。
◆
『え~、お集まりの皆さん、本日はここが出来て初めての飛行実験にお集まり頂きありがとうございます。今回、実験に挑むのは無人試作宇宙船、黒がヒコボシ、ピンクがオリヒメと言います。今日は、七夕なのでこの2機に華麗にランデブー飛行を披露してもらいたいと思っています』
展望室フロアーの天井には立体映像が映りだした。
『この2機は、基本的性能はほぼ一緒ですが、2つの推進機関の出力バランスが変えてあります。ヒコボシは、空間微振動推進の出力をメインに斥力場推進をサブとして。オリヒメは、逆に斥力場推進の出力をメインに空間微振動推進をサブとして設定されています。2つの推進システムのそれぞれの挙動を見るのが狙いです』
「昴くん、質問いいかな?」
『はい、何でしょう?』
「斥力場推進というのは、いわゆる反重力推進のようなものだろう? もう一つの空間微振動推進とはどういった物かね?」
『そうですね、厳密には反重力とは違うんですが結果的に同じ様な効果を発揮するのが斥力場推進ですね。斥力場を360度制御出来るように成れば慣性をある程度コントロール出来るようになります。今回は人が乗っていませんので慣性制御は省いて、浮遊と推力に使っています。次に、ご質問の空間微振動推進ですが、これは魚の鱗状の磁場振動装置による空間干渉推進と言った処でしょうか。あくまでも推進にしか使用できませんが、理論上は空間圧縮をほとんど起こさずに推進できるのでスピードに上限がありません。ま~出力限界は有るのでどこまでスピードが出るかはまだ謎ですが、今回はそのための実験とも言えます。百聞は一見に如かずといいますし、そろそろ始めましょう』
機体の立体映像の下に秒読みが表示された、5・4・3・2・1
『イグニッション』
昴の合図と共に、機体は上空に消し飛んだ。
『オオーとォ~、跳ね過ぎ~もっと出力絞って~、そうそう、ゆ~っくり下りてきてね~。先ずヒコボシは高度100mでゆっくりと旋回しててね~。オリヒメは高度5mで一時待機ね、イイヨイイヨ~♪』
昴くんの指示通りに2機は、飛んでいる。
どういうコントロール法で飛ばしているのか? 皆目見当もつかない。
『それじゃ~2機とも、そろそろ始めるよ~。まず其々の追尾カメラモードをオンにしてね~』
フロアーの中央にモニターが2面新たに投影された。
ヒコボシ・オリヒメ其々の機体の挙動を其々のカメラが映している事が分かる映像だ。
『それじゃ追いかけっこを始めるよ。ルールは半径50Kmの空中で5分間オリヒメは逃げてね。鬼はヒコボシだ。始め!』 ”パン”と手拍子が鳴った。
始めはゆっくりと逃げていたピンクの機体は、追ってきた黒い機体を垂直に避けた。
ザワザワザワザワ
重さを感じさせず、フワリフワリと羽衣の様に逃げるピンクと凄いスピードで追い回す黒。
一瞬止まったと思ったら上へ下へと逃げるスピードは瞬間移動しているようだ。
其々の動きを、確実に其々のカメラが追っている。
モニターの映像を見ているだけで、目が回りそうだ。
表示される空間モニターが増え、計測された加速度やスピード、消費したエネルギー量などの数字が表示され出した。
そして5分が経過すると、先ほどと同じ位置のピンクは地上5mで停止し、黒は上空100mを旋回して、鬼ごっこの前にもどったのだ。
シーーーン パチ……パチ…パチパチパチパチパチ
拍手が鳴り止まない。
『どうもどうも、ありがとう御座います。今日のテストデモンストレーションは以上です。ここで質問に答えますよ~、先着3名様早いものがちデ~ス!』
ババババババババババババ と手が上がった。
『はい、早かった人3人は、順に床が光ります。足元が光った人からお名前と質問を一つお願いします』
足元が光った、軍人さんのようだ。
「アメリカ海軍のスミスだ。あの機体の大気圏内での最高速度を教えてくれ」
『そうですね~、現在はまだ本格的な計測が出来てないのでハッキリお答え出来ませんが、理論上はマッハ50くらいは出せます。先程の計測では限定された空間で瞬間的に停止状態からマッハ7まで一瞬で加速出来ていたところが計測されました。半径50Kmを飛び出しても良いという条件ならば、もっと出るでしょうね』
「ヒュ~~、聞きしに勝る天才ボーイだな、全く……」
『次の人、どうぞ~』
『宇宙開発事業団の結城です。昴くん、おひさ~♪ あの機体は、飛行時の音がしませんでしたがなぜですか? 風切り音もしないしソニックブームも起きていませんよね』
『今回の機体は、強力な磁場によって、推進しています。そしてあのウロコ状の推進システムが進行方向の空間を振動させて進んでいるので大気との摩擦や空間圧縮がほとんど発生しません。ですから僅かなハウリング音ぐらいしか発生しないので、よほどソバに寄らなければ聞こえませんし、ソニックブームも起こりませんよ』
「わかりました~。希美先輩に宜しくね~♪」
『母さんには、宜しく言っておきますよ。最後の方、どうぞ』
「つくば宇宙センターの蒲谷です。あの機体に人は乗れるのですか?」
『今のままでは、乗れません。強力な磁場の影響をモロに受けてしまいます。それに慣性制御をもっと完全に行わないと中の人間は、潰れてしまいます。どちらもクリアの目処は立っているので乗れるようにする予定ではいますよ』
「ふむ、乗れるようになりますか~、素晴らしい……」
『では、本日は終了です。また、見に来てくださいね~』
◆
飛行実験の映像は、その日のうちに日本とアメリカで放送され、数時間遅れで世界中に拡散された。
テレビでは特集が組まれ、何度も何度も放送され、その異次元の飛行物体に視聴者は釘付けとなった。
ニュース番組をはじめ、情報バラエティー番組には学識者が招集されて映像から読み取れる僅かな情報や独自に分析した技術情報などを披露した。
特に最初の挙動から読み取れる意外性と、その後に必死にコントロールしていると思われる少年の声、それぞれの機体を制御している技術力には、賞賛の声が多かった。
これを見て気がつく人間が何人か居たようで、その後ネットでは音声でのコントロールだとか、どうも人工知能によるオート制御ではないかとの推論が飛び交っていた。
人が乗っていない機体だからこそ、よほど高性能なシミュレーターなりが無ければコントロールは無理だろうとの見解である。
後に発表されたスピードや性能から、人が乗ってもあれだけ自由にコントロールするのは無理じゃないのかとの事から、現役の航空自衛隊イーグルドライバーへのインタビューなども実施されたところ、一言、『乗って見なければ分からない』だった。
そのスピードは、試験飛行の時点でマッハ7が記録されている事から、間違いなく第二宇宙速度(地球脱出速度)は出るだろう事も予想された。
通常、空間圧縮の為に空気の薄い高空で、マッハ3前後を出すのが最高であり、これまでの常識だった。この場合でも機体の一部温度は700度前後まで達してしまい、長時間の飛行は機体を破損する危険があったのだ。
まずそれだけのスピードを出すまでの出力と維持するだけの燃料を高々度まで維持しなければならない事、今回の試験空域が半径50Kmであり、マッハ3での最小旋回半径距離が100Kmで有ることから、人が乗れるようになった暁には、現在地球上で自由に飛び回れる最高速度の飛行体としてギネスブックにも載る事となった。
ここで、騒ぎ出したのが半島であり、この直後に有人ロケット打ち上げを予定している大陸の大国であった。
お定まりの『自国で開発していた情報を盗まれた!』発言から始まり、最終的には共同開発の打診まで、一方的に騒ぎ、自国語の文書を送りつけて来る始末である。
その文書の内容も『使ってやるから光栄に思え、タダで差し出すのが兄弟の国の礼儀だろう』とか何とか、云々カンヌン……。
無視である『ムシ』、こういう輩には関わらないのが正解だろう。
封書として届いた物は、危険物扱いとして、指紋も付かないように取り扱ったものを受取拒否にして送り返した。
メール等も煩かったので、マイアがアドレス不適として、相手サーバに返しているそうだ。
荒垣さんにその事を話したら、是非そのメールの返送ルーチンをプログラム化してくれと頼まれた。
通商産業省ほか各省庁でも困っているようだ。
日本政府としては、まず落ち着くまでは現状維持、外界からの強権は全てシャットアウトの方針だ。
既に提供されている技術の定着も出来ていない段階で、あれもこれもなんてお話にならない、どうせなら昴と冴島が、普通の技術者に使えるようにしたものを、後日提供してもらうほうが有り難い。
外務省には、海外からの視察の申込みや会談の段取りを頼む連絡が殺到していたが、通商産業省からの各省への通達に依り、政府の体制が整うまでシャットアウト、整い次第視察の場を設ける事となった。
アメリカでは、海軍のテコ入れで実現した南鳥島定期便に、毎週のように見学者を乗せてやって来るようになった。
基本学生の昴は、土日はメガフロートに居ることが多く、オリヒメ・ヒコボシに手を入れては飛ばして遊んでいた。
絶対に狙っているとしか思えない、獲物を狙う鷹の様な輩が押し寄せて、その様子を眺めては溜息をついていた。
中東では戦争が始まっていて、あんたらこんなとこに来てて良いのかと言いたいメンツが入れ代わり立ち代わり訪れては、人が乗れるようになったら売ってくれ、全部うちで買い取る、技術者の派遣協力、グリーンカード出すからアメリカ国民にならないか、アメリカの大学へ留学しないか、是非うちの娘を嫁に、などなど。
各国から「アメリカだけズルい!」との意見が多数寄せられたが、毎度の事である。
その後、日本の海洋研究や学術調査が主な租借対象であった研究棟は、世界中の研究機関や大学から「一部屋でもいいから何とかして」との申込みが殺到することとなったのは当然の結果と言えた。




