4-4-08 鷺ノ宮校長宅…裕美の家族
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午後三時も回った頃、俺達は校長の家にお邪魔した。
「昴くん、よく来たわね。元気だった?」
「はい、ご無沙汰しております」
「まあ、兎に角あがって頂戴。玄関で立ち話しする様な事じゃないんでしょう? 双葉さんもいらっしゃい」
「「お邪魔します」おじゃましマ~ス」
「裕美ちゃ~ん、昴くんたちが来たわよ~」
俺たちが応接間に案内されるとそこには裕美の父・裕さんが待ち構えていた。
2階からパタパタと裕美が降りてくると寝癖を撫でつけながら『おはよう〜』と手を上げた。
「裕美、あんたまだ寝てたの? もう3時過ぎよ」
「今朝方までレポート纏めてて寝てなかったのよ……ファ〜…」
「呆れた、今日は大事な日だって言ってたのにマイペースなのは変わんないのね」
「裕美、ほどほどにな……ちなみに何のレポート?」
「……秘密、教えな〜い。双葉も言っちゃだめだからね」
「ハイハイ。(まさかあんたが私達の中で一番のマッドになるとは思わなかったわよ)」
「気になるな~、後で教えてね」
「うふふふ、どうしようかな~……」
蚊帳の外にいた人物がとうとう待ちきれなくなってらしく、
「ゴホンッ、仲が良いのは良いことだが君たちは先にすることが有るんじゃないのかね?」
「そうですね、失礼しました。アカデミーの件では校長先生並びに裕さんには多大なご協力を頂きましてお礼を申し上げます。また、俺の出処進退のことでは色々とご配慮を頂きましてありがとうございます。おかげを持ちまして無事卒業…というかアカデミーから追い出される事になりましたが、ご挨拶にも伺わず申し訳ありませんでした」
「ああっ、そのことはについては文科省としても苦渋の決断だったんだ。周りからの意見もあって休学にするデメリットよりもこれ迄の実績を検討して卒業とした方がお互いにメリットが有ると言う結論に達したわけだ。君が失踪した時点でもう教えることが無いと教師たちからの報告も上がっていた。そんな理由で君がこのケース第一号なんだよ。高等専門学校部を2年間短縮、大学部を4年間・大学院部を2年間、すべて合わせて8年間分をスキップしたことに成る。君に続いて長谷川君達が今年の春に高等専門学校部を1年間・大学部4年間をあわせて5年間スキップして卒業した。そして、君にはその功績が大きすぎるとして複数の博士号が付くことが既に決定している、楽しみにして居たまえ……」
「それは、ちょっと過剰なような気がするのですが……」
「ハァ~、分かっていないんだな君は。そもそも君がこれまで残してきた功績が巨大すぎるんだよ。水素発電ユニットの開発と実用化だけでもノーベル賞が決定しているほどなんだぞ。君がこれまで形にしてきたアイテムや技術は、この6年間で日本のエネルギー問題をほぼ解決しただけに留まらずに、以前から社会問題になっていた廃棄物処理を資源として再生産する事で解決してしまった。荒垣さんが勧めていた脱原子力発電の動力源となっただけでなく、直接原子炉解体の担い手となっているリモートワーカーも君の生み出したものだと聞いている。もう数え上げたらキリがない程に君は世の中を変えてしまっているのさ、自己評価が低すぎるのは謙虚などではなく害悪ともなり得るんだと言う事を忠告しておくよ。先人が偉大すぎると追いかける者の評価が過小になされがちになるものでね、それを正しく評価して導くことを志す者としては苦悩の連続なのさ。早いところ手の届かないところに放り出して楽になりたいと思うのが人情とは思わないかね? ……すまない、こんなことを言うつもりはなかったんだが悪く思わないでくれ……」
鷺ノ宮校長が珍しい物を見つけた、といった口調で呟いた。
「ふ~ん、この子は何を熱く語ってるのかしらと思って聞いてみれば唯の愚痴だったのね。まあ、あんたも色々と溜まってるとは思ってはいたけどその苦悩の原因が目の前に現れて歯止めが利かなくなった、といったところかしら。まだまだ青いじゃな~い♪」
「母さん、茶化さないでくれないか……まあ、言い訳はしたくないんだが俺たちは、これまでの日本の教育業界を支えて来たって自負があった。それは一定水準以上の規格品を世に出す事で国を栄えさせているというもんだったんだ。ところが君のようなとんでも規格外が現れて、更には教育システム其の物が様変わりしてしまった……現在の教育水準は義務教育が大学のレベルに達してしまっている。教育現場はまさに戦争の様だよ」
「……すいません、トドメを刺す様で申し訳ないのですがこのムーブは今後さらに加速すると思いますよ。特にウンサンギガの因子を数多く含んだ日本人は特にですが……」
「なっ、何だって? それはどういう意味かね?」
「それには、私達から」「説明しましょう」と、双葉と裕美が話に加わった。
「『MIKADOレポート』で明かされた日本人の起源が中東はシュメール、更に遡って惑星ニビルのウンサンギガにまで及ぶことはもう知ってるわよね?」
「私は知ってるけどこの子は如何かしら? 中東あたりで足踏みしてそうだけど……」
「何なんだ、その惑星ニビルっていうのは、俺はそんなの聞いてないぞ!」
「お父さん、『MIKADOレポート』をちゃんと読んでればシュメール人が嘗て稀人と呼ばれたウンサンギガの血族だったって事が分かるんだよ。そして惑星ニビルはその故郷の星なの……」
「ちょといいですか裕さん、先輩がウンサンギガの因子に目覚めてからその時の元になった調整用ナノマシンがどんな働きをしていたのか最近の研究でやっと分かって来たんです。内容も極秘ですし結果が出るまでこんなに時間がかかったのにも理由があるんですがそれはまた後で」
「お父さん聞いて。そのナノマシンなんだけど、今現在も先輩達ご家族から空気中に拡散されてるんだよ」
「いや〜、俺もその話を聞かされて吃驚してるんですけどね。これが発覚した経緯を説明するとですね、俺達の支給したブレスレット・裕さんもしてくれていますが、元から医療用にも使用できる量の調整用ナノマシンが封入されていて適時使用されているんです。しかし、ブレスレットをしていない人間にも僅かながらナノマシン治療に似た影響が出ている事が8年間経ってやっと分かって来ました」
「特に先輩とご両親が頻繁に訪れる施設関係者やこの村周辺の住民、ここへ頻繁に訪れる血縁者には顕著な影響が現れています。ブレスレットが無くてもこの村へ移住して来た住民の中には『重度の体調不良が改善した』、『アレルギーや喘息の発作が起きなくなった』などの話が出ていたんですが、環境が変わったことで転地療養による良い影響が出ているんだろうくらいの認識だったんです。でも、先輩のお父様が通っていらした水素発電協会では、『会長が来た日には職員の体調が良くなる』『役員会議に出席するとその後の体調が非常に良い』など関係者からは生きた健康器具扱いされているのは関係者の間では有名な話になります」
「いゃ〜、如何も俺達の体内で過剰に生産されてその量が飽和したナノマシンが廃棄されずに呼気に混じって体外に放出されてるみたいで……人体に悪影響などは一切ないんですけど、密閉された空間や拡散しきれない地域には一定の期間自壊しないで残留してしまうみたいなんです」
「これ迄に拡散されたナノマシンが人体や地域環境にどんな影響を及ぼしているのかはまだハッキリしないんですが、これまでの継続的なモニタリングの結果から緩やかな覚醒に繋がっているのではないかという仮説が成り立ちます」
「俺の覚醒は『ハコ』による力技でしたけれど、今後は俺たちの周辺から自然に覚醒者が増えてゆくのではないかと予想できる訳です。まあ覚醒と言ってもこれ迄制限されていた種族的な権能や能力の枷が外れるだけなので、その後の教育環境が整わなければ今までとそう変わるもんでもないんですけどね。使い方を誤ったり変な方向に能力を使われても困りますから裕さんには今後も頑張って貰いたいな〜なんて訳なんです」
「何てこった……そのナノマシンは人体にどのくらいの期間残留するんだね」 裕さんは、俺達の話を聞いて頭を抱えてしまった。
「人体の骨が入れ替わるのと同じくらい、およそ7年間は残留するだろうと思われます。強制的に廃棄処理を行えば別ですが……たぶんそれまで良好だった体調を崩す事になるでしょう」
「フーン、それじゃ此の能力は全部あの異星生物のせいって訳でもないのね」
クッキーを手のひらの上数センチに浮かせて弄んでいた鷺ノ宮校長が、納得顔でうなずいた。
「たしかに異星生物から発生したサイコバーストも少なくない影響を残しましたが、あれは飽く迄も切っ掛けの様な物でしかありません。素養のない者や下地の出来ていない者には一時的な精神攻撃の様なもので何の影響も残りませんよ。あの当時俺の周りにいた人間やブレスレットを持って下地が出来上がっていた人物は漏れなく何らかの能力に目覚めていると思います。裕さん、貴方もその一人では在りませんか?」
「……」
「何を黙っているの、さっさと白状しちゃいなさいな。何を気にして能力を出し惜しみしてるのか知らないけれど、使えるものを使わずに……いいえ、その能力に即した教育環境を作ってゆくのが貴方の仕事でしょう」
「裕さん、この結果は決して悲観する物ではありません。これからの地球人は成る可くしてなってゆくのですから。日本人…特にこの村の人間は、それが少し早いというだけの話なんです。何も心配はいりませんよ」
「そうそう。お父さんは、心配しすぎなのよ。大体、お母さんなんて普段から平気で使ってるじゃない」
ここで外野で静観していた聡美おばさんからの援護射撃だ。
7年前にこの村に来た時よりも外見が若くなっているのは、鷺ノ宮校長の影響だろうか。
「そうね~、私は村の女子連で鍛えられたから一通りの使い方をみんなで教わったのよ。正直最初は戸惑ったし、こんな事が出来てちょっと罪悪感みたいなものも在ったんだけどこれが正常なんだって教えてもらったし、そうよねこんな事教えてくれる学校も無いのよね。どうせだったら裕さんが作ってみたらどうかしら? 専門家が周りにこれだけ居るんだからあとはお国の許可をもらって……ね〜」
「聡美、これはそんな簡単な話じゃ済まないんだよ」
ここで消極的な裕さんに、鷺ノ宮校長のチャチャが入った。
「う〜ん、そうでも無いんじゃないかしら。何事も当たって砕けろっていうじゃなの。駄目元でやってみなさいよ、成功すれば貴方の名前が教育史に残るわよ。世界初ってね!」
裕さんは考え込んでしまった。
今日は裕美達との結婚と独立国の建国の話をしに来たんだけど……。
「それで昴君は、もっと大事な話が有るんでしょ。この人は使い物にならないから放って置いていいわ、貴方の話を進めなさいな。私と聡美さんで聞いてあげるわよ」
流石、鷺ノ宮校長は俺達より一枚もニ枚も上手だ。
肝心の話の流れを戻してくれた、ありがたい。
「ええ、実は裕美さんとの結婚の話なんですが……」
「!なに~、俺は許さんぞ!」
「別に良いもん……そん時は家を出て行くから、……駆け落ちして同棲も良いかも♪」
「いや、それはやめとこうよ。親子が仲違いするのは良くないよ」
「は~、全く男親ってのは……。話は最後まで聞きなさいって学校で習ったでしょ。あんたそれでも教育者の端くれなの?」
「うっ…」
「落ち着いて話し合いましょう、時間はたっぷりありますから……」
閑話休題
それからは、村長のところで話したのと同じ話を懇切丁寧に……双葉が散々惚気ながらではあるが話は進んだのだった。
「そう~♪ 裕美もとうとうお嫁に行くのね。まさか昴くんが貰ってくれるとはおもわなかったわ~。次からは私のことを『都おね~さん』て呼んでね。おば~ちゃんなんて言っちゃだめよ」
「お嫁さんか~、それもお妃様になるなんて羨ましいわ~、裕美ちゃんおめでとう。双葉ちゃんもよろしくね~」
鷺ノ宮校長と聡美さんの女子連は、裕美と双葉に祝福の言葉を送りお祝いムードだが、ソファーで一人裕さんは不服そうにぶすくれていた。
男一人では肩身が狭いですよね、分かりますよ裕さん。
このあと俺は、双葉も含めて夕飯をご馳走になった。
両側を裕美と双葉に挟まれ、自分で物を食べた記憶が無いのはお約束だろう。
結局、裕さんには終始親の敵のように睨まれていたが、最初のような反対の言葉はなかった。
そして玄関先で帰り際に一言、
「幸せにしなかったら承知せんぞ。よく覚えておけよ」
「分かっています、ありがとうございます」
「フンッ」
そして、俺たちのやり取りをニヨニヨしながら後ろで観察する女子達、双葉は泊まってゆくそうだ。
俺は真冬の星空を見上げて一人、溜息をついて転移したのだった。




