閑話7 妖精と森のクマさん
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メガフロートにある自然公園には、ある人物が住み着いている。
その人物とは、元ホームレスの芝繁であった。
普段からの無精髭とボサボサ頭のせいで、みるからに浮浪者の様だがこれで歴としたメガフロートの幹部職員である。
よれよれの(株)タウルスの黒を基調としたツナギの制服と合わさったその容姿のせいで、さほど体も大きくない筈なのに子供たちからは森のクマさんと言われている。
定職に就いていなかった数年の間の、何にも束縛されない風来坊の生活が性に合っていたらしく、メガフロートに来ても未だにホームレス生活から抜け出せないと『ガハハッ』と笑っていた彼が、何時の頃からか身綺麗に変身したのだった。
実はホームレス其の物だった彼のテント暮らしが、自作のログハウスにクラスアップした辺りから、同居人が出来たのだそうだ。
原因はその同居人だと目されているが、誰も何も言わずにナマ暖か~く見守るのだった。
それは種族的な成り立ちからなのだろう。
人工的な壁に囲まれた生活にどうしても馴染めず、圧迫感を感じては最寄りの自然公園にチョクチョク逃げて来ては、草木を愛でている人物が居た。
新しく加わった異星からのお客様の一人だ。
リリアナ姫に付いて来た10人のメイドの中のメイド長、メリッサその人だった。
同僚の若いエルフ達は、メガフロートでの生活にも順応が進み、特に違和感もなく暮らせているようであったが、どうしても1人年嵩のメリッサだけはこの生活に馴染めずに居たのだった。
そして、自然公園に入り浸る内にそこに住み着いていた先住民族と仲良くなり、一緒に過ごす時間は自然と長くなってゆくのは当然の成り行きだった。
いつの間にか、2人一緒に居るのが当たり前の様になっていたらしい。
「ここは雨は降らねーが何時迄もテント暮らしって訳にも行かねーよな……」
「そんな事はありませんよ、避難船の中は狭い寝床しかプライベートはありませんでした。ここは天国の様です」
「そうは言っても人の上に立つ者が青空暮らしって訳にも行くめえよ」
「それを言ったらシゲルさんも似たような者ではありませんか? 人の事は言えませんよね、うふふふ」
「チェッ、まいったな~……」
こんな会話から、女ひとりでのテント暮らしは辛かろうと、漢・芝繁が一念発起したのだった。
日本本土から高級ヒノキを大量に買い込み、1人大工仕事に精を出し始めたのだ。
昼間はいつもの仕事を熟し、仕事が終わると晩酌の時間を大工仕事に頑張った。
その結果、自然公園の道具置きの物置があった場所には、わずか2週間ほどで立派なログハウスが完成したのだった。
元々2坪ほどの物置の側には水回りが完備されていたので、そこにテントを張って暮らしていた芝繁は、そのままログハウスの同居人として転がり込んだのだった。
これまではテント生活と言っても別々に暮らしていた2人の、これが同棲生活の始まりである。
種族的な隔たりもあってほぼ事実婚の様に過ごす2人を、地球人は祝福し、メイド仲間は裏切り者と言いながら夕飯をたかりに入り浸っているのであった。
こうして芝繁に、2度めの春が訪れたのだった。
◆
私はメリッサ、リリアナ姫の近習筆頭を長年に渡り努めております。
リリアナ姫を産湯から取り上げ、この方が立派な殿方に嫁ぐまでは見届けようと思い、こんな宇宙の果て迄付いてはまいりましたが、まさか私が伴侶と思える殿方と巡り合うとは思ってもいませんでした。
恥ずかしながらこの歳(253歳)になるまで浮いた話の一つもなく、鬼のメイド長などと噂されて来ました。
私達エルフの一族は寿命が1000歳ほどですから私もまだまだ結婚適齢期です。
私の主人のリリアナ姫は、ハイエルフで私達の3倍ほども長生きですが思ったよりも早熟でこんなに早く意中の方を見定められるとは思ってはおりませんでした。
多少部下のメイド達が煽ったり、色々と吹き込んだりと耳年増になって居たのだとは思いますが、まだまだ57歳のネンネだからとバカにしていた訳ではありません。
私も焦っていなかったと言えば嘘になりますが、同族の男は姫様の周りには近づきませんから、そのメイドに至っては必然的に行き遅れることが慣例のようになっております。
まさか、行き遅れ筆頭の私が一番最初に相手を見つけることになるとは、神の悪戯と言えるのではないでしょうか。
フフフフ、敢えて裏切り者の汚名を受けましょう(勝利した者の特権)。
ここは四六時中、宇宙船の中にいる様に窮屈で息苦しいです……海の中は宇宙にいるのと変わりません。
反面とても清潔で清浄ですが、ここはどこまでも人工的で自然がありません。
それでも空気には植物の香りがするのでどこかに森が存在することは最初から確信していました。
そして辿り着いた所は、箱庭の様な小さな森だったのです。
ここの木々達は、多少狭くても虐められてはいない事が分かります。
稚拙ながらも丹念に世話をされている事が分かるからです。
そして、機械を手下にこの森の世話をしている人物に遭遇する事になったのでした。
その方は、普段からここでテント暮らしをしている様でした。
度々ここへ息抜きに訪れるようになって、自然と木々達の手入れの手解きをする内に、私もここにテントを張らせて頂きました。
幸いな事に施設内であるここでは、雨風の心配をする必要もありません。
本当はイケナイ事なのだそうですが、シゲルさんが上と掛け合って許可を取ってくれました。
「な~に、変わり者が1人から2人に増えるだけだ、心配すんな……」などとシゲルさんは笑っていましたが、この案件ではかなり揉めたそうです。
メガフロートは元々が実験施設であり、公共の自然公園は飽く迄もストレス緩和の一貫で用意された場所でした。
そこに住居を構える事までは、想定されていなかったのだそうです。
今回のエルフ受け入れのケースから、メガフロート内の環境改革が進められることになり、いたるところが植物や自然素材による物に置き換わってゆきました。
自然公園も最初の3倍ほどに拡張される事になり、エルフ専用のアパートが用意されました。
シゲルさんがエルフの仕来りを知っていたはずはありませんが、図らずも新居を用意して新婦を迎えるというプロポーズが成り立ったことは、彼には秘密にしておきましょう。
皆さんも絶対に教えてはいけませんよ、約束です!




