3-4-01 重力からの開放 23/2/10
20230210 加筆修正
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世歴2005年末、夜の太平洋に浮かび上がるのは、巨大な光の柱。
昨年のクリスマス、宇宙と地上を繋ないだ軌道エレベーターの偉容である。
総全長10万kmの軌道エレベーター、丁度真ん中に位置する高軌道ステーションでさえ地上から5万kmに位置する。
その浮かぶ姿は、直径3kmのドラ焼きの中心を軌道エレベーターが串刺しにした様である。
そして、上下1万kmごとに置かれた4つの中継ステーションとは別に、地上から5000km・2500km・500kmの位置に研究用の低軌道ステーションが設けられていた。
そんな中、これまで高度400kmの低軌道を90分かけて地球を周回していた国際宇宙ステーションは、500kmの研究用低軌道ステーション内にその存在を移動することになった。
今後は補給や人員の交代、物資の打ち上げ等に都度ロケットを必要としなくなるのだ。
一番細い部分で直径500m、謎技術で構成された軌道エレベーターに配置された各ステーションは、それ単体で航行が可能な宇宙船で構成されており、イザという時には其の物が分離して脱出船となる。
軌道エレベーターにドッキングする前にステーション船が建造されたのは、いつの間にか月と地球の間に現れた魚の骨の様な巨大建造物であった。
後に詳しい情報がプレアデスアカデミーのプレス発表で明かされたが、これは軌道エレベーター建設用の急増ドックとの事であった。
しかし、あんな巨大な物をいつの間にあそこに作ったんだ?……と考える者と、イヤイヤッあの少年なら有り得ると納得する者と2つに割れていたのだった。
メガフロートやガーディアンズベースと云う前例が有る事からも伺える。
多分、後者の方が多数派で有ることは想像に難くないのだった。
いつの間にか現れた巨大な建設用ドックからは、続々と軌道エレベーターに運ばれるパーツが意思のある者の様に光りながら移動し、軌道エレベーターは見る見る形に成ってゆくのだった。
2004年のクリスマスに連結された一本のワイヤーを中心に、日に日にその形がハッキリとしてゆく軌道エレベーターを地球上から見上げながら、その規模と建設速度の異様な速さに全ての人類は驚嘆していた。
そして、驚嘆したのは地球人類だけでは無かったとだけ述べておこう。
そうそう国際宇宙ステーションは、ドッキングする前の第一低軌道ステーション(500km)に収容されそのまま軌道エレベーターにドッキングした。
建造用ドックから飛び出したドーナツ状の巨大円盤が、高度400kmまで降りてきて国際宇宙ステーションに追いつき飲み込み、そして軌道エレベーターの定位置(500km)にドッキングしたのだ。
各ステーションのドッキングの模様は、その一部始終を節分のイベントとして太陽系内でライブ中継され、地球でも更なる熱狂の嵐が吹き荒れたのだった。
国際宇宙ステーションが、その内部に常設されるということは、それに関わっている国家と組織は漏れなく軌道エレベーターに関われるという事を意味するからにほかならない。
現在の軌道エレベーターの基底部は、赤道へ移動させた南極フロート基地を元に増設された物で、ガーディアンズベースとして使用されてきたメガフロートを深度1000mの海底に固定拡張したものである。
南極から移動してきた当時60平方kmあったガーディアンズベースは、直径10kmの六角形のドーナッツの様な形にその姿を変えていた。
中央からそそり立つ軌道エレベーターを詳しく説明すると、ドーナッツの中央に位置する直径5kmのセンターアイランドから直径3kmの六角形の基底部のセンタータワーが聳え立ち、ドーナッツ部分を構成するガーディアンズベースから500mの海を挟んで6本の橋がセンターアイランドとを繋いでいる。
まだ建設途中ということでセンターアイランドは一般には公開されていないが、中央で24時間光り輝く軌道エレベーターの姿は、既に太平洋航路の観光名所としての目玉となっているのだった。
反面、これを素直に喜べない者達も多数にのぼった。
これまでロケットの打ち上げに関わって居た者達や企業は、マァ~これまでのノウハウを生かして再起を図ることも可能だろう。
しかし、国際宇宙ステーションに対抗して独自で宇宙開発をしていた国家は別である。
特に独自で宇宙開発をしていた大国は、軌道エレベーターの建設前のデブリ大掃除の際に自国が秘匿していた軍事衛星やスパイ衛星をことごとく潰されているのだから。
これまで地球の衛星軌道上を漂っていた万の数に登るスペースデブリは、予告なく飛んでくる弾丸や砲弾と同じであるのはみんなが知るところだが、まともに回収も処分もされずに放置されていた。
軌道エレベーターを建設するにあたって、これら全てのデブリをシールドでガードすることも出来るが、それはこれから行き来するであろう宇宙船などから見ても現実的じゃない事はお分かりになるだろう。
事故が起きてからでは遅いのだ。
起こる前に、その原因を取り除いてしまう事が肝要である。
そしてここで実施されたのは、スペースデブリの大掃除だった。
巨大なメイド姿の宇宙船が長い柄の付いた高性能なデブリ取り網を振り回して大活躍したのだった。
しかし、その様子を地球から観測していた者達からは、観測される縮尺が可笑しいとの問い合わせが殺到したのだった。
どうも、望遠鏡に映るメイドロボが余りにリアル過ぎて、生身のメイドさんが空中で虫取り網を振り回して飛び回って居るように見えたらしい。
捕獲されるデブリや不要な衛星との対比、望遠鏡の倍率などから計算されたメイドさんの大きさはおよそ100m以上、その計算結果を見て発狂する者や生身で飛び回るメイドさんを見て尊といと拝みだす輩などなど……。
各国には事前に告知がされたにもかかわらずこちらへの情報を出し渋り、いざ掃除されてから文句を言ってくる有象無象の多いこと。
実は、この時に回収したデブリは全て廃棄したというのは嘘で、要らないゴミ以外は保管してあるのだが、素直に返してやるほどお人好しでもない。
返せと言われれば漏れなく返せるが、それには交換条件を提示する事にした。
返却する場合は、期限付きで返却物の詳細情報をこちらに公開する事を条件としたのだ。
そう、『黙っててやるから大人しくしろよな、隠していた軍事衛星を公開されたら不味かろう?』という事である。
この条件を飲まなかった場合は『こんなヤバい軍事衛星が飛んでましたよ~♪』と一般に公表しちゃうけど良いよね? と脅したわけである。
ぶっちゃけると可也ヤバい物を搭載した衛星や、すでに制御を離れた核動力衛星など一般に公表したら絶対に大騒ぎなものがてんこ盛りだったのはここだけの話。
正直なところ、打ち上げに失敗してデブリになってしまい秘匿された軍事衛星のなんと多いことか。
ちなみにチャンと正常に使われている衛星の方が、メチャクチャ面倒だった事もここで云っておきたいと思う。
お前等、独自の衛星にこだわり過ぎだよ!
営利目的や色んな派閥の確執が有るのも分かる。
技術競争の結果や国家間の情報問題も有ると思うけれど、何でこんなに同じような衛星が巫山戯た数、広くもない空を埋め尽くしているんだよ?
冗談抜きでここまで協調性と言う物が欠落しているとは思ってもいなかった。
現状に呆れ返りながら、ここは纏めて代替の通信衛星システムに置き換えて解決する事にした。
代替えの通信衛星システムの名は”アマテラス”。
全地球情報観測システム・アマテラスと名付けられたのだった。
GPS位置情報から気象情報、地磁気とマントル抵抗値と重力偏差から地震の発生予測までを可能とする全地球情報観測システムである。
通信衛星機能はこれまでの数百倍を示し各国各メディアで仲良く使い回す協定が組まれる事になった。
軍事衛星は、どうしたかって?
今まで通り、イヤッ今まで以上に世界中の情報を見られるようにしてやったさ……誰が何を何時見たのかログデータ付きでね。
それに兵器、特に巡航ミサイルや弾道ミサイルなんかに情報を転用しようとすると、その位置情報にウイルスを混入して発射した元の場所に戻ってくる様に書き換えられる仕様にした事で使えなくしてやったけどね。
ああっ、独自に軍事衛星を打ち上げる様な事をしたら、全世界に晒した後に回収費用の請求書をつけた衛星を取りに来て頂く事になるだろうね、残念!
何にしてもこれが人類の宇宙への架け橋になる事を祈って……。
軌道エレベーターの公開日、2006年7月7日まで残すところあと6ヶ月!




