音信不通のイラストレーターの家に行った(後編)
「でも、長谷部さんにも責任の一端はあるんですよ」
恨みがましい目がこちらを向いてくる。わざわざイラストレーターの家まで来て文句言われるのかよ。
そんな目を向けつつ、ナナオンは次の芋を手にとった。
「挿絵指定の箇所がいかがわしいせいです!」
「ああ、また、それか」
以前にもこんな絵が描けるかと苦情が来た。
「なんですか、あの『どう見ても入ってるよね、という絵にしてください。服もできうる限りはだけて露出の高いものにしてください』って指定は! 私を侮辱してるんですか!?」
「お前、それには折れてくれただろ」
「ええ……。しかし、心のどこかで拒否している部分があるんです。だから、いまいち筆ものらないというか……」
ナナオンも少し申し訳なさそうだ。
言い訳になっている自覚はあるのだろう。
「耐えてくれ。いずれ、何も感じなくなる」
俺もデビュー当時は恥ずかしかったが、息を吸うようにお風呂覗くシーンを書けるようになった。人間として大切な何かを失ってる気もするけど。
「私だって我慢しようとはしてます……。それでも、ただでさえ描き慣れてないジャンルだから大変なんです……。あと、そもそも……」
ナナオンが顔を横に向ける。
そこに本棚があって、分厚い図鑑のような並んでいる。
「ああいうものの資料なんて持っていません……。私が持ってるのは衣装や草花や風景の本ぐらいです……」
参考にできるものがないから描きようがないということか。
たしかに日本ならインターネットで卑猥な単語を入れてイメージ検索かければ、いくらでもそういう画像はヒットするが王国では入手が難しいかもしれない。
「かといって、実物を見にいくこともできませんし――あれ、長谷部さん、なんで『そんなの簡単だ』みたいな顔になってるんですか?」
だって、そんなの簡単だからだ。
「じっくり待つしかないかなと思ってたけど、これなら俺も協力できるな」
ちょうど、いいものを買ってきていた。日本から取り寄せておいてよかった。
「えっ? 協力って、長谷部さんが絵を描けるわけじゃないでしょう?」
「そりゃ、そうだ。お前が実践するしかない」
ナナオンが描いて覚える、それだけだ。王道はない。俺も初めてラブコメ書く時、苦労した。
「ふぁ……あああ……こ、こんな卑猥な挿絵の実践ですか!?」
「うん」
「私がですか……?」
「うん」
俺が描いてどうすんだよ。
そのタイミングで、ナナオンと目が合う。
「善は急げって言うし、今からやろう」
なぜかナナオンの肩がびくりと吊りあがった。
ただでさえとがっている耳もさらに伸びている。
それから、くちびるがぷるぷる~ぶるぶる~とふるえだした。
ぼとっ(手から芋がテーブルに落ちた音)。
「無理無理無理無理無理無理っ! 無理ですよー!」
「えっ、お前、本当に病気なのか?」
「違います……。あの、長谷部さん、それはその……私にも心の準備というものがございまして……いくら仕事のためとはいえ、そこまでは……」
あれ、なんか怯えてない?
どれだけ、こういう絵に抵抗あるんだ。
しかし、やってもらわないことには先には進まない。
「心の準備なんていらんだろ。椅子に座ったままでいい」
絵を描くのは普通座りながらだろう。
なぜか、ナナオンが膝をくっつけて座りなおした。
「ス、スカートの中を覗こうとするのはダメですからね……」
そりゃ、万国共通でダメだろうけど。
「あのですね、長谷部さん、我々エルフは身持ちが固いんです。こういうのは将来を約束している人同士でなければいけないんです! 仕事のためにしていいことじゃないんです! なので、お断りします! べ、別に長谷部さんだから無理というわけじゃないですよ? ほかにかっこいい人を用意されてもいけないんですよ……?」
なんか、コミュニケーションがとれてない気がする。
「何を断られたのか謎だけど……見てもらえば理解できると思う」
「見てもらう? まさか、誰か女性を連れてきたんですか!?」
反応の意味がわからん。連れなんておらんぞ。いたら、さすがに紹介するだろ。
とにかく、現物を見せよう。
俺は荷物を取りに立ち上がる。
なぜかナナオンも立ち上がる。
「ダメですからね! 私は断固として抗いますからね! こんなんだったら仕事しませんからね!」
「えっ、それはおかしいだろ!」
仕事はしろ!
「じゃあ、穏便にすませてくださいっ! あんな挿絵的なことはできません!」
ナナオンは家の一番奥まった部屋に逃げ出した。
「挿絵は描け!」
俺も目的のものを持って追いかける。
そこは鉢植えが並んでいる変な部屋だった。エルフはこういう部屋を設けるものなんだろうか。鉢植えを囲んでバリケードみたいにして、ナナオンは座りこんでいる。
「く、くちづけだけでもいけませんからね……断固反対です!」
「キスシーンなんてなかったような……」
「私が部屋に入れたのは何かをOKしたわけではないんですから……」
「いや、仕事はOKしてくれてるんだろ」
「それとこれとは話が別です! 私は樫のように、け、潔癖な女なんです!」
「何度か練習すればすぐ慣れる」
「な、何度もなんて、もっと許されません!」
ここまで強硬に拒否されるとは……。
「苦手でも次第にわかってくる。やってくれ」
俺は少しかがむ。ナナオンと同じ目線に合わせる。
「頼む」
気持ちが通じたのか、ナナオンの拒否反応が弱くなった。
「もう、この作品はお前のイラストなしでは考えられない。イラストレーター交代なんて絶対にする気はない」
「あ、あなたは、誠実な方と考えて、い、いいんですか……?」
「(締め切り守って原稿上げたから)誠実だ)」
「わ、わかりました……。これも仕事のためと思えば、我慢もできます……」
「ありがとう。その言葉を聞いて安心した」
俺も安堵する。これで目的は果たした。
「け、けど、く、くちづけだけですからね――」
「これを使って勉強してくれ」
俺が差し出したのは、『お色気・ハプニングシーンポーズ集』という本だった。
後ろからだとキスしているように見えるとか、押し倒してしまったとか、そういう構図ばかり並べた本である。
もちろん日本から取り寄せた。こういうポーズ集などは新宿の世界一堂などに行けば大量に並んでいる。
性的な目的の本ではないので、王国に輸入もできた。ちなみにヌードデッサン用の裸体が載ってる本とかもポーズ集のコーナーには置いてある。
「は、はい……? 本……?」
「えっちいシーンの資料があれば描けるだろ。俺ができることといったら、こういう資料を提供することぐらいだ」
ナナオンも安堵したという顔になる。ああ、さっきの俺と似た表情なんだろうな――と思ったら、わなわなと怒りがこみあげてきたのか、視線が厳しくなった。
「ふざけないでくださいっ!」
そのあと、鉢植えを三つ、投げつけられました。




