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異世界作家生活<なろう連載版>  作者: 森田季節


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音信不通のイラストレーターの家に行った(前編)

 俺は馬車鉄道を乗り継いで、ユナーズという駅で降りた。


 ここも山が迫っている森林地帯だが、シヴァの家があった鬱蒼としたターテの森と比べると、からっと開けている。


 ユナーズで降りると硫黄の香りがした。ここは古くからの温泉地でもあるのだ。


 といっても、温泉に入るのが目的ではない。


 人に会いに来たのだ。


 会えるかはまったく不明だが。


「ナナオン、いるかな……」


 不安を覚えつつ、俺は住所の場所へと向かった。



 先日、オークの編集者であるジンボーさんと打ち合わせをした時、こんなことを言われたのだ。


「挿絵ラフが遅れているブヒ」


 ファンタジー世界でもこの言葉を聞くとは。


「あ~、ちょっとの遅れぐらいなら許容しますよ。原稿が遅れる時もありますし、お互い様です」


 ほかの小説ジャンルでもそうだが、ライトノベルも発売が遅れることは多い。


 ただ、ほかのジャンルと異なるのは、遅れの大きな原因となるラインが一つ多いことだ。


 つまり、原稿が遅れてるケースだけでなく、イラストが遅れるケースもあるのだ。


 こればっかりはしょうがない。両者共に締め切りに間に合うにこしたことはないが、そうならない時だってある。俺だって仕事が重なって、イラストがすでに入っているPDFを見ながら文字を埋めたこともある。


 しかし、今回はそれより一段階深刻だった。


「ナナオンさんと連絡がとれないブヒ」


 俺は即座に青褪めた。


 音信不通。最もよろしくない状況である。


「ここは僕が出向かないといけないところブヒが……」


 編集者が作家やイラストレーターと連絡がつかなくなると、しばしばその家を訪れるぐらいだ。原稿の催促という意味もあるが、個人事業主は一人暮らしのことも多い。病気で倒れて動けないなどということもありうるのだ。


 急性の病気で死んでいたというケースも実際にある。


 けど、今のジンボーさんの言い方からすると――


「スケジュールの都合上、どうしても行けないブヒ……」


「まあ、そんなこともありますよ。ナナオンさんもイラスト遅れますという連絡をするのもしづらいんでしょう」


「なので、長谷部さんが代わりに行ってほしいブヒ」


「えっ?」


「ナナオンさんの安否を確かめてほしいブヒ。これが住所ブヒ」


 一人暮らしをしている女性の個人情報がさらされて(このあたり価値観が日本と違う。いや、一世代前は日本でも作者の住所がそのまま本に書いてたりしたが)、俺も引くに引けなくなった。


 俺はナナオンに会うための準備をいくつかして、馬車鉄道に乗った。


 そんなわけで、俺はナナオンさんの家を目指しているというわけだ。


 温泉街からちょっと離れたあたりにナナオン邸はあった。


 日本ではないのでアパート的な建物ではないが、一人が住むのがちょうどいいぐらいのこじんまりとした一軒家だ。


 窓はあるが、カーテンのせいで中は覗けない。まだ昼間なので灯かりも確認できない。

 留守か在宅かの判断さえできん。


「ここは正攻法でやってみるか」


 こんこん、こんこんとドアをノックする。


「すいませ~ん、いませんか? お届け物です~」


 長谷部チカラですとは名乗らなかった。仕事のことで避けられていたとしたら、名前を言って出てくるわけがないからだ。


 反応はない。


 ある意味、ここまでは想定していたので打つ手もある。


「やり口を派手にするか」


 俺はカバンからいらない紙とマッチを取り出した。地球製のマッチだ。


 あと、アルミホイル。これも地球製。

 あと、王国でとれたサツマイモ系の野菜。

 この世界にはジャガイモ(のような植物)もサツマイモ(のような植物)もあるのだ。

 紙に火をつけて、アルミホイルでくるんだサツマイモ(のような植物。以下、芋と表現)を投入する。


 焼くと甘いという話は聞いていた。野外で調理はしないそうだが、日本生まれの俺は焚き火で焼き芋を作るという概念を知っている。


 今度はふところから扇子を取り出し、煙を家に送る。地球って本当に便利だな。何でもある気がしてくる。


 ぱたぱた、ぱたぱたぱた。

 俺の予想通りなら、これでいけるはずだ」

 火をおこして、しばらく待っていると――

 ドアが勢いよく開いた。


「ずっと焦げくさいんですけど、火事になってませんか!?」

 普段着のナナオンが飛び出してきた。

 釣れたな。


「ナナオン、こんにちは」

 かかったなとばかりに俺は笑顔であいさつする。

 ぶっちゃけ愛想笑いだが、俺は大人なので愛想笑いもする。


 ナナオンの表情が引きつっている。

 俺が焚き火をしていることにも気づいたらしい。

 時代劇なら「おのれ、謀ったな!」とでも叫びだしそうな表情だった。


「こっ……こざかしい真似を……いえ、こっ、こんにちは……」


 こいつ、はっきりとこざかしいって言ったな……。


「編集のジンボーさんから音信不通と聞いて、ご病気などされていたらといても立ってもいられずやってきました。見たところ、健康そうで何よりですね」


「実は、深い訳がありまして。…………サボってました」


「理由、浅っ!」


 けど、あっさりサボってたと言うだけ潔いかもしれない。


「あと、宿痾しゅくあとでも言うべき重篤な病気がありまして……」


 まさか本当に難病なのか!?


「気分が乗らない時は仕事したくない病です」


「知るか!」


 案の定、サボリで連絡を絶ってたな。



 俺はナナオンの部屋に入って、出されたお茶を飲んでいる。


「苦い。むしろ、渋い……」


「王国の味は甘すぎるんです。エルフはこれぐらいが普通です」


 テーブルの真ん中には、俺が作っていた焼き芋が湯気を立てている。すでに一つナナオンが食べた、まだ焼いてない芋も残っているが、それはお土産に置いていく。


「イラストレーターが逃げる事案はちょくちょく同業者から聞いたことがあるが、ついに俺も経験するとは……」


 しかも、日本じゃなくて王国でか。


「あの、私って、仕事の波がすごく激しいんです。いい時は頼まれてもないのに、どんどん絵を描けるんですけど、一度不調になると、ぱたりと手が止まるんです。それはものの見事に止まるんです。コカトリスと目を合わせて石化したのかと思うほどに止まるんです」


「作家にもそういうタイプがいるからわからんでもないけど」


「ちなみに、昨日は線を合計五センチ引いただけです」


「止まりすぎだ!」


 しかし、気分の問題なら待つしか手がないな。部屋の中で死んでないだけよかったとするか。


「でも、長谷部さんにも責任の一端はあるんですよ」

 恨みがましい目がこちらを向いてくる。わざわざイラストレーターの家まで来て文句言われるのかよ。

次回は18日の更新予定です!

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