おおいなる存在と出会った(前編)
「取材旅行に行きませんか?」
と、部屋に来たシーナさんに言われた。
周囲には漫画のタワーができている。たくさん読みすぎだ。
漫画の大半は『麻雀渡世伝ヒロカズ』という麻雀漫画だった。
シーナさんの中では麻雀漫画がマイブームらしい。麻雀って、中世ヨーロッパファンタジーから最も遠い存在の一つである気がするが。
「取材旅行と言いますと?」
「今度、マスクリフ家でナター洞穴寺院っていう古代遺跡を探索するんです。つまるところが、ダンジョン攻略なんですけど、それにご一緒しませんか?」
ダンジョンか。
異世界ファンタジーで定番中の定番だ。
それの現物を知ってるのと知らないのとでは大きな違いはある。だが――
「モンスターみたいなのも出るんですよね。危なくないですか?」
アルクス王国でも、死者を蘇生させるような魔法がないことは確認済みだ。ゾンビ的なのを使役するものはあるようだが、根本的な解決にはなってない。
なので、死んだらおしまいである。
「あはは、日本の作品だとファンタジー世界ってモンスターだらけですけど、あれはリアリティないですよ」
シーナさんに笑われてしまった。
そりゃ、そんなに危険だったら探索の話が出ないか。
「わかりました。せっかく王国に住んでるんだし、行ってみます」
そして、俺は王都から馬で一日ほどの距離にあるナター洞穴寺院にやってきた。
地下何層にも宗教遺跡が続いているらしい。世界遺産の紹介番組とかでこういう景色、見たことある。
ハイキング用リュックサック一つで俺は探検隊とともに中に入った。総勢十五人のパーティーだ。
古代寺院の中は地下に入っても明るい。常夜灯の魔法がかかったランプがついているらしい。松明のようなものがいらないのは助かる。
この人数なら迷うこともないし、安心だろう。
●
――二時間後。
「いやあ、見事に迷っちゃいましたね~」
「シーナさん、マジで笑い事じゃないです……」
俺とシーナさんは地下五階(推定)にいた。
地下一階の探検中に俺たち二人は落とし穴を踏んでしまったのだ。そして、すべり台のような床を踏んで、この階層にたどりついた。距離的に最低四階層は下に落ちた自信がある。
今は大きな四角い柱に背をあずけて座っている。うろちょろ歩いたが、上り階段も下り階段も見つからなかった。これがゲームなら地下99階まであるとか、そんなひどい話もあるかもしれないが、現実にはこれぐらいまで掘るのが限度だろう。
「けど、なんで寺院内に落とし穴が……」
「この地域はイコン派という宗教が強かったんですよ。ですが、このナター洞穴寺院はマゴト派という違う宗派なんです。だから、迫害を逃れるために地下に礼拝空間を作ったんでしょうね」
「礼拝空間、か。たしかに敵を落とすためのものではなさそうですね。罠も何もない」
地下五階を少し探索した様子だと、石造りの神殿風の道が迷路のように続いてはいるが、毒矢が飛ぶことも、ゴーレムが出てきてこちらをつぶしに来ることもなかった。
これは助けが来るまで、待機するのが賢いかな。
「あ~、とんだ探検になっちゃいましたね」
「なんでですか? 大成功ですよ?」
嘆く俺に対して、シーナさんの目はキラキラ輝いている。
「今回は洞穴寺院の探索が目的だったんですよ。地下にこんなフロアがあるとわかったってことは大発見です! リアルにすごいことですよ!」
「ほんとにプラス思考だな!」
無事に戻れるだろうかと考えてる俺があほみたいだ。
「ここは敵を殲滅する施設じゃないですし、楽しくいきましょうよ。準備もしてきましたし」
ぱんぱんとシーナさんは床に置いていた大きなカバンを叩く。
「そんなにアウトドア系のグッズがあるなら、それなりに耐えられそ――」
「漫画四十冊です!」
「時間つぶし限定かよ!」
「内容は、麻雀漫画『フリテンの健一』一巻~四〇巻です!」
「しかも一シリーズのみかよ!」
マジか。そんなに食糧とか持ってきてないぞ……。
「いや~、巻数が増えすぎると、なかなか腰を据えて読めないじゃないですか。こういう機会にまとめ読みがいいなと思いましてね。大正解でした!」
「そのチョイスは大失敗ですよ!」
「四十一巻から先は電子書籍で買ってます」
「その情報、いらん!」
「あまりしゃべるとカロリーを消費して危険ですよ。ここは漫画を読みましょう」
俺一人だけ脱出ルートを探して、シーナさんとはぐれるのも危ない。俺も読書にとりかかった。生存本能が漫画読んでる場合かと問いかけてくるが、どうすることもできん。
六巻(主人公がフリテンを誤魔化して国士無双と宣言してライバルを倒そうとするシーン)を俺が読んでるあたりで、シーナさんが声をかけてきた。
「せっかくだから、マゴト派の教義をお話しましょうか。チカラ先生的には漫画より興味あるかもしれませんし」
「そうですね……漫画読むよりはマシかな……」
「マゴト派はこの世界は地上を中心にして、天に五層、地下に五層の空間があると考えていました。一番奥の五層目にはそれぞれ天竜と地竜がいて、この竜が人間のあらゆる欲望をかなえてくれる設定です」
「じゃあ、この階のどっかに地竜がいるんですかね」
その話からするに、ここは寺院の聖域に当たるのだろう。罠がないのも当然かもしれない。聖域で死人が出たら不浄で困るだろうし。
「せっかくですし、探しますか」
シーナさんが漫画を閉じて、立ち上がる。
「何を?」
「地竜を」
「えっ! いくらなんでもいないでしょ――とも言い切れないか……」
小さなドラゴンであるドレイクぐらいなら王都の空を旋回しているぐらいだ。
本物の地竜はいないにしても、本尊の神像でも見つかれば大発見かもしれん。




