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異世界作家生活<なろう連載版>  作者: 森田季節


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40/50

空気に流されかけた(後編)

 ひらはずっと一つしかないベッドに腰かけて、視線を窓のほうにやっている。


「俺はいらんから、お前が飲め……」


「さっき飲んだばかりだからいらない……。チカラが飲んだら?」


「それじゃ、一思いに飲んで――」


 グラスをつかんで――


 もう一度トレーに置いた。


「どうしたの? 虫でも浮いてた?」


「シーナさんが一枚噛んでる。最悪の事態を想定して動いたほうがいい」

「最悪の事態って何よ?」


「たとえば、媚薬入りとか」


 服用するとえっちい気分になるという薬だ。


 お色気シーンを書かないといけない時、ラノベ作家は人生で一度ぐらいは使う。


「フィクションの読みすぎよ。それに、惚れる薬効のものなんて存在しないわ」


「けど、ここは日本じゃなくて王国だ。都合のいい何かの危険はある」


「そうね……。リスクヘッジはするべきだわ」


 珍しく意見が一致した。


「…………」「…………」


 しかし、そのあと面倒な沈黙がやってきた。


 いつもなら馬鹿話ができるが、このシチュエーションだとやりづらすぎる。


 ノートパソコンも紙もないので仕事に没頭するというわけにもいかん。


 せめてベッドが二つあれば、もう少しマシなんだが。


 スマホもパソコンもないと、現代人は時間を使うのが本当に下手だ。こんなことなら空気も読まずに、衣装の中に文庫本でも忍ばせておけばよかった。無論、後の祭りだ。祭りとしては真っ最中のようで、窓からの光もいつもより明るいが。


 すごくゆっくりトイレに行ってみたが、せいぜい三分しか経っていない。


 ひらが座っているベッドから少し離れて、窓から景色でも見ることにした。


 二十分ほど、そのままじっとしていた。


 なんでもいいから話題がほしい。しかし、ひとたびじっと黙ってしまうと、話題を出すのはさらに難しくなってしまうのだ。いきなり最近のライトノベルの話をするのも微妙に変だよな……。


 割とマジで思うのだが、気まずさというものを改善する研究、誰かやってほしい。


「ねえ、実際はそうなってないから思考実験なんだけど」


 無言がきつくなってきたのか、ひらのほうが口を開いた。


「うん、なんだ?」


「ここにいるのがシーナさんだったりしたら、『よしっ!』とか思うの?」


「思うか。せいぜい、おちょくられて、弄ばれるのがオチだ。フラグですらない」


「でも、私よりはうれしかったりするよね?」


 なんで、こいつ、こんなこと聞いてくるんだ……?


 話題がないのよりはいいが、どうにも話題が変だ。


「なぜ卑屈っぽいこと言ってるのか知らんが、うれしいよりも迷惑だと思うぞ」


「でも二人を並べたら、シーナさんのほうがマシだよね。なんか、ごめんね」


 意味不明なのを通り越して、腹が立ってきた。


 イライラしたので、すぐにアウトプットしてやる。これ以上、イライラさせられるのは嫌だしな。


 俺はベッドに腰かけているひらの真正面に来ると――両肩に手を置いた。


「ちょっと……な、何なの……?」


 ひらがひるんだように体を後ろに向ける。


 異常事態のためか、いつもの気の強さがない。


「謝るな! むしろ怒れ! 俺たちは被害者だ! レイズ・ユア・ハンド!」


「え、あぁ……そうだよね……」


「あと、ついでに言っとくけど、シーナさんが魅力的なら、お前も充分に魅力的だ! そこに優劣なんてない! 胸を張れ! ただでさえお前は業界的に成功者なんだから胸張れ!」


 恵まれている者が偉そうな顔をするとムカつくが、かといって自分はダメだアピールされてもムカつくのだ。世の中にはいくらでも底がいる。少なくとも経済的に恵まれてる者がダメなどと言うな。


「ほ、ほんと……? ひとまずこう言っておけば無難だろみたいな感覚で言ってない?」


 こいつ、けっこう冷静だな。


「本当だとも! お前はかわいい、かわいい、かわいい! かわいい! ちゃんと女の子としてかわいい! 堂々とかわいい! かわいさ三昧! あと何回言ったら信じてくれる?」


 かわいいって言うほうもなかなか緊張するんだからな。感謝しろよ。

 しかし、力んでいるのがまずかった。

 腕に余分な力が入ってしまった。


 がくん。


 ひらの体が俺に押されて傾く。

 同時に俺の体も傾く。

 ベッドに押し倒した格好になってしまった。

 かなり近い距離で目が合う。


「…………」「…………」


 山中でクマとばったり会ったら、目を見れば攻撃されることはないという。たしかに、変に空気が硬直する。


 だが、この場合、硬直されるのは困るのだが……。


「何するのよ!」とか言って殴ってくれるほうが展開としてはありがたいのに。


 そこは二人とも二十代の大人なので、もうちょっと妖しい空気になってしまった。

 くそ、相手は堀松ひらだぞ。同期のライバルだぞ。

 どうして、俺は女として意識してしまっているんだ……。

 あれだけかわいいと言ったのはウソじゃない。ひらはちゃんとかわいい。


「あ、あのさ……質問していい……?」


「ただし、YESかNOで答えられるものな」


「チカラって好きな人いるの……?」


「尊敬する人物は徳川家康だ。天下が来そうなところまで待ったのが偉い。俺もすぐに成功した立場じゃないから感情移入しやすい」


「そんな個人情報、一ミリもいらないわ。恋愛対象の人はいるかってこと」

「英語で言うと、ナッシング。仏教的に言うと、くう。というお前はどうなんだ?」

 こっちも聞き返す。その権利が俺にはある。


 権利はあったけど聞くべきじゃなかったかもしれない。これでもしも、もしも俺の名前が出たらどうするつもりなんだ。不用意すぎる。


「い、いない……仕事が楽しくてそんなこと考える暇もなかったし……」


 九割ほっとして、一割ぐらいだけ残念だった。


「まあ、でなきゃ、単身で王国になど来ないよな」


「ねえ、その…………お互いに好きな人がいないなら……ええと……」


 ひらが顔を横に背けた。


 なぜかそのしぐさがやけに艶っぽく見えた。見えてしまった。


 そのせいで、さらに押し倒した感がアップしてしまった。


「もう、このまま…………」


 ひらがベッドの白いシーツをきゅっと握った。


 俺は唾をごくっと飲みこんだ。


 大人同士、同意がとれてるならこのまままここで一つになっても何の問題もない。


「ふ、二人で、一緒に――」


「はーい! ご夕食ができましたよ! ナガウナギのフルコースです! 焼いたナガウナギも蒸したナガウナギも絶品ですよ! それにアルクスオオブタのレバー炒めにアルクスハブのハブ酒も用意しましたよー! これは勢力つきすぎて寝不足必至ですよー!」


 勢いよくシーナさんが入ってきた。


 同時に空気が強引に入れ替えられた。


 この空気を替えるってやっぱりシーナさん、ただ者じゃないな。強キャラすぎる。


「…………あれ? もしかしてタイミング最悪でした?」


「だ、大丈夫よ! むしろ、ちょ、ちょうどよかったって感じ? あ、あははははっ!」


「うん。ちょっとバランス崩しまして……。たたたた他意はないです!」


 やけに以心伝心して、俺とひらは口裏を合わせた。


 そこは、同期ということだろう。空気感がわかる。


 だが、シーナさんはまだやってしまったという顔をしている。


「冷たい飲み物には媚薬入れましたけど、効き目が強すぎましたか。夕食の前からとは……」


「やっぱり何か仕組んでたな!」


「いえ、媚薬って言ってもえっちい漫画みたいな効き目はないですよ。強壮剤みたいなものですよ。ほら、静岡の道の駅でもうなぎパウダー入りのコーラとか売ってるじゃないですか」


 日本に詳しすぎる。


「あれ、ドリンクには手をつけてないですね。ということは、デフォでそういうことに……」


「そ、そんなわけないわよ! ほら、チカラ、そこにいると邪魔だからどいて!」


 じっとするにはあんまりな体勢だったので、すぐに体を起こした。


「これはね、しゅ、取材よ、取材……。ほら、ライトノベルでよくこういうシーンあるでしょ。あれの臨場感を出すための取材。こういうのって見ず知らずの人間には絶対頼めないから、同業者に頼んだってわけ……。そういうこと!」


「さっきの『バランス崩した』と矛盾する気もしますけど」


「それは、バランス崩したって設定なの! ライトノベルの主人公が堂々と押し倒したら感情移入しづらいでしょ! あくまでこういうのは偶然に発生しなきゃダメなの!」


「なるほど。筋は通ってますね。合点がいきました。私の早とちりだったみたいですね。ついつい恋愛ぽいものを見るとはしゃいでしまう女子脳ですいません、以後気をつけたいと思います。王国にはゴム的なものがなくて申し訳ないです」


「全然早とちりって思ってないじゃない!」


 ひらが顔を真っ赤にして言った。うん、いくらなんでも直截的すぎる。


「いえ、輪ゴムがなくて不便かなと思ったんですが、それがどうかしました?」


「ぐぬぬぬ……」


 うわ、本当に「ぐぬぬ」って言った人間、はじめて見た。


「ひら、やめよう……。シーナさんの人間おちょくり術は神の領域だ」


「えっへん」


 シーナさんは胸を張った。威張るな。


「人をおちょくって三十五年です」


「実年齢を超してるじゃない!」


「ちなみに、悪ふざけ要素はありましたけど、豊作を祝うお祭りなので民俗的に夫婦の夜の営みがセットだとさらに縁起がいいのは事実なんですよね。長い祭りなんで、この日に結ばれてそのまま幸せな家庭を築いたカップルも何組かいますよ」


 あけっぴろげに言いすぎ。


 もう、ひらは顔が真っ赤だ。おそらく俺の顔も赤いだろう。


「絶対に、な、何もないからね……」


「はい、そこは個人の意思を尊重しますから」


 にこやかにシーナさんは微笑んだ。最後までシーナさんのてのひらの上で踊らされてるな、俺たち。


「どっちにしろ明日の朝には、『昨日はお楽しみでしたね』って言いますけど」

「それ、言いたいだけだろ!」


 ツッコミ入れて、シーナさんを追い返した。


 ウナギはおいしかったけど、やっぱり日本式の蒲焼きのほうがいいなと思った。あと、ウナギには山椒がほしい。


 夜はお互いにベッドで背中を向けて寝たら、首を寝違えました。


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