空気に流されかけた(中編)
棒立ちでいるのもまずいので、手でも振っておくことにした。
「出店はけっこうあるな。ここにいたら食べ歩きできんのがつらい」
「ネガティブに考えないの。こんな経験、めったにないんだから楽しみなさい。小説の参考にもなるでしょ」
「やっぱり、お前は根っからの小説家だな」
この職業は遊びと仕事の境目があいまいなので、なんでも小説に結びつけてしまう奴はいるが、こいつはとくにそれが極端だ。
「別に無理して褒めなくてもいいわよ。あなたに褒められるとやりづらいし……」
「いや、ひらが客観的にすごいだけだろ。無理して褒めようだなんて考えてない」
「話半分に聞いとくわ」
それでも、ひらの機嫌はよさそうなのでよかった。どんなに成功していて褒められ慣れてる奴でもやっぱり褒められると悪い気はしないらしい。
そのあと、祭りの行列は市内をのそのそと進んでいった。行列が駆け抜けても困るのだが、とにかく遅い。そのうち日も暮れてきた。
「ところで、このゴンドラ、最後はどこに向かうんだ?」
さっきから市内を行ったりきたりしている。立っているだけでも、一日中となると疲れてきた。
「さあ。シーナさんに祭りのこと聞いたけど、詳しく教えてくれなかったの」
「あの人、なんでもサプライズにしようとする癖があるからな……」
「むかしばなしだと、夫婦が宿を探してうろちょろしたみたいだから、この移動はそれを表してるんじゃない?」
「じゃあ、最後は宿屋の前で終わるのかな」
「お祭りだし、神殿にでも入るんじゃない?」
――と、ゴンドラは途中で通りから九十度、向きを変えた。交差点も何もない場所のはずだが。
そこには王都最大の宿屋、星の瞬き亭があった。
「おっ、宿で終わりか。俺の説が正解だな」
「じゃあ、これでおしまいね。けっこう疲れたわ」
まだ見物客がいるのに、ひらは伸びをする。
ここで神官にでも迎えられるのだろう。
だが、違った。宿の関係者が真ん前にやってきた。
「さささ、神様、こちらへ」「お二人様、ご案内~!」
そのまま俺たちは言われるままにゴンドラを降りて、宿の部屋に通された。
最上階でにある特等室、つまりスイートルームに連れていかれた。
「眺めもいいわね」
ひらが早速窓から外を見下ろしている。
都内と比べると高い建物がほとんどないので、王都が遠くまで見える。
祭りの関係者が「それでは一日ごゆるりと~」と言って扉を閉めて、出てい――
「待ってくれ!」
宿の人間を呼び止めた。
「これってリアルに宿泊するイベントなのか!?」
「はい。のちほど豪勢な夕飯を持ってまいります。部屋のお茶はさっき用意したばかりですので、ご利用ください。またお菓子も持ってきますね」
今度こそ、祭り関係者は出ていってしまった。
部屋には俺とひらがいるだけだ。
ためしにドアが開くか試したが、外から鍵がかかっている。
「出してはくれそうにないな……。神様役が出ていったら、おかしいってことか」
泊まることとか事前に言っておけよという気もせんでもないが、イタズラ好きなシーナさんのことだし、これも悪ふざけの一つなんだろう。
「たまにはこんな日があってもいいか。そんなに急ぎの仕事があるわけでもな――」
ガタガタガタガタッ。
地震かと思ったら、ひらがふるえていた。
どうひいき目に見ても挙動不審だ。そんな平常心が保てなくなるようなことがあるか?
「え、何? 今頃、祭りの緊張が来たとか……?」
「あ、あのさ……これって丸一日、二人でこの部屋で過ごすってこ、こ、と……?」
「そうだと思うけど……そんな怖気が走るほど嫌なのか……?」
「い、嫌ではないけど……夫婦って設定でしょ……?」
「二人しかいないんだし、設定には忠実にならんでもいいんじゃないか?」
そんなところで真面目にならんでも、普通にくつろげよ。
「ふ、ふうふうふうふうううふの役なんだよ?」
おそらく夫婦って言ってるんだろうな。
「夫婦の設定なんだからリラックスして水入らずでいいだろ。居酒屋より気楽だ」
俺は机に置いてあったティーポットからお茶を注いで飲む。いつ頃宿に来るかわかっていたらしく、なるほど、熱すぎずぬるくならず、ほどよい温度になっている。
「だって……夫婦って、夜にえっちなことするんでしょ……?」
「ぶぐふっ!」
見事にお茶が毒霧になって宙を舞った。別に昔のプロレスラーをリスペクトしているわけではない。
「汚いわね! 顔にもちょっとかかったし!」
「かけたことに対しては誤るが、噴いたことに関しては不可抗力だ! 変なこと言い出すなよ!」
「だってさ、このお祭りって豊作儀礼なんでしょ?」
「そうみたいだな。少なくとも宿屋のPRではない」
「それってたいていえっち系のことで豊作のメタファーにしたりするわよね……?」
「こんな時に余計な知識持ち出すなよ!」
たしかに日本でも、おかめのお面かぶった人に天狗のお面かぶった人がまたがるとか、そういうことしたりする。
「そこまで気を使わなくていいだろ。適当に過ごして適当に出るぞ! 落ち着け!」
「そうね……。どうせ、ほかに誰もいないんだし、のんびりしてるわ……」
――と、扉が空いた。
「じゃじゃーん! お二人とも、お疲れ様でしたー!」
シーナさんだった。
出たな、今回の黒幕。
「あとは明日の朝までこの部屋でのんびりしてもらうだけです! 部屋を出るのはNGですが、あとはご自由ですので、どうぞよしなに!」
「また、シーナさんにハメられたんですね、俺たち」
「このお部屋は他国の高官を接待する部屋なんですよ。ゆっくり楽しんでいってくださいね!」
言われてみれば調度品の一つ一つのレベルが高い。これはいい部屋に泊まれてラッキーと思わないといけないってことか。
「ただ、一点だけ問題があるんですけど、でも些細な問題ですよね」
「怖いからちゃんと言ってください」
この世界ではというか、シーナさんには常識が通用しないのだ。
「祭りの設定上、ベッドが一つだけなんです」
「「えっ!」」
ひらと見事にユニゾンしてしまった。
「本当だわ……大きくはあるけど一つだけ……」
ひらが右手で口を押さえている。これは俺、床で寝るパターンだ。
「まあ、二人で分け合えば問題ないですよね! それじゃ、お食事前の、冷たいお飲み物とお菓子、置いていきますね!」
コールドドリンクならひらの動転している気も静まるか。ちょうどいい。
一つのグラスに二本のストローが差してあった。
また、恋人仕様のやつ!
「そもそも、ストロー使う文化、王国にありました!?」
「日本からの輸入品です。今回は日本に準じてみました! では、ごはんを持ってきますのでお待ちくださーい!」
「謀られた……」
シーナさんが出ていくと、また気まずい空気になってきた。
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