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異世界作家生活<なろう連載版>  作者: 森田季節


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空気に流されかけた(前編)

 アルクス王国むかしばなし ふしぎな旅人


 今から二百五十年ほど前のこと。


 王都に薄汚れた格好の若い夫婦がやってきました。


 夫婦は、酒場兼宿屋の太陽の雫亭に行き、こう言いました。


「私たちは旅人ですが、山賊にお金になるものをすべて奪われてしまいました。どうか、一

泊、ただで泊めてもらうことはできないでしょうか?」


 宿の主人は言いました。


「お金がないならお客じゃないよ。帰った、帰った」


 夫婦は次に、月の涙亭に行きました。ここは太陽の雫亭と比べると、建物も古く、中はネ

ズミが走り、蜘蛛の巣がかかっていました


「どうか、一泊、ただで泊めていただけないでしょうか」


「お困りなのですね。見てのとおりのボロいところですが、それでよければ」


 翌日、夫婦のところに心やさしい宿の主人が食事を持っていくと、二人はいなくなっていました。そして、その日、王都の神官に「親切な方に助けられた。今年は豊作にしてやろう」という神託が下りたのです。


 そう、二人の夫婦は神だったのでした。約束どおり、その年の王国は野菜も麦もたんまりと収穫できたということです。


 ちなみに、今のイチョウ通りの古着屋が月の涙亭跡地で、太陽の雫亭のほうは今も大通りに面して建っていて、お客を集めています。


 めでたし、めでたし。


「親切にしてた宿のほうが廃業してるわ!」


 ひらが叫んだ。うん、俺も言おうかと思った。


「まあ、世の中なんてこんなものですよ。それに立派な宿だったということは経営努力をしっかりとしていたということです。裏路地の汚い宿が淘汰されちゃうのは自然なことですよ。蜘蛛の巣やネズミを駆除してないのは店の責任です。非衛生的な時点で宿として三流ですし」


 たしかに蜘蛛の巣ぐらい誰でも払えるよな。


「シーナさん、言おうとしてることはわかりますけど、このむかしばなし、教訓なさすぎませんか?」


 俺とひらの二人はシーナさんの邸宅に呼ばれていた。


 そこで午後のお茶をいただきながら、こんな話を聞かされていたのだ。


「どうして教訓がいるんですか? これはむかしばなし、文字通り、過去に本当にあったとされているお話なんですから」


 こちらを試すようにシーナさんはにこにことと微笑んだ。


「そうか、ここ、ファンタジー世界ですもんね……。日本人の価値観で、そんなことあるわけないだろって言っちゃダメなのか……」


 日本でも江戸時代にはキツネやタヌキに騙されたなんて話は無数にあった。むしろ、明治になってもそんな話があったぐらいだ。


 そもそも、魔法が実在する世界で非科学的も何もないか。


「――で、この話が伝承されてるワケは何なの?」


 ひらがテーブルに前のめりになりながら尋ねた。


 こいつとしては、肝心な部分がまだ聞けていないということらしい。


「話が伝わるからには、必ず意味があるはずだわ。教訓の要素がないにしてもね」


「さすが、ひら先生です! 頭の回転が早いです!」


 シーナさんが両手を合わせて、驚きを表現した。


 なんか俺の回転が遅いみたいに聞こえるが、それは被害妄想というものだろう。


「そうなんですよ、これが今度行われる豊作祈願のお祭りのいわれなんです。夫婦で神という設定の若い二人が街を練り歩くんです」


「ああ、予祝儀礼ってやつですね」


 俺もバカじゃないぞということを示すために専門用語を使った。

 文化人類学の言葉だ。


 旅人に親切にした年に豊作になった⇒じゃあ旅人に親切にすることを演技でいいから繰り返せばまた豊作になるんじゃね? そういうお祭りをすればいいじゃん! という考え方を古代の人はした。これを「あらかじめ祝う」と書いて予祝儀礼という。


「それでですね、その夫婦の神様役をお二人にしてもらえればと思いまして」


「ぶふぅっ!」


 ひらがきれいに紅茶を噴いた。


 いや、紅茶を噴くのは汚いのだが、日の光を浴びたせいか虹まで発生したのだ。


「ふっふふふふ、ふふふっふふふ、ふうふ?」


「お前、ノドに何か詰まったか? ちょっと深呼吸しろよ」


「わ、私とチカラで夫婦役をやれって言うの!?」


 身を乗り出しながらというか、もはやひらはテーブルに載っていた。無作法すぎる。


「はい。神様は旅人というぐらいですから、王都出身の人じゃないほうがリアリティもあると思うんです。それに年齢的にもお二人が夫婦でも違和感ないですし、いかがで――」

「やるわ。こんなのと結婚なんて勘弁ですが、そこは、その……王国のためになるなら、いいかなって……」


 俺には拒否権すら与えられないまま、祭りの参加が決定した。


◇ ◇ ◇


「なんか、ギリシャ神話の登場人物みたいね」


 控え室でひらはだぶだぶの袖を引っ張っている。


 たしかに神様っぽいデザインの服ではある。


 違うところといえば、白が基調なのではなく、全体的に黒いという点だ。もっとも、喪服というわけではなく、宝石がちりばめられていて、かなり派手だ。


「お前、けっこう似合ってるぞ」


「え、ほんとに!?」


「なんか、悪い魔法使いっぽい」


「そういうのは似合ってるって言わないの!」


 ほっぺたをつねられたうえにねじられた。


 祭りではパレード用のゴンドラに乗せられた。プロ野球の優勝記念パレードに近いかもしれない。


 引くのは牛の仲間と思われる巨大な動物だ。この世界の馬車と思えばいい。


 これで通りをぐるぐる練り歩くようだ。「ようだ」というのは細かいスケジュールなどを聞かされてないせいだ。まさにぶっつけ本番である。

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