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異世界作家生活<なろう連載版>  作者: 森田季節


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天才は教育に向いてなかった(後編)

「なんか、手挙げる子減ったわね。ほいじゃ、君」


「あの……小説の学校で習ったことで、どういうことが役に立ちましたか?」


 ああ、生徒としては気になる点だよな。


 熱心さは買う。が――


 その質問は地雷だ。


「私、そういう学校に所属したことないからわかんない」


 あっ、生徒が真っ青になった!


 俺もそうだが、小説家は特殊な訓練を必須にする職業ではないのだ。


 新人賞受賞者の本はたくさん出版されてるから、それでどれぐらいの筆力でプロになれるかもわかるし、客観的に小説を見る目があれば、刊行されてる本と比べて自分に何が足りてないかも判断できる。


 ぶっちゃけ、レーベルの同期でも専門学校に所属していた奴はいなかった。


 じゃあ、なんで教師やってんだって話だが、それは異世界の学校だからだ。


 別に学校で物を習うのが無意味というわけじゃない。ようはどこで学ぶかの話だ。


 それでもひらの話を聞いたら、書き方教室が無意味と聞こえかねん。


 手を挙げる生徒が誰もいなくなった。


 大学サークルとかで、すごく偉いけど面倒なOBが来て、雰囲気が悪くなることがあるが、それに似ている。


 しかし、それでも果敢に手を挙げる生徒がいた。


 ミクニだった。


 あいつ、決死の覚悟で何を言う気だ?


「質問ですう!」


「うん、いったい何?」


「ミクニは、自主的に中編小説を一本書いたんですう!」


「へえ、それは頑張ったわね」


「あの……これを読んで感想やアドバイスをいただきたいんですう!」


 ミクニめ、そう来たか! その覚悟は買うぞ!


 ひらのコミュニケーション能力が皆無でも、作家としての資質は(認めたくないが)本物だ。だとしたら、そいつにずばり自分の力を問うのは発想として正しい。


 しかし、答えは非情だった。

 違うわ。ひらが非情だった。


「嫌」


 一文字でひらは答えた。


「あなた、私はプロなの。一方であなたは素人なの。プロに読んでもらいたかったら、プロになってから来なさい。それに小説って二、三分で読み終わるものじゃないわ。意見もまともに言おうとしたら、相当時間がかかる。私の小説を待っている人は一人や二人じゃない。だったら、その人たちのために時間は使うのが私の職業倫理なの。プロじゃない人間が読む新人賞の下読みですら労働対価としてお金は発生するのよ。まして出版社は選考委員にそれなりの額のお金を払ってる。小説を読むという行為そのものが労働なの。それだけ小説は読むために時間がかかるからよ。あなたが私にボランティアをさせる権利はないの。以上」


 ミクニは途中からうつむいていた。


 嗚呼……徹底的に叩きつぶされたな……。


 ひらの言葉は何も間違ってはいない。ひらは別に学校の教師ではないから小説を読む義理などないし、そんな時間があるなら新作のブラッシュアップをしたほうがいい。


 しかし、もうちょっとやさしく断ってほしかった……。


 あと、こうも思った。


 こいつ、デビュー頃から何も変わってないな、と。


 これぐらいのことを言う作家はむしろ新人だとちらほらいる。


 その頃はまだまだ自分はすごいぞ、ほかの奴らとは違うぞと信じているのだ。


 けれど、そのあとに現実というものにぶつかる。そのまま現実につぶされる奴もいるが、そこで生き残った奴は、同じ苦しみを持つ者にもやさしさを向ける心を手に入れる。


 こいつは我が道を行ってそのまま売れたから、そういうものを知らんのだ。


 いわば成績優秀者しかいないはずの進学校に入学して、その中でもトップレベルの成績を維持しているようなものだ。本当に選ばれた者だけがなれる立場なのだ。


 ミクニよ、これもいい勉強になったと思って――


 何かがさっきまでと違う。


 ミクニが着席していないのだ。


 みんな、ボロボロになって立ってられないとばかりに座ってたのに、むしろミクニは懸命に仁王立ちしているように見えた。


「な、なんですか……」


 うつむいたまま、ぼそぼそとミクニは口を開いた。


「ん? 何か言った?」


「ふん! 売れてるからって偉そうに! 読んでもらうだなんてこっちから願い下げですう! いつかミクニが誰もが読まざるをえない一流作家になって見返してやるですう!」


 ミクニが啖呵を切っていた。


 それはまさしく宣戦布告だった。


 といっても、対等なものじゃない。武田信玄が上杉謙信に何か言ったとかいうのではなくて、足軽が上杉謙信に何か言った的な差はある。



「ふうん、そっか、そっか」


 つかつかとひらはミクニの席の前まで来た。


 そして、目の前で立ち止まる。


 まさかとは思うが、殴ったりするなよ……?


 俺の生徒を殴るなら、たとえお前でも俺は全力で止めるぞ!


 まあ、いくらなんでもそんなことしないと思うけども。


 ひらは右手を振り上げた。


 えっ!? マジで叩く流れ!? そこは穏便に! お慈悲! 後生!


 俺も動いた。奔放不羈ふきな作家は何をしでかすかわかったものじゃない!


 ミクニもヤバいと思ったのか、目を閉じた。偉そうなことを言ってるが、背は低いし、ケンカには最も弱いタイプの人間だ。



 ひらの手がぽんとミクニの頭に乗った。


 叩いたにしては弱いな。


 違う。これは――撫でてる。


「偉い、偉い。なかなか今のよかったわよ」


 ひらは女版本多忠勝みたいに鷹揚な態度で笑っていた(さっき謙信とか言ったのでしばらく戦国的なたとえ続きます)。


「ど、どのへんがよかったですう……?」


「ケンカを売った点よ。それぐらいの気合ある奴でないと張り合いがないわ」


 そんなこと言って、ミクニがもっと俺の授業を聞かなくなったら問題なのだが口をはさみづらい状況だ。


 もう殴ったりしないなら、なんだっていいです。


「けど、これであなた、作家になるしかなくなったわね?」


「はう?」


「だって、一流作家になって見返してやるって言い切ったじゃない。これで作家になれなかったら死ぬほど恥ずかしいよ。だから、あなたは作家として生きるしかないの」


 ミクニの表情が固まる。腹水盆に返らず。綸言汗の如し。言ってしまったことは取り返せない。なかなかの重荷がやってきた。


「あなたのデビュー作が決まったら読んであげるわ。楽しみにしてる」


「わ、わかりましたですう……」


 豊臣秀吉に許された伊達政宗みたいな表情で、力が抜けたようにミクニは着席した。


「最高に面白いものを作らないと納得しないからね。死ぬつもりだった人間がこの作家の新刊を読むまでは生きていようって思えるようなものを作りなさい。それが作家の義務よ。なんとなく作家やってますなんて態度だったら許さない」


 その場が静まり返った。



 きっと、生徒たちも感じたことだろう。


 これが一流小説家、堀松ひらの覚悟なのだ。


 こいつは偉そうなことを言う分、その言葉に責任を持っている。


「じゃあ、質問もないみたいだから私は帰るわ」


 黙ったまま、俺も生徒もひらの後ろ姿を見送ることしかできなかった。


 授業時間が余ってるのにひらが勝手に帰ったので、急遽、俺がいつもどおり授業をしました。途中で帰んなよ! ふざけんなよ! 竜造寺隆信みたいな死に方しろ!

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