小説のエロについて真剣に考えてみた(前編)
「はい、え~、本日は本の筆写をしてもらおうと思う」
文章のリズムを生理的につかむのが今回の目的である。
生徒は基本的に真面目なので、さぼったりせずにちゃんとやってくれるだろう。
こういうのはすぐに効果はないが、長い目で見て確実に有益である。
プロの作家が言ってるんだから間違いないはず。
しかし、一言に真面目と言っても、いろんな種類がある。
「あの、いいですかあ」
ちょっと語尾の伸びた口調で手が挙がった。
しかし、言葉が伸びてる割にはその目つきはケンカ売るぞとばかりにどぎつい。
ドワーフの生徒、ミクニ・トーディンボーンだ。
どうも種族的にドワーフというとヒゲの生えた男のイメージが強いが、女性ドワーフのミクニは民族衣装に身を包んだ村娘という印象である。
肌が少し褐色なのは、おそらく種族によるものなのだろう。
ある意味、唯一のプチ問題児と言っていいかもしれない。
「ミクニ、いったい何だ?」
「そんなことして何の意味があるんですう? プロになるのにつながるんですかあ?」
挑発的な台詞だ。
うん、ユサみたいにプロである教師にやたらとあこがれる奴がいる一方で、こういう奴も一人ぐらいいるんだよな。
専門学校に行くと、講師より自分はビッグになるからこんなつまんない授業聞く必要ないっスよ(半笑い)という異様に偉そうな態度の奴がいることがある。
そして、中には授業は聞く代わりに、教師を試してくるタイプもいる。
それがミクニみたいな奴だ。
生意気な奴めとは思う。事実、生意気である。
しかし、わざわざ質問するほど熱心なところは買う。
同調圧力にすぐ負けて発表できないような奴は文筆業に向いてないのだ。
豆腐のようなメンタルだと、まな板のようなメンタルの編集と仕事をすることになった場合、確実に心が粉砕されて、やっていけなくなる。
別に編集がみんな問題なのではない。
作家にも、おかしなのは無数にいる。
ただ、作り手の心が折れて作れなくなったらどうしようもないということだ。
なので、ふてぶてしいぐらいのほうが頼もしいこともある。
そして、俺もプロだ。売られた挑発は(自分に害がおよばない範囲で)買う。
「ミクニさん、先生に無礼千万ですわよ!」
ユサが胸を揺らしながら立ち上がる。俺の味方になってくれるらしい。
「まあ、待て。熱くなるな、ユサ」
俺はユサをなだめて座らせつつ、ミクニのほうを向く。
「あのな、人間というのはとてつもない天才でない限り、独自の文体を無から作り上げることは不可能だ。たいてい、すでに読んだもの、とくに感銘を受けたものの影響を受ける。逆に言うと、武術と一緒で、文章も最初はすぐれた作家の型を覚えるところからはじまる」
異論もあるかもしれないが、俺は割とそう信じているのでこのまま押し通す。
「というわけで、本を読んでかっこいいと思ったページを手で書き写していってもらう。そうすることで、プロの言葉の使い方、句読点の使用法、音楽のような抑揚がわかってくる」
俺がひるまずに堂々と答えたせいか、ミクニが口をへの字にしていた。
反撃を受けて気に入らないのだろう。
「で、でも……文体模写なんてやったら誰かのパクリって言われるですう!」
お、不利な状況になってもまだ攻めてくるか。その意気やよし。
「文章の剽窃は最低だが、文体に著作権はないっ!」
「はうぅ……!」
ちょっと大きい声で言ったら、ミクニをびびらせてしまったようだ。
「では、ミクニよ。思考実験をしてやろう。小説というものをまったく読んだことのないドワーフがいるとしよう。そのドワーフに小説を書かせようとして、まともな小説が書けると思うか?」
「いちいち、ドワーフにするなですう!」
「じゃあ、ゴブリンでもいい。どうだ、そのゴブリンは小説が書けるか?」
ミクニは負けを認めたようにうつむいた。
「か、書けないですう……」
まあ、そういうことだ。
「そう! 我々は過去の経験を前提にして小説を作るしかない。なので、似てしまわざるをえない。似ることを恐れて、小説は書けない!」
だいたい俺がデビューした頃の新人作家なんて七割ぐらいが、東尾メイジという作家の影響を受けているとネットで言われてた気がする。
一冊もその作者の本を読んだことない作家までそう言われてる例さえあった。
あんなん言わせておけばよいのだ。
「わかったですう……筋は通ってるから従ってやるですう……」
「ああ、お前が頑張れば俺のキャリアなんてすぐに抜けるさ」
「ほ、本当に抜いて赤っ恥かかせてやるですう!」
基本的にかわいいから許す。
ドワーフはもともと地下や洞窟で生活していただけあって背が低い。
ミクニも低い。
そういうちびっ子が偉そうにしているのは、そんなにムカつかん。
逆に言うと、サイクロプスのイタミルとかが「殺すぞ、バカ教師」とか言ってきたら、本気で怖い。
やっぱり体格って印象に強い影響を与える。人は見た目が十割である。
「じゃあ、しっかりやれよ! スタート!」




