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異世界作家生活<なろう連載版>  作者: 森田季節


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生徒が年上すぎて教えづらかった(後編)

「では、まんをじしてやるのじゃ。『サルトラ地方の山岳僧侶――噂では邪神を信じているとも言うが――は、ふもとの村を襲い、生贄用の子供を誘拐した』」


「声出てる」


 あと、例文が怖い。


「しまったのじゃ……。心で読む、心で読む……」


 シヴァは頭を抱えている。というか、とんがった帽子を抱えていた。


 魔法を使うことのほうが何百倍も難しいと思うのだが、黙読ができないらしい。


 かといって、今後、ずっと声を張りあげられても困るので対応は必要である。


「よし、テイク2じゃ。マ、マスラト地方の山岳僧侶……」


「声出てる。それと、固有名詞がサルトラから変わってるぞ」


「マスラトの山岳僧侶は気はやさしくて力持ちで、善良で接しやすいのじゃよ」


「そうなんだ……。異世界の宗教についてのことはよくわからん……」


「『マスラト地方の山岳僧侶――噂では邪神を信じているとも言うが――は、ふもとの村を襲い、生贄用の子供を誘拐した』」


「その僧侶もやっぱ、邪教信じてるだろ!」


 善良っぽさゼロじゃねえか!


「『生贄は儀式のあとであとでおいしくいただきました』」


「ずっと声出てる。怖い! 異世界の邪教、怖い!」


 ただ、声よりも、もっと気になるものが出ていた。


 シヴァの黒いとんがり帽子にぎょろりと大きな目玉が現れていたのだ。


 その目玉がこちらを興味深そうに見つめている。


 すごく怖い。


「次の例文じゃ……。マ、マ、マトラス地方の山岳僧侶……またじゃ! どうしても詠唱のくせが出てしまうのじゃ!!」


「マスラト地方がマトラス地方になった!」


「マスラト地方はダイヴァーン山脈の南側で、マトラス地方はトーキ高原のふもとじゃ。全然別の場所じゃよ」


「似た名前の地方、多いな!」


「ちなみに、マトラス地方の山岳僧侶は信心深く、誠実なことで有名じゃ」


「今度は邪神信仰してなさそうだな」


「『マ、マトラス地方の山岳僧侶――邪神を信仰してないと公言しているが――は、ふもとの村を襲い、生贄用の子供を誘拐した』」


「確実にそいつらも邪神、信仰してる!」


「ええい、若造は黙っておれ! 集中できん!」


 怒鳴られた。


「…………わかりました、シヴァさん」


 相手は百三十七歳なので、黙って従わざるをえない。


「あ、すまぬ……。教師殿はシヴァと呼び捨てでよろしいのじゃ。敬語もいらん」


 向こうもやっちゃった感があるらしい。


 やはり生徒が年上なの、やりづらいな……。


 あと、帽子の目玉がなんか涙目になっていた。精神状態が反映するのだろうか。


「あのさ、この目玉、無害なんだよね?」


 怖くなってきたので、先に聞いておこう。


「ああ、年中かぶっておいても問題ない。防水性なので風呂場でも持ちこめるのじゃ」


 風呂でも帽子かぶってるのかよ。とにかく無害ならそれで――


「それと、見つめた者の魔力を吸収するという効果があるのじゃ」


「お前以外には有害じゃねえか! 即刻はずせ!」


 帽子に手をかける。やたらと見つめられてるし、確実にロックオンされてる!


「この帽子は魔道士のアイデンティティじゃ! 汚い手で触れるな、若造!」


 素直に手を離した。


「…………すいません、シヴァさん」


「あっ……タメ口でかまわぬのじゃ……。わらわは本当に師を尊敬しておるのじゃ……」


 やっぱり年上の生徒はやりづらい。


 専門学校の講師をしていた作家が、四十代の生徒は距離感が難しいとか言ってた。

 百三十代とかどうしたらいいのか。


「とにかく、暗唱を習得するのじゃ……。文章は諦めて単語だけでも黙読を……。スマラト地方、ラマトス地方、ストラマ地方、トマラス地方、マラトス地方……」


「この世界の固有名詞、難しすぎるだろ!」


 シヴァが努力しているのはわかる。

 わかるのだが、やはり詠唱長年慣れ親しんでいる(多分百年以上)だけあって、黙読にてこずっている。


「スラトマ、ラスマト……トラマス!」


 ――ヒュン!


 何かが至近距離で体にぶつかった気がした。


 服が燃えていた。


「うおああああっっっ! なんぞ、これ!」


 よもやテロか? 異世界人が小説を教えようとしてるのが気に入らないのか?


「申し訳ないのじゃ! 偶然、低級火炎魔法トラマスを唱えてしまったのじゃ!」


 よかった。


 テロじゃなくて、生徒の過失だ。


「よくねえよ! 燃えてんだよ!」


 勢いで、脳内のモノローグに声を出してツッコミを入れてしまった。


 現代人ですら、パニックになると黙読を守れなくなるらしい!

 いや、ほんと、どうするんだ、これ!?


「火事だ!」

「どうしますの?」

「ピー、ピー! 怖いピー!」

「机の下に隠れよう!」


 いかん、生徒たちがパニックになっている!


 少なくとも机の下に隠れるのはやめろ!


 ――ヴュウウゥンッ!


 今度は体がやけに冷たくなった。


 体が氷のかたまりに覆われている。当然、炎も消えていた。


「氷の魔法なのじゃ! わらわは炎も出せれば氷も出せるのじゃ!」


「シヴァ、グッジョブ! どうにか死なずにすんだ!」


 けれど、すぐに次の問題に気づいた。


 全身が氷で閉ざされたような状態になっていて、動けない。


「はわわわっ! 威力が大きすぎたのじゃ……!」


 シヴァがあわてていた。

 この魔道士、調節は苦手だな……。


「よし、誰かこの氷を割るのじゃ!」


「やめろ! 俺ごと割れるとか、そういう展開になりそうだからマジでやめろ!」


 氷は溶けたものの、教室が水浸しになったので、授業のあと、シヴァと雑巾で拭き取りました。

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