第7話 クイール族
あの事件から一ヶ月が過ぎた。
最初は何をするにもザラーと一緒だったが、今ではひとりでも任されるようになっていた。
「なんか、いつもと雰囲気が違うね」
「明日、クイールの村から使節団が来るんだよ」
俺の疑問にロッテが答える。
「クイール、確か長毛種の獣人だったっけ」
「うん。そこの長がたまに遊びに来るんだよ」
ロッテが言うには、クイールとこの村は古くから付き合いがあり、年に何度か交流があるらしい。ただ、使節団が来るとなると少し話が違う。村長のロドロムも慌ただしく動き回っているし、ザラーでさえ昨日から妙にそわそわしている。
――
翌朝。
村の入口に村人たちが列をなして待ち構える中、俺はロッテの隣でその様子を眺めていた。
「ツアールは端っこにいた方がいいよ」
「そうする」
やがて、木立の向こうから一行が姿を現した。
先頭を歩くのは、大柄な獣人だった。身長は2メートル近い。全身を覆う長い毛は白銀に近い灰色で、立派な顎鬚を蓄えている。歩くたびに毛並みがさらりと揺れる。風格があった。あれが長だろう。
その隣に、一回り小さな姿があった。
長と同じ白銀の毛並みだが、こちらはずっと柔らかそうで、耳の先だけがうっすらと桃色がかっている。落ち着いた足取りで歩いているが、大きな目がきょろきょろと辺りを見回している。
「あの子が、長の娘さん?」
「そう、マーリンっていうんだ。たまに一緒に遊ぶよ」
ロッテが小さく手を振ると、マーリンと呼ばれた娘が気づきニコリと微笑んだ。が、すぐに表情を引き締めて前を向く。
なかなか律儀なところがある。
村長のロドロムが前に出て、両者が挨拶を交わす。儀礼的なやり取りが続く中、クイールの長の視線がふと俺の方へ向いた。
ぴたり、と止まる。
長い沈黙。
「……ロドロム。あれが例のニンゲンか」
「左様です、ガルバ殿。よく働いてくれております」
「ふむ」
ガルバと呼ばれたクイールの長は、それ以上何も言わなかった。俺を値踏みするような視線が数秒続いたあと、すっと前を向く。
どうやら保留ということらしい。
歓迎の儀が終わり、人々が散り始めたところで、マーリンが小走りにロッテの元へ駆けてきた。
「ロッテ! 元気だった?」
「元気だよ! マーリン、大きくなったんじゃない?」
「そう?」
マーリンは少し得意そうに耳を立てた。それからちらりと俺を見る。
「……あなたが、ツアール?」
「そうだ。よろしく」
「うん」
短い返事。しかし視線は俺から離れない。好奇心と警戒が半々といったところか。
「父上が言ってた」マーリンは少し声を落とした。「ニンゲンがこの村にいるって、驚いてた」
「迷惑だったなら申し訳ない」
「ちがうよ」
マーリンはかぶりを振る。
「驚いてたけど、悪い顔じゃなかった。父上はちゃんと見る人だから」
それだけ言って、マーリンはロッテの袖を引っ張った。
「ねえ、森での話、聞かせてよ」
「あ、それはね――」
二人は傍目にも仲が良い。種族を超えた姉妹のようだった。
――
夜になると、村の広場に篝火が焚かれた。
昼間の慌ただしさはこのためだったらしい。長テーブルがいくつも並べられ、料理や酒が次々と運ばれてくる。村人たちも思い思いに席につき、広場はたちまち賑やかになった。
「ツアール、こっちこっち」
ロッテに引っ張られ、俺はロッテとマーリンの間に座ることになった。
「俺はもう少し端の方が――」
「だめ」
有無を言わさない返事だった。
上座ではガルバとロドロムが並んで座り、すでに杯を交わしている。二人の間に流れる空気は、古い付き合い特有の、余計な気を遣わない穏やかさがあった。
「あの二人、仲いいんだな」
「むかしからだよ」ロッテが串焼きを頬張りながら言う。
「ロドロムじいさんとガルバさんって、若い頃に一緒に何かしたんだって」
「何をしたんだ」
「しらない」
清々しいほどの無関心だった。
宴が進むにつれ、村人たちもほぐれてきた。クイールの随員たちと肩を組んで歌っている者もいる。種族が違っても、酒が入れば大差ないらしい。
ザラーは隅のテーブルでクイールの若い獣人と何やら話し込んでいた。険しい顔をしているが、杯は何度も重ねている。あれはあれで楽しんでいるのだろう。
ロッテがマーリンの皿に串焼きを乗せ、マーリンがロッテの皿に何か甘そうな菓子を乗せる。
二人は飽きること無く、そういうやり取りを延々と続けている。
しばらくして、ガルバが上座から立ち上がった。
広場がすっと静かになる。
「クイールを代表して、改めて礼を申し上げる」
よく通る声だった。
「この村とは長い付き合いだ。これからも変わらず、共に在れることを願う」
杯を掲げると、広場の全員がそれに倣った。
「かんぱい!」
ロッテの声が一番大きかった。
笑い声が広場に広がり、宴はまた賑やかさを取り戻す。
やがて、中央にテーブルがセットがされはじめる。
何だ? と思ってぼんやり眺めている俺の背をザラーが力強く押した。
「ツアール! お前も来い!」
「何が始まるんだ?」
テーブルには、ロムロド、ガルバを始め、数人の男が座っている。
俺とザラーが席につくと、全員の前に、並々と酒が注がれた木のジョッキがドカッと置かれた。
「飲み比べだ!」




