0063. 琴音と幻獣たち、いざ魔導ヴァイキング船へ
「ふあぁ……。やっぱり、潮風って気持ちいいわねぇ」
極寒のフロストヴィークを離れて数時間。魔導ヴァイキング船『オーディンの息吹号』の最上階にあるロイヤル・スイートルームで、私はバルコニーの手すりに身を乗り出し、どこまでも続く蒼い海を眺めていた。
(BGM:『新たな航路への旅立ち 〜荒波切り裂くオーケストラ〜』)
※荒波を切り裂いて進む「魔導ヴァイキング船」の武骨でダイナミックな航海と、未知の大陸へと向かう冒険の幕開けを告げるフルオーケストラ。屈強な船乗りたちが闊歩する船上でも、幻獣たちと一緒にマイペースに「もふもふクルージング」を満喫する琴音のスケールの大きなスローライフを祝福するような楽曲。
腕の中では、狐火ちゃんが九本の尻尾を扇風機のように回して風を楽しんでいる。足元では、水蓮くんがイッカクの着ぐるみフードをギュッと握りしめ、「……主、海路というのは意外に揺れるものだな。武人として、決して酔うなどという不覚は取らぬがな」と、少し顔を青くしながら虚勢を張っていた。
「うふふ、水蓮くん、大丈夫よ。このお部屋、全然揺れないもの」
そうなのだ。この客室、とにかく広くて豪華すぎる。ふかふかの特大ソファに、銀細工のティーセット。おまけに魔導力による完璧な防振・防音機能付きだ。
(さすが最新のVRMMOね。長距離移動の待ち時間もストレスフリーだなんて、運営さんのホスピタリティが凄いわ!)
私がそんな風に感心していると、部屋の重厚な扉が「コンコン」と控えめに叩かれた。
「失礼いたします。零位様、サービス状況の確認に伺いました」
入ってきたのは、この船のホテル部門を統括する最高責任者、ホテルマネージャーの男性だ。彼は非の打ち所がない完璧な身のこなしで一礼したが、その額からは滝のような冷や汗が流れていた。
「い、居心地はいかがでしょうか。何か不足があれば、直ちに全船員を動員して対応いたします」
「ええ、とっても快適ですよ。ありがとうございます」
「左様でございますか……!あ、あと一点、ご報告が。冬早国の生産ギルドよりお預かりいたしました『特級魔導車両』ですが、無事に積載を完了いたしました。ご安心ください」
「……はい?今、なんて?」
私は思わず身を乗り出した。
「あの……『積載』って、まさか……あの豪華な馬車、この船に乗せてるんですか!?」
「はっ!専用の特別船倉を急遽一つ開放し、二十四時間体制の警備魔法と、十名の精鋭船員による物理監視を付けて丁重に固定いたしました!下船の際は、我々が責任を持って港までお運びいたします!」
「ええぇぇえっ!?ウソでしょ!?あれ、すっごく重たいし大きいじゃないですか!そんなの乗せちゃって、船が沈んだりしないんですか!?」
私が素で驚いて叫ぶと、マネージャーは「ヒッ……!」と短い悲鳴を上げ、その場で膝が抜けたように平伏した。
「め、滅っそうもございません!『虹光の零位』様の御物……その価値の重みに比べれば、船の積載限界など、羽毛のようなものにございますゆえ!!」
(……価値の重み?鉄製だし、確かに重いとは思うけど……。羽毛って、さすがに言い過ぎじゃないかしら?)
どうやら、生産ギルドでもらった「あのキラキラした綺麗なカード」の効力は、私の想像を絶するらしい。アンネさんの言っていた『会員特典』って、自家用車ごと移動できるカーフェリーみたいなサービスのことだったのね。
(あの時もらった記念デザインのカード、持っておいて本当に良かったわ。こんなに手厚いサービスが受けられるなんて!)
「そ、そうですか……。お手数をおかけしてすみません。船員さんたち、大変だったでしょう?後でお礼に、私の手作りお菓子を持っていきますからね」
「お、お、お、お菓子……!零位様の……その……『奇跡の成果物』を拝領できると!?ははぁっ!全船員を代表し、一族の誉れとして頂戴いたします!!」
マネージャーは、まるで「天界からの供物」を約束された修行僧のような恍惚とした表情で、バックステップのまま部屋を去っていった。
「……なんだか、アッタの森にいた精霊さんたちみたいに、この船の人たちもすごく丁寧ね。狐火ちゃん、水蓮くん」
「クゥ……(……琴音、あいつ、恐怖で心臓止まりそうになってたぞ)」
「キュイ……(主、あの者たちの武威は……いや、なんでもない)」
私は首を傾げながら、バルコニーから遠ざかっていくフロストヴィークの影に手を振った。
「待っててね、秋夕国!最高のスパイスと、ツヤツヤのお米が私たちを待ってるわ!」
心地よい揺れ(※実際は神級の防振魔法)に身を任せ、私の無自覚な世界横断ツアーが本格的に動き出した。




