0061. もっと美味しいご飯を求めて! 若菜さんへの相談
「若菜さーん! ただいま戻りましたー!」
冒険者ギルドの重厚な扉を勢いよく開けると、そこには書類の山に埋もれて、今にも口から魂が抜けそうな若菜さんの姿があった。……あれ、昨日よりさらに顔色が真っ白になっているような気がするけれど、気のせいかしら。
(BGM:『ギルドの日常と、お疲れの受付嬢 〜のんびりしたファゴット〜』開始)
※いつもの活気あるギルドの空気感の中に、度重なる「規格外の報告」によって慢性的な疲労(胃痛)を抱える若菜さんのため息を代弁するような、のんびりとしつつも少し間延びしたファゴットの音色が響く。平穏を装いつつも常に警戒を怠れない受付嬢の悲哀が滲む日常BGM。
「……あら、琴音さん。……さっき、ロビーにいた異邦人たちが突然『流爽人がテイムされた!』って大騒ぎし始めたから、慌てて何人か捕まえて事情聴取をしたのよ。そしたら『和装のお姉さんが、光る海鮮弁当で釣ったらしい』なんて言うじゃない。……たった今、その私の正気を疑われそうな報告書を本部に送り終えたところよ。おかげでギルド本部の幹部連中から『どういうことだ!?』って、魔法通信の嵐なんだから……」
若菜さんは、目頭を指で強く押さえて、深く、深〜いため息をついた。
どうやら、私の知らないところでギルド本部が大パニックになっているらしい。……大変なんだなぁ、お役所仕事って。
「まぁ、そんなにたくさんのお仕事を……本当にお疲れ様です! あ、そうだ! あの隔離室に置いてきた『極上ブイヤベース』と『サーモンなめろう』、後でお詫びにおすそ分けしますから、ちゃんと食べて元気出してくださいね!」
「……え、ええ。ありがとう。(※あなたのような頑丈な体ならともかく、私たちがあんな神話級の魔力の塊を一口でも食べたら、強すぎる旨味と活力であの世へ昇天しかねないのだけれど……)……で? 今日は一体何の相談かしら」
「はい! 実は、新しく仲間になった水蓮くんと、狐火ちゃんの好物をちゃんとお勉強したいなと思いまして!」
私の右腕の中では、狐火ちゃんが自慢の九本の尻尾をゆらゆらと揺らし、左腕の水蓮くんはイッカクの着ぐるみフードを深く被って「……主、武人に甘やかしは不要だぞ」と、しっぽをパタパタさせながら強がっている。
「……はぁ。いいわ、生態系を壊されるよりはそれが一番平和ね。ギルドに伝わる幻獣の古い記録から、わかる範囲の情報を出してあげるわ」
若菜さんがカウンターの奥から分厚い革装の本(幻獣図鑑の原本)を開くと、二匹の「嗜好データ」が魔法の光で空中に投影された。……けれど、例によって私の視界では一部がバグ(文字化け)っている。
【ギルド秘蔵:幻獣・嗜好プロファイル】
■狐火(九尾の狐)
好きな食材:辛いもの
好きなもの:細長いもの、すばしっこいもの
特記事項:■■■(※解析不能)による極上のブラッシング
■水蓮(流爽人)
好きな食材:塩辛いもの、水産物
好きなもの:可愛らしいもの(ぬいぐるみ、ちっちゃい動物など)
特記事項:$%&(※解析不能)の愛着がこもった和食
「……へぇ! 狐火ちゃんって、辛いものが好きなの? それに、細長くてすばしっこいものも?」
「クゥ!(……そうよ。だから、その新入りがどれだけ『すばしっこい』のか、興味があるわね)」
狐火ちゃんが、隣の水蓮くんをじーっと、まるで『美味しそうな獲物』を見るような目で見つめた。水蓮くんは図鑑によれば素早さ評価が最高ランクだ。狐火ちゃん(肉食獣)にとって、彼はまさに「追いかけ甲斐のあるおもちゃ」なのかもしれない。
「そして水蓮くん……やっぱり『可愛らしいもの』が好きなのね」
「キュ、キュイッ!?(な、なっ、何を!? どこにそんなデタラメが書いてあるのだ! 我は武人、硬派な武人だぞ!!)」
水蓮くんが真っ赤になって慌てて暴れ出したけれど、その拍子にフードから覗いた瞳は、狐火ちゃんの「細長くてモフモフな九本の尻尾」を、熱烈な羨望の眼差しで見つめていた。
……二人とも、お互いの特徴が完全にストライクゾーンに入っている気がするわね。
「狐火ちゃんには刺激的なスパイス、水蓮くんには最高の塩辛い海産物……。……でも若菜さん、今の私が持ってる材料だと、なんだか物足りない気がするんです。もっと本格的な調味料とか、美味しいお米が欲しくて」
「……物足りない? フロストヴィークの『伝説の主たち』をまとめて仕留めておいて?」
「はい。もっとこう、お米もツヤツヤで、お醤油やお味噌も深みがあって……狐火ちゃんが火を吹くくらい美味しい激辛料理や、水蓮くんが泣いて喜ぶ極上の和食を作ってあげたいんです!」
「……それって、もう冒険じゃなくて『究極のメニュー』の探し旅じゃない。……そうね、お米や調味料にこだわるなら、ここから南にある交易都市『ガストロノミア』に行ってみたら? あそこなら世界中の珍しい食材やスパイスが集まるし、東の国の職人が作った発酵食品も手に入るはずよ」
「ガストロノミア……! すごく美味しそうな名前!」
(BGM:『新たな目的地 〜希望のフルート〜』開始)
※純粋な食欲と見知らぬ土地のモフモフへのワクワク感が弾けるような、明るく透き通ったフルートの旋律。スローライフの次なるステージへの扉が開く、希望に満ちたポジティブなBGM。
「さらにその先には、『秋夕国』があるわ。一年中が美しい紅葉に彩られた国で、そこから届く『秋の雫』という銘柄米は絶品よ。美味しいご飯にこだわるなら、そこがゴールになるでしょうね」
若菜さんは広げた地図を指し示しながら教えてくれたけれど、最後に少し声を落として付け加えた。
「ただ、秋夕国の隣にある『野露国』には絶対に近づかないことね。あそこの『迷い森』では最近、不可解な怪異が起きているっていう噂よ。……森が動いたり、子供の笑い声が聞こえたりね」
「迷い森の怪異……。なんだか怖そうですね。でも、最高のスパイスとツヤツヤのお米のためなら、私は突き進みます! 若菜さん、いつもありがとうございます!」
私は二匹のモフモフをしっかりと抱きしめて、意気揚々とギルドを飛び出した。
待っててね、私の『モフモフ・ハーレム完全食計画』!
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■ 裏の緊急連絡網(同情同盟)
カラン、とギルドのドアが閉まり、琴音の姿が見えなくなった直後。
若菜は静かになった受付カウンターで、こめかみを指で強く押さえながら、カウンターの奥からギルド間専用の特殊な通信魔具を引っ張り出した。
(BGM:『被害者の会・同情同盟 〜哀愁のオーボエ 〜』開始)
※これから彼らに確実に降りかかるであろう規格外の厄災(胃痛)を察し、海を越えた謎の連帯感と同情を示す、切なくも哀愁漂うオーボエのメロディ。
「……こちら六花の街ギルド、支部長代理の若菜。……南のギルド各局へ、緊急の警告……いえ、『同情同盟』の通知を送ります」
通信の先には、これから琴音が立ち寄るであろう街々の受付嬢たちが接続されている。
『……どうしたの、若菜? そんなに世の終わりみたいな暗い声で』
「……いい? 今から、一人の和服の少女がそちらに向かうわ。……彼女は、歩く天変地異。あるいは、世界の常識を無自覚に破壊する究極の天災よ。……いいこと、絶対に驚かないで。伝説の幻獣を『お弁当』で釣っても、調理中に太陽並みの光を放っても、それは彼女にとってただの『日常』なの……」
『……な、何を言っているの? ちょっと、若菜!?』
「……とにかく、心臓を強く持っておくことね。胃薬の準備も忘れずに。……武運を祈るわ。……あぁ、本部からまた督促状が……。誰か私を、あのモフモフの間に埋めて……」
若菜の切実すぎる警告は、南へと向かう琴音の全く知らないところで、ギルド職員たちの間に静かな、しかし確かな戦慄を広げていくのだった。




