0047. 初調合 with 狐火ちゃん
「いい、琴音さん。これが最後の仕上げよ。この『紫毒蠍の尾液』を錬金釜に投入して。……一滴で牛を殺す猛毒だけど、適切に希釈すれば、虹晶コアの過剰な魔圧を抑え込む強力な『重石』になるわ」
アンネさんは、防護服の上からさらに何重もの魔法障壁を張り、慎重な手つきでドロドロの紫色の液体が入った瓶を差し出した。
VIP調合室には鼻を突くようなツンとした刺激臭が漂い、釜の中では「ドロリ……ブクブク……」と禍々しい音が響き始めている。
「えっ、アンネさん。これ、なんだかすごく……身体に悪そうな色をしていますね。隣の狐火ちゃんも鼻をクシュクシュさせてますよ?」
「クゥ……(……くっさ。なんだこれ)」
「猛毒なんだから当たり前よ! さあ、魔力を一定に保って、指定されたマニュアル通りにゆっくり一定のリズムでかき混ぜて……って、ちょっと待って! その混ぜ方、何!?」
(BGM:『39. 禁忌のクッキング 〜暴走するおたま〜』開始)
※アップテンポでコミカルなメロディの中に、金属同士がぶつかるカチャカチャとした打撃音や、魔法の釜がグツグツと激しく沸き立つ音が重なり合う。琴音の「ただの料理」という認識と、システムの「禁忌級の錬成」が激しく衝突し、おたまが意思を持ったかのように勝手に動き出す異常事態を、どこか楽しげなマーチ調で描き出すアンジャッシュBGM
私は指定されたガラス棒ではなく、インベントリからマイおたま(初期装備)を取り出して握り直し、昔実家でお母さんに教わった「美味しいお出汁を作る時の手つき」で、優しく、そして愛情を込めて釜の底からフワリ、フワリと回し始めた。
「だって、狐火ちゃんの宝物を包むための安定剤なんですもの。もっとこう、トゲトゲした毒じゃなくて、まろやかで安心できる優しい感じにしたいじゃないですか。……ねー、狐火ちゃん?」
私がそう微笑みかけると、隣の作業台にお座りしていた狐火ちゃんが「クゥ!」と短く鳴き、九本の尻尾の一つを錬金釜の縁にちょん、と触れさせた。
その瞬間。
【System Detect:神格個体『狐火』による『浄化の火種(神気)』が投入されました】
【System Warning:親和性の限界突破(愛着バグ)が、対象の毒性データを強制的に再定義しています】
【Refining Process:Toxic De-composition(精製プロセス:毒性分解)】
【Status:Poison(猛毒) >>> Supreme Umami Essence(極上旨味成分)】
「……なっ、何が起きてるの!? 猛毒特有の紫色の煙が、なんで黄金色に輝く湯気に変わってるのよ!?」
アンネさんの悲鳴が防音室に響く。
釜の中の禍々しい紫液は、私の「美味しくなぁれ」という祈り(呪い)と狐火ちゃんの神気を直接受けて、一瞬で透き通った琥珀色のスープへと変貌を遂げた。
そして、ツンとした毒臭に代わって、調合室に充満したのは……。
「……んんっ!? なにこの、脳の髄を直接揺さぶられるような、強烈に食欲をそそる芳醇な香りは……! 最高級の地鶏と、エルフの森の幻のキノコを三日三晩煮込んだような『旨味』の塊みたいな匂いがするんだけど!?」
アンネさんが思わず防護マスクを引き剥がし、鼻をヒクヒクさせながら叫んだ。
「あ、とってもいい匂い! アンネさん、これ、安定剤じゃなくてすっごく美味しいスープになっちゃいました!」
「ならないわよ普通!! 猛毒素材の『紫毒蠍の尾液』がバグって『旨味』に強制変換されるなんて、生産ギルドの開闢以来の不祥事……いえ、生態系を揺るがす奇跡よ!!」
【Analytical Result:Forbidden Umami Stabilizer(禁断の旨味安定剤)】
【Effect:コアの魔圧を完全に無力化・安定させる。および、匂いを嗅いだ者・摂取した者の『幸福度』と『食欲』をカンスト(最大化)させる】
アンネさんは、あまりの香りの暴力的な良さに(そして隣でドヤ顔をしている狐火ちゃんの存在感に)、よろよろと壁に手をついて崩れ落ちた。
「……琴音さん。これ、虹晶コアの魔圧を抑え込む『重石(安定剤)』としては、なぜか完璧に完成したわ。……でもね、こんな食欲をそそる液体をあのコアに塗ったら、今度は世界中の魔物(と美食家)がこの『匂い』に釣られて押し寄せてくるわよ。……どうして、どうしてお願いだから『普通』にできないのぉ!!」
「えー。でも、臭い毒のままだと狐火ちゃんのお鼻が可哀想ですし。……ね、狐火ちゃん?」
「クゥーン!(……我ながら、いい出汁が出たな)」
私は、胃を抱えて泣き崩れるアンネさんの戦慄をよそに、若菜さんに見せる用に琥珀色に輝く「旨味安定剤」をニコニコと小瓶に詰め始めた。
初めての調合(錬金術)。それは、生産ギルドの常識と物理法則を『圧倒的な美味しさ』で蹂躙するという、あまりにも琴音(と狐火ちゃん)らしい結末を迎えたのである。




