第1章 ―ぽかぽか邸へようこそ― 〜番外編〜
ぽかぽか邸に、新しい仲間が引っ越してきました。
笑いあり、ハプニングあり、そして夜に訪れる小さな奇跡。
3人のあたたかい暮らしの始まりを、少し覗いてみませんか。
― 3人暮らし、はじまりの小騒動 ―
ダンボールの山の中に、凪の頭だけがぴょこんと見えていた。
「……え、これ全部、凪くんの荷物?」
「……最小限って言ってたよな?」
「はいっ! ちゃんと厳選したんです!」
柊は腕を組んで、ため息をひとつ。
「この量で“厳選”とは、なかなかの感性だな。」
リビングには、カップ麺の空き箱から観葉植物まで、
まるで引っ越しフェアの展示場のように並んでいる。
「でも……これじゃ書斎に入らないですよね。」
「すみません……書斎、けっこう狭いんですね。」
環はしばらく考え込み――そして、ぱっと顔を上げた。
「柊、私たちが一緒の部屋にするのはどうですか?
1部屋空きますよね。」
柊の手がピタリと止まる。
「……は?」
「ここでは凪くんの荷物入り切らないですよ」
「……いや、それは……」
「あれ?ダメですか?いいアイデアだと思ったんですけどね」
「……おまえ、ほんとに天然だな……」
「え!僕、環さんの部屋使っていいんですか!?」
「……もう好きにしろ。」
柊はあきらめたように言って、わずかに頬を赤くした。
◇◇◇
その日の夜。
引っ越し作業を終えた3人の会話は“ベッド問題”に移っていた。
「柊〜、ベッド、くっつけていいですか?」
「……別々に……あ!でも……環、よくベッドから落ちてるよな」
「え?なんで知ってるんですか!?」
「時々、すごい音してるし」
「え!環さんベッドから落ちちゃうんですか?」
「はい……」
「じゃあ落ちないようにくっつけましょう!」
「凪……おまえが決めるな……論理が破綻してる。」
「でも、環さんが落ちたら危ないじゃないですか〜僕びっくりしますよ!」
「凪、おまえが寝るのは別の部屋だ。」
「は、はいっ!」
環は笑ってごまかしながら、ベッドのシーツを整えた。
「今日からベッドが広くていいですね~」
柊は静かにうなずく。
「さすがに落ちないだろうな。」
「大丈夫ですよ〜」
◇◇◇
次の夜。
部屋の照明が落ち、外から虫の声がかすかに聞こえる。
静けさの中に、突然“どすん”という音。
「……言わんこっちゃない。」
「あいたた……」
柊はベッドの端に腰を下ろし、手を差し伸べた。
「……もう、ほんとに。」
環は寝ぼけながら、その手を握る。
「あ、柊〜……あったかい〜。」
「……おまえが一番だよ、ほんとに。」
リビングの奥から、小さく寝返りの音。
「……落ちないでくださいね……環さん……」
ぽかぽか邸の夜は、今日も平和だった。
◇◇◇
別の日。
月の光がカーテンのすき間から差し込み、静かな空気を照らす。
「……柊っ!」
環の短い叫びに、柊がはっと目を開けた。
「環!どうした!?」
隣で震える環の肩に、柊はそっと腕をまわし抱き寄せる。
「夢……夢を見たんです……朝起きたら、柊も凪くんもいなくて……
リビングに行っても、どこにもいなくて……
声を出しても、誰も返事してくれなくて……
まるで音のない世界に、私だけ取り残されたみたいで……」
「柊……私の前からいなくなったりしないって言ってたのに……
また、誰もいなくなっちゃったのかと思って……怖くて……」
柊は環の髪をそっと撫でた。
「環、俺はお前の前からいなくなったりしない。
大丈夫だ、そんな顔するな。ずっと隣にいる。」
その声は、静かな夜に溶けていくようだった。
環の呼吸が少しずつ落ち着いていき、
柊の胸の中で「ぽかぽか」な温度が広がる。
「……あったかい……」
「当たり前だろ。ここは“ぽかぽか邸”なんだから。」
環が微笑み、柊の胸に額を寄せた。
そのまま2人は、やわらかな眠りに落ちていく。
◇◇◇
朝。
鳥の声とともに、穏やかな日が差し込む。
リビングでは、凪がトーストを焼いていた。
「おはようございます! 今日もぽかぽかですね!」
「うん。今日は、もう誰もいなくならないよ。」
環は小さく笑い、柊の方を見上げる。
柊も微笑みながらコーヒーを差し出した。
「……あたたかいな。」
その声に、3人の笑い声が重なる。
ぽかぽか邸の1日は、今日も静かに始まった。
誰かと笑い合える日常は、何よりも尊い。
不安な夢を見た夜も、朝になればまた光が差す。
ぽかぽか邸は、今日も“あたたかい再起動”の音で満たされています。




