【余話】三時のおやつ ひめありす
「お姉さん、それ!私の!琥珀糖!です!!」
寒い寒い、けれど、確実に春の匂いのする夜更け。
また一つ「おいしい」を手に入れた私達でしたが。
ぱくんっと、嬉しそうに琥珀糖を口に放り込んだお姉さんがほっぺたをリスの様に膨らませたまま、固まります。
表面が結晶化した琥珀糖も中と外で食感の違いもあり、それが儚くも甘くてとてもおいしいのですが、今の様にぷるんぷるん半生状態な物もその瞬間しか味わえない宝石のようで尊いのです。
カカオと珈琲リキュールの琥珀糖は、甘さよりも苦さが先に立つ大人味で、甘く可愛らしい味の詰め合わせの中で、ちょっとしたスパイスになります。お酒と合わせても良いし、ミルクティーと合わせてもよいかと思います。
「た、楽しみにしてたのに……」
琥珀糖を口の中に入れたまま、お姉さんが慌てて動きます。
「ああ、よかった」
お姉さんが呟きます。
琥珀糖、ごっくんしましたね?
ぱきん、とクチュベールスイートチョコレートを割って、電子レンジに放り込んで。
溶けたチョコレートを琥珀糖の残りにたらたらと垂らしていきます。
寄せ集めされた琥珀糖がチョコレートで固められて、一人分のお菓子になりました。
「はい、スイちゃんどうぞ」
私はノートを書き留めていた手を止めてあーん、と口を開きます。
花開くような甘いチョコレートの香り、しゃりっと薄く氷を張ったような食感、そして珈琲の苦みがいっぺんに口の中に広がって、一瞬で幸せな気持ちになります。
「ホワイトチョコもいいかと思ったけど、スイートチョコで正解みたいね」
うんー、と口をもごもごしつつ答えます。
「ホワイトチョコだと油が強いから、ちょっと口の中で喧嘩になっちゃいそう」
琥珀糖は全く油分のないお菓子ですので、油との兼ね合いは大切になりそうです。
でも、気になる事が一つ。
「そのチョコレートは陳の大奥様にお届けする古早味蛋糕につかうものじゃなかったのですかね?」
お姉さんはしばらく考えてから
「大奥様もお年もお年だから、チョコレートだけじゃ重いからマーブルにしようかと思うの」
「……陳の大奥様、高雄へまた旅行に行くって。今度は思い出の山を登るって、この間ポールを見せに来てくれたけれど」
まるで少女の様だったその姿を思い出します。結婚以来一度も帰っていなかったという里帰りが、よほど心にも体にも沁みたのでしょうか。
食が細く、小さく甘いお菓子を御所望される事の多いお得意様ですが、この所は新しい物を楽しみにされる事も多くなりました。
「まあいいか」
私は再度ノートに向き直ります。
少し悩んで『約束のロッククッキー』と仮タイトルをつけました。
お姉さんのレシピをそこへ書き写していきます。
「でも、実際上手く行くと思う?初恋が超遠距離恋愛なんて」
「……とても、難しいと思うわ」
―――「これは歩に食べて欲しいもので、歩が食べたいものではないから。だから、お願いします。『お母さんの食べていた岩』をください」―――
依頼主は、食べ物を拒否した少年に思えただろう。
けれどあの瞬間、心から「おいしいもの」を欲したのは、実は少女の方だった。
「おいしい」と口にしようとしてできなかったのがその証左だ。
少女が欲したのは、自分の願いを口にする強さと、その為の栄養。
そして、少女が願った事により、少年もまたこのお店の依頼人となった。
「でも、祈りましょう。上手く行くことを」
お姉さんはふんわりと笑って両手を祈りの形に合わせます。
なむなむ、と呟いてから、私の方を見ました。
「だいぶ集まりましたか?」
「うーん、まだ『ちょっと』かなあ」
〈ムービースターの旺来〉をはじめ、幾つかの頁は書き留めました。けれども、大半は空白のままです。
「明日からもまた美味しい物を作れるよう頑張りますね」
うん、と私は元気よく頷いて、パタンとレシピブックを閉じました。
「私も頑張るよ!」
ぴょこんと立ち上がり、下準備の為に立ち上がります。明日もお得意さんを沢山回らなくてはなりません。お姉さんに続いて厨房に入り、ぱっと振り返ります。
レシピブックが淡く輝きます。
虹色の光がすうっと走って、すぐに消えました。
すいちゃん?とお姉さんが不思議そうにこちらを覗いています。
ううん、なんでもない。私は答えました。
「がんばるよ」
誰もいなくなった店内に向けて呟きます。
「じゃないと、お店とられちゃうもんね」
『虹』のその後話なので『三時』のお話です。おっとり落ち着いて見えるお姉さんが実は裏で結構おっちょこちょいな所を見て頂ければと思います。




