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第7回 覆面お題小説  作者: 読メオフ会 小説班
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【おまけ投稿】熱の生まれる日 まつ

ページをめくる。桜の木の下で犬が眠る。

ページをめくる。カニが入道雲を見上げる。

ページをめくる。渡鳥が湖に波紋をつくる。

ページをめくる。狐が白い森の梢から顔を覗かせる。

1ページに一つの季節。現実逃避には向かない瞬く間に終わる時間旅行。


 テーブルの上に並ぶ多種多様な紙の束。旧文明の言葉で”カレンダー”というらしい。格子状のデザインはまるで膨大な時間を平面に閉じ込める檻のよう。旧文明の人々はこれを頼りに365日という途方もない未来(さき)をみながら生きていたらしい。

 手元のカレンダーをペラペラとめくっていく。気持ち悪いほどに効率を求めるかと思えば、機能性に寄与しない写真(あそび)まで盛り込む。旧文明の生き急ぎっぷりもここまでいくと呆れを通り越して敬意の念に変わるというものだ。

「というか……あの人逃げやがったな」

 かれこれ丸二日間。カビ臭い資料室で旧文明の資料と睨めっこする羽目になった元凶を思い起こし、深いため息と共に冷め切ったコーヒーを飲み下す。


 事の発端は二日前。昼食に寄った学食でセンパイを見つけて声をかけた。それがいけなかった。

「ああコウハイちょうどいいところに。実は明後日提出の課題がちょこっと行き詰まっていてね。すこーしだけ手伝って」

 嫌な予感に回れ右をした僕は先輩に襟首を掴まれ「この課題出せないと私留年しちゃうから♪」という意味の分からない脅し文句を聞きながら資料室に連行されることになった。

 蓋を開けてみれば”ちょっと行き詰まっている”は”まったく進んでいない”だったし、”少し手伝って”は”徹夜”を意味した。

 そして僕が寝不足の目を擦りながら何杯めかも分からないコーヒーを入れに行っている隙にセンパイの姿は消えていたのだった。こんちくしょう。


 回想終了。あれから既に四十八時間。課題はまだ終わっていないが当の本人が逃げたのだからもう投げ出していいのではないだろうか。よく考えればセンパイの留年がなんだ。もうこのまま帰ってやろうそうしようと、鞄に手をかけたと同時。資料室の扉が開けられた。

「なんだコウハイまだここにいたんだ」

 そこにいたのはセンパイその人だ。申し訳なさを微塵も感じていない様子に、文句の一つや二つや八百万(やおよろず)も言ってやりたいが、情けないことにその気力も睡魔に奪われている。

「とりあえず言われたとこまでまとめましたけど、これ終わるんですか」

 カフェイン漬けによる胃痛と引き換えの成果をセンパイの端末に送る。さっき心の中でああは言ったが、ここまでやって留年されたのではこちらも目覚めも悪い。

「うん大丈夫。よく見たらその課題の提出日一週間先だったから」

 あっけらかんと告げられた事実に思わず天を仰ぐ。

 そうだった。このセンパイ(ひとでなし)は当たり前にこういうことをやるやつだった。

「それはよかったですね……。ところで、かわいいコウハイが資料の山に埋もれている間いったいあなたは何をしてやがったんですかねぇ」

 かすかに残ったエネルギーを総動員した非難。どうせどこ吹く風で聞き流されるだろう──そんな予想に反してセンパイは気まずそうに視線をさまよわせた。

「ああ、うん。えーとね……」

 イノシシもかくやという猛進系女子のセンパイが珍しくためらっている。

 しばしの沈黙の後、センパイはおずおずと白い小箱を差し出した。

「実はこれ、つくってたの」

 巻かれたリボンの歪さがその小箱がセンパイの作品であることを物語っている。

「また爆発する系のやつですか」

「ちがうよ!」

「じゃあガスですか」

「ガスもでません!」

 次の候補を探してむむ、と唸る僕に呆れたような、不貞腐れたような視線が注がれる。

「チョコレート」

 センパイはどこか恥ずかしそうに箱の中身を開示した。

「見つけた資料の中に旧文明の”今日”は特別な日だったって書いてあったから」

 ”特別な日”という言葉に自分でまとめた資料の内容を思い返す。旧文明の文化で何かチョコレートに関する記念日があったような。

「……っ!」

 動揺を隠そうと咄嗟に顔に伸ばした手が掴まれぐいと引き寄せられる。息がかかりそうな距離にセンパイの顔が近づく。

センパイははにかむように微笑むとハッキリとした発音で言った。

「好きよ。コウハイ」

 完全な不意打ちに「え」やら「あ」やら意味を成さない単語が口からこぼれ落ちていく。

 顔が燃えそうに熱くてとてもじゃないがセンパイの顔を見ることができない。

 好きって、好きってことか?あの好きってことなのか?!

「ところでコウハイ。旧文明では今日がどんな日だったか知ってる?」

「それは、バレン……」

 ふと、声に含まれる不吉なニュアンスを察知して言葉を切る。顔を上げるとセンパイがニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべていた。

「今日は旧文明の暦で4月1日。エイプリルフール。嘘をついてもいい日です!」

 ぽかんと表情を失う僕に向かって得意げにピースなどするセンパイ。

しばしの沈黙の後、しっかりと冷静さを取り戻した僕は、とても──それはとても冷静に手元の本で先輩を引っ叩くことにした。



「ちょっとからかっただけでそんなに怒らなくてもいいのに」

「怒ってません」

 資料室からの帰り道。歩きながらもらった小箱を開けるとハートの形をしたチョコレートが並んでいた。

 大切に食べてよぉ、と茶々を入れてくるセンパイを無視して一つ口に入れる。じんわりと口の中に広がるどこかバランスの悪い甘さ。ゆっくりと溶けていくチョコレート(センパイの悪意)が、疲れた体に少しばかりの(カロリー)取り戻させる。

「さっきの話の続きなんだけどね。エイプリルフールって嘘をついてもいいのは午前中までなの」

「……」

 無言でその言葉の意味を考えること数秒。動揺を悟られないよう残りのチョコレートをまとめて口の中に流し込んだ。

「あの時、12時こえてたか気になる?」

「なりません」

「本当にー?」

「今度は辞書で引っ叩きますよ」

「嘘ついたの引きずってるでしょー。学食のジャンボドーナツ奢ってあげるからゆるして♪」

「センパイが食べたいだけでしょ……行きますけど」

 あの言葉が嘘だったのか本当だったのか気にならないと言ったらそれこそ嘘になる。だけど遠慮のないセンパイの笑顔が一番近くで見られるのなら、もう少しこのままでもいいかもしれないとチョコレートの箱をそっとポケットに入れた。


 バレンタイン・デイ。それはきっと、遠い昔に世界中でたくさんの熱が生まれていた日。





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