21話 オンラインショップ
カルガノ山を旅立ってから五日目。
結局セルケトの不機嫌の理由がわからず、他人の嫌な記憶を垣間見た昨日。
蠍の背の上で胡座をかく六道は、瞳を閉じ静かな呼吸を繰り返す。
瞑想を体のいい隠れ蓑に、悶々とヒマを持て余していた。
(そういや護身用の武器どうしよう。魔法は……人には使えない威力だし)
『オンラインでのお買い物は如何でしょう』
VRからの思わぬ提言。
(え、ほんとに? アイテムボックスに入ってるのが全てじゃなくて?)
『試験的開業記念に、特別VIP優待券が使用可能です』
(優待券……なんと甘美な響きだ。では買い物に行こう)
誰かの口調を真似つつ、オンラインショッピングの意味が分かっていない。
『回線1から3を接続。視界開きます』
瞼の裏の暗闇が、アナログテレビの砂嵐に映り変わる。
良くない発作でも起きたのかと不安に駆られるが、間髪入れずに視界は開ける。
それは、海外ドラマでよく見る拘置所の面会室。
モルタルの塗られた壁は現代建築の趣向。
部屋の中央をテーブルとガラスが仕切り、向かい合うように椅子が並ぶ。
殺風景で監獄のようなこちら側と異なり、ガラスの向こうには棚や木箱がひしめき合い、雑多な印象を受ける。
締め切られた部屋にいるものの、森の香りがする。
瞳を開けると見慣れたセルケトの背中。長く艶やかな黒髪が風に戯れている。
再び瞳を閉じると、モルタルの部屋。
ビクトリア・ローズにとって、最もVRらしい仕事ぶりが発揮されている。
五感の全てを体感できる訳ではないが、元の世界のVR水準は優に越えていた。
部屋に二つあるドアの内、ガラス挟んで対面のドアが開き、朱色の西洋甲冑姿の人物が部屋へ入る。六道側のドアは誰も使用していない。
「ようこそ、いらっしゃいました、リクドウ様。会話は言葉にして頂かずとも通じますので、どうぞリラックスして御掛けください」
男性の声で、朱色のフルアーマーの籠手が椅子を指し示す。
六道が己の身体を見下ろすと五体満足揃っており、思い通りに動かせるようだ。
促されるまま、椅子に掛ける。
「私、ダルタエンが担当させて頂きます」
(よろしくお願いします。六道厳です)
ガラスで遮られ、初めは犯罪者の気分だったが真摯な接客に心を許す。
対面に掛けるダルタエンの肩幅は異様に広く、ゴリラのような剛腕が卓に置かれる。武骨な矩形の装甲部位も見られるが、フリューテッドアーマーの特徴である細やかな溝が随所に施され、ドイツのニュルンベルク製と見紛う。
そして、椅子がO脚に軋む音がした。
「お初に御目にかかり光栄でございます。本日は武器、装具の御入用で?」
こちらを向くバーゴネットタイプの兜の隙間から、紅き月ような眼が一つ輝く。
(そうなんですよ。威力の弱い武器が欲しくて……)
「ナイフや短剣では、不都合がお有りですか?」
(いやぁ、馬鹿みたいな腕力になる時がありまして……)
「作用で。では銃火器は如何でしょう。弾薬の火薬の量を調整すれば、好みの威力を得られます」
(なるほど、それはいいな)
足元の鉄箱を開け、品を取り出す。
「こちらキャニスターになります。背中に背負うタイプになり、前方に弾頭を飛ばします」
テーブルに置かれたのは、砲筒が三列二段に組まれた武器。
計六発の弾を飛ばせるらく。肩かけ用のベルトが付く。
(リボルバーみたいなのを期待していたが、そうか、このくらいの技術力か)
六道は単発式の包筒を見るや、近代銃器と比較し技術力を侮る。
「申し訳ありません。リボルバーは試験段階中でして、特注で二日程。お時間を頂ければ……」
(いや、無理を言いました。これ、1mくらいですよね?)
「サイズは、14.6mになります」
(……!? もしかして、これ実寸じゃない?)
テーブルの上に、長距離弾道ミサイル六機とは恐れ入る。
よく目を凝らすと、対面のテーブルの縁やキャニスターを取り出した鉄箱には、お箸くらいの梯子が架けられている。
「私の身長が62mですので……」
(大怪獣かよ……)
部屋がガラスで仕切られている意味が、ようやく分かった。
こちらと向こうでは、空間の縮尺が違う。
対話を円滑に進める為、モニターの役割を果たしている。
(私は身長2mもないんだけども)
「そのサイズのリボルバーでしたら、つい先日完成した試作品が御座います。微調整の後、お送り出来ますよ」
危うく、身の丈に合わない買い物をするところだった。
(いやぁ、ありがとうございます。おいくらですか?)
六道は凄まじい数のアイテム所持者である為、金銭的な心配は無い。
「リクドウ様は、VIPですので料金は受け取れません」
(え、本当にぃ? いや参ったなぁ)
参った人間とは思えない程には、ニヤけている。
「特別優待で、鎧などの装具も一式揃えられますが、ご要望はお有りでしょうか」
それなりに興味はあるが、希望を言葉に出来るほど知識もなく、
(鎧、鎧かぁ。それはオススメで)
「それでは、最高級の物を用意させて頂きます!」
バーゴネットの兜で表情は読めないが、声音が嬉々とし上擦っている。
(いや、悪いなぁ。何かお返ししたいところだけど)
「……でしたら、リクドウ様のお持ちの品で、武帝グロス・デオ・ドラントのローブを頂けませんか?」
妙に特定の品を欲しがるものだが、たまたま一度羽織って、涙と鼻水を擦り付けただけで執着はない。
(ああ、全然良いですよ。汚れてないかな?)
VRにより、転送完了という文字が視界に表示される。
「お買い上げありがとう御座います。汚れは気にしません。晒すだけなので」
(サラす。なるほど。でも、まさか銃が手に入るとはなぁ。棍棒みたいなので乗り切ろうとしてたから助かったよ。まぁ戻ったら練習が必要だけどな)
「よろしければ装具一式の準備が整うまで、訓練を受けてみては如何でしょう?」
(銃の訓練か、習う機会もなかったし安全に扱うには必要だな)
「施設まで、サポートシステムがご案内いたします」
席を立ち深々礼をするダルタエン。胸に添えていない方の腕が床に着いている。
『ルームを切り替えます。視界が乱れますので、ご注意ください』
視界は再びアナログテレビの砂嵐に映り変わる。




