20話 夢幻回廊の女剣聖
六道は闇の中で女性の声を聞いた。
我々は人民の期待を一身に浴びる。
一層のこと専制政治にでも踏み切れば痛みもなかった。
しかし我々には力があっても自由は無く、踏切る覚悟も無かった。
いや
やめて
誰か助けて
(どうした!?)
渾身の叫びは冷たい煉瓦の壁に木霊し、その叫びを聞いた男たちは嬉々として興奮を高める。
これらの言葉に意味はあるの?
「おい、顔は殴るなよ。次は俺の番だからな」
「領主の娘のくせに、こいつ自分から腰降ってやがる」
「女が勉強だとぉ? お高くとまってんじゃねぇ!」
(お〜いっ! なんだこれ!?)
領主の娘。だから何? 女学院の生徒。それが何なの?
殴らないでよ。髪を掴まないでよ。
誰ともわからず助けてと発する叫びの応えが下品な嘲笑だった時の絶望が想像できる?
(ど、どうでしょう)
突如誘拐された女学院生。
いつ終わるかもわからない監禁生活。
そして私は強くなった。
——いつの間に眠っていたのか。誰かの記憶が流れ込んでくる。
痛々しく、冷たい幼少期の記憶に食い縛る顎が痛んだ。
繰り返される行為の最中、男の一人は少女の肌に数を刻むため、羽ペンを持ち覆いかぶさる。
しかし男が一瞬の隙を突かれて少女に羽ペンを奪われると、その耳の穴にペンが収まるのを見た。
いや、体感した。
手に伝わる固い感触が破け、柔らな感触にペンが入り込む。
噛み締めた顎が痛み、暗闇に潜む少女の吐息を感じる。
息を押し殺し震えてもいいだろう、泣き叫んだっていいはずだ。
だが、そういう領域は既に超え、感じるのは冷たい覚悟とコントロールされた呼吸だけ。
髪を引っ張られ、顔を潰され、地下室へ引き戻される恐怖が、少女に如何程の覚悟を持たせたのか。
それが怖い。それが恐ろしい。
なんてことない村の、どうということもない家屋の地下室から少女は出て行く。
手に持つ先の曲がったキリを血で滴らせ、覚束ない足取りで太陽の下、ひたひたと地を踏みしめる。
つまりは、あの地下室に命を賭して強姦という行為に励んでいた男はおらず、命を奪ってでも逃げ延びる覚悟を持つ少女がいた、ということだ。
「数年後。神輿に担がれた椅子の上に座るのが余だ」
千もの屈強な兵を連れ召集に応じる道すがら、彼女を讃える民衆が歩道を埋め尽くしている。
「華々しいパレードも気に食わんし、この兎を模した兜も気に入らない。そもそも余は民衆が嫌いだ。こうして見下ろしていれば幾分、気は晴れるが」
(未だ夢から覚めない)
六道の全ての指に嵌められた十の指輪の一つ、左の薬指、硫化銀の指輪が金属質な悲鳴を上げる。
暗がりに一筋のスポットライトが当たり、純白のドレスに見紛う銀の鎧に身を包む女性が出迎える。
石灰石を矩形に切り出し、酸性雨で溶かしたような椅子に座ると、肘置き代わりに特殊な形状の刃物を床に突き刺す。
柄の長い短剣にL字の刃を焼き付けた、切先を抉る角度で延長した特殊な刃物。
冠にはウサギの耳を模した装飾が映え、ライトの影に入り表情は窺えない。
そして薄く裂けるように口を開いた。
余、個人としては女性を救いたかった。
兵を私的利用できるなら、くだらない男共を根絶やしにしてやりたかった。
私はロリコンなのだが可笑しいだろうか
(……なんです?)
レズビアンとも異なる。ロリータ……なんと甘美な響きだ。
女の癖にロリコンだなどと石を投げつけたくなるだろうか
(いやぁ……)
事件後、両親は余を医者に診せ、誘拐事件のトラウマがお前を男性恐怖症にしたのだと諭した。
死した今となっては、まこと今更だが、異郷の地には女医という概念があるのだな。
なぜ両親は、性的集団暴行を受けた幼き余に、男性医を寄越したのだろう。
まあ、聖王の名の下に医者になれるのは男だけだが。
配慮が足りない、そう思わぬか。
思いやり、考え、愛。
甘い……甘いなぁ。
貴方が悲壮を冠するならば、余はどうだろう。
いや、悲劇ですらない、ただの悲しい女だろうな。
もう一つの記憶も見たんでしょ?
「私」が貴族院の生娘に何をしたのか……どうだった?
(壊れた器を快楽で満たそうとしている女……そう思ったよ)
パキッ。
軽い破砕音に瞳を開く。どうやら奥歯が砕けたらしい。
深く隠辣な感情と共鳴しすぎた。
眼前では、竹林を吹き付ける風がセルケトの髪を撫でている。
(トリガー・オーバードーズ……)
紫電の魔法陣が全身を包み、砕けた奥歯が治癒していく。
顎を摩り噛み合わせを確かめると、スポットライトの陰影の中ぽつりと浮かぶ、歪んだ笑みを振り切らんと、独り言のように反論した。
「私達の世界だって、優れたものではない。例えば、女子高生が妊娠すれば世間のバッシングに遭うし、四十代で子供がいなければ周囲のプレッシャーが掛かる。精神的な成長は、どこまでいっても足りはしない。多分、人はモラルの天敵なのだろうな……」
「なあに? まだ怒ってるの? 妖精を追っ払ったこと」
ショボくれた困り眉のセルケトが振り返る。
届けたかった相手には伝わらず、セルケトの背に届いた。
「いやぁ、怒ってないよ? あ〜っと、スピーチの練習。今のは」
盛大な独り言をセルケトに聞かれるのは何回目になるのか。
恥ずかしさで赤面しつつも誤魔化し方が雑になってきた。
「そんな予定ある?」
「あるある。人間の街に着いたら、説教しまくりだよ。私は」
「そうなの……例えば?」
疑惑のサイドアイを差し向けられ、咄嗟にスピーチを搾り出す。
「社会人よ。なぜ残業ゼロを目指さないのか。会社は遅刻には厳しいのに、なぜ残業には寛容なのか。この程度でいいだろうと諦観するのは楽だが、いずれ倫理観と技術力に勝る企業と邂逅するだろう。その時、中小企業に生き残る道はあるか。答えはNOだ。なれば倫理観から見直すべきだろう。それはコストのかからない改革。入社や転職しやすい環境作りが、人材の力につながるのだ……みたいな」
この男は、魔法とファンタジーの世界で何を言っているのか。
加えてアドリブで繰り出す手振りは、ヒップホップのラッパー風。
「意味わからないけど……良いんじゃない?」
意味わからないけど良いなんてこと、ある?
「その勝るキギョウ? ってのがアンタのことよね?」
「私にも勝る相手はいるさ。そこでようやく自分が滅びゆく存在だと自覚するんだなぁ。まあ、そんな存在に遭遇しないよう、祈るだけだがな! だぁーっはっは!」
盛大なフラグを立てたことに、当人は気付いていない。
口にすることは因果を結ぶということだろう。
静謐とした竹林を六道の馬鹿笑いが駆け抜けた。




