12話 恋するヴァティー
山肌に一人。
時に呟き、時に大声を上げながら岩場に佇む六道。
そして、背後の離れた岩陰から覗き見る二人。
虎の獣人ヴァティーと、蠍の獣人セルケトである。
「トリガー……オーバードーズ!」
の辺りから、六道の動向をうつ伏せになり観察していた。
「あれ、何してるの?」
あれを指差すヴァティー。
「何か強力な強化魔法を使ったのはわかるけど……独り言の方は理解できないわ。昨夜も大きな独り言していたの、気が付いてたでしょ?」
「ごめん。寝てた」
「あんた、本当に夜行性?」
真横のセルケトは呆れた表情を向ける。二人はひそひそと遣り取りを続ける。
「なんで強化魔法使ったの? 姿も変わっちゃうし、何か変だよ」
「最初から変なのは分かりきってたでしょ? でも上位存在ならって……あんたも考えたんじゃないの?」
「……そうだけど」
ヴァティーが、でもと言いかける前に言及する。
「なら、聞けばいいじゃない。最悪でも寿命かなんかと交換で教えてくれるわよ」
「そうだと良いんだけど……」
すると六道の新たな動きが、二人の会話を止めて注視させる。
陽の当たる元、六道は下半身の中心に両手をかざしていた。
彼は大岩に上で風が吹き止む狭間を待ち、息を飲む——
(全力の回復魔法を頼む!)
『セイクリッド・ヒール選択。詠唱開始します』
パァアアアッ!
傍目からでもわかる聖なる光が六道の下半身の中心を包み、覗き見る二人は怪訝な表情で事の結末を見届ける。
「おしっこ?」
「そういう事言うのやめなさい!」
端から見るヴァティーには、セイクリッド・おしっこに見えた。
——はああああああッ!!
ひとしきり輝きを放った後、光子は徐々に散ってゆく。
そして肩を落とした六道だけが残った。
その様を見届けると、慌ててテントまで駆け戻る二人。
ヴァティーは尻尾に着けた金のブレスレットに意識を集中させ、ふりふりと回転させる。
体躯を包むように無音の風が巻き起こると空間を裂くように加速し、その背後をセルケトが駆け、スリップストリームを利用する。
そのコンビネーションは昨日今日の仕上がりではない。
しばらく経ち、引き摺る足取りの六道が帰ってくる。
二人は何事も無かったように振る舞い、明るい無言の笑顔で出迎えた。
すると六道は冴えない表情で頭を掻きながら、誤魔化すように一言、
「いやあ、ダメだった」
「おxxxxに怪我してたの?」
「「そういう事いうのやめなさい!」」
誰がどう考えてもデリケートな問題だったが、その「誰」にヴァティーは含まれない。ヴァティーのことが一番好きだが、セルケトとは気が合うなと感じ始めた六道であった。
——遡ること幾ばくか。
六道は帰る道すがら言い訳を考えていた。
(成長の線でいくか、でも大人だと言ってしまったしな。変身、変身とかどうだろう。それだと見た目だけか。ある程度の年齢になったら変化する。それだと成体か。ある程度の年齢で、更に条件を満たすと変化する。出世魚の〜)
RPG製作で他社と被らない進化の言い方を考える社員のようだが、その逆で進化という言葉が出てこない六道。二人に再開するまでに、姿が変わったことへの言い訳を構築しなければ、現在の関係が崩れてしまうと考えていた。
——そして現在に戻る。
ヴァティーのおxxxx発言で現場は硬直していた。
沈黙の中においては、どうしても誤魔化していたモノが輪郭を帯びてしまう。
定位置の丸太に座る六道の前には、姿勢を正して地面に座る二人。
下半身の動物部位については判断しかねるが、上半身は背を伸ばしている。
激変した六道の姿はどうしても目に付き、観察されるのも気分が良いものではない。
六道は意を決して切り出した。
「ずっと黙っていたがジャパニーズは、ある条件を満たすと出世するんだよ」
出世が採用されたようだ。
「「シュッセ?」」
カタカナにすると、確かに魔術的な何かを感じなくもない。
「ねぇ、セルケトは聞いたことある?」
「初耳だわ、脱皮とも違うようだし……けど魔族の中には、魔力で突然変異をするものも珍しくはないし、必要な時間を短縮して急激に進化する個体だって居るわよ。シュッセもその類だと思うのだけれど……」
六道は「進化」という単語を耳にするとソレだ! と思ったが今更後戻りは出来ない。
「他の種族の事情ですし、寧ろ話してもらっても構いませんでしたよ?」
なぜ隠したのか、の反語。
「いや〜、自分がまだ出世してないことを口にするのは、恥ずかしくてね」
会話だけ切り取ると、元の世界に戻ったようだ。
「わかる! わかります! 私も脱皮の時期が遅いんじゃないかって友達に揶揄われた時、もう脱皮したよって嘘つきましたし」
前のめりで頷き、共感するセルケト。そこへ快活な声が割って入る。
「アタシも! アタシもねぇ……」
「「いやいやいや!」」
二人は同じ手振りで、ヴァティーの披瀝を必死に制止する。
「いや、いい! いいんだよ、昔のことはもう忘れようよ」
羞恥心が無心の極みに至る彼女の恥ずかしエピソードなど聞いたら、こちらが気不味くなるだけだ。それにその満遍の笑みときたら、何を話すつもりだったのか末怖ろしい。
しかし、上手く会話を区切る文言を繰り出せたのは僥倖。
「でも、心配させて悪かったね。遅くなったけど朝食を振舞うよ」
嘘を付いた訳ではないが胸が痛む。
罪滅ぼしという訳ではないが、馴れた手つきで朝食の準備に取り掛かった。
(先ずは、木皿を取り出して干肉とサラダを盛り付けよう。これでヴァティーの時間が稼げるはずだ。次に……次に?)
——パシュっ!
丸太からの立ち上がり際にアイテムを取り出した、筈だが手元にはない。
辺りを見回すと、腕のラインの延長線上に抉れた地面と、それはもう粉々の木皿。
木皿が主役のスプラッタ映画を想像してほしい。特に意味はない。
もしやと思い二人に背を向けると、袖下を地面へ向け木皿を選択し再び射出する。今まで通りならばフリスビー程度の速度で射出される筈だ。
——パシュっ!
途端、破裂音とともに地面が抉れた。
片膝を付くと抉れた地面を平で撫でる。おもむろに小石を一つ取りあげると、指先で磨り潰した。煌めきがパラパラと溢れ落ちる。
この世界の石ってやわらか〜い、のではなくステータス上昇魔法の効力である。
いざ意識すると首の軋みも膝腰の痛みも消えている。指先の感触を確かめるように指を擦り合わせる。
(いや効いてるねぇ〜。こんな力でヴァティーの頭でも撫でた日には、コレもんのコレですよ)
立ち上がりつつ首元に手刀を当て左右に振るゼスチャー。
『面白いです』
(冗談じゃない! 本当に危ないところだぞ!)
口を真一文字に結び憤慨する六道。今、二人に表情を覗かれるのはマズい。
『精密動作向上の魔法も組み込みますか』
(何故最初から組み込まれてないんだ!)
『申し訳ありません。マガジン内のステータス上昇魔法を更新します』
ヴィクトリアの音声が、やや機械的な口調に戻ったように感じる。説明文を読まない事による弊害を、人のせいにする傾向が六道にはあった。
(そもそも誰のオススメだよ! 私はね、ネットやSNSで顔の見えない第三者の流行りですっ、オススメですっ、みたいなのが一番気に食わないんだよ!)
『魔王城、筆頭魔剣士、マスティマ様です』
(……なんか凄そうな奴をコンサルタントにしてるんだなぁ)
六道が考えるよりも手厚いサポートを受けているのかもしれない。
(あれ? もしかして魔王城と通信的なもの繋がってる?)
『はい。顔が見える方がよろしければ、遠隔対話魔法。つまりテレビ電話のようなものも使用できます。お掛けになりますか?』
(いやいい、いい! 掛けてどうすんだよっ)
『会話をします』
(そら、そうだよ……)
感情の高ぶりも、機械的な対応により冷静さを取り戻す。
(いや、私が悪かった。君に任せるから安全面だけは頼む。それじゃあ、気をとりなおして食後にどデカイ魔法でも披露しようかな!)
『お任せください』
その言葉を合図に魔法陣が胸部に一つ展開され、胸元で小さく放電する。
六道は感触を確認するように拳を握ると、先程のような膂力の暴走状態の修正を確かめた。
「一つ解決すると、また次か……」
「なんて?」
後ろ手に興味津々でこちらを覗き込むヴァティー。
無垢な笑顔は健在である。
先程のヴァティーのおxxxx発言により気まずい雰囲気だったのが功を奏した。
もしも、二人に触れてしまっていたら今頃どうなっていたことか。
「ヴァティー、気遣ってくれてありがとう」
肩越しに温和な笑みで感謝を伝えると、
「むふふふふっ!」
「ヴァティー……女の子がしちゃいけない表情になってるよ」
嬉しさか照れ隠しか、笑みを堪えるヴァティー。
トラ耳を羽ばたかせ、失敗した白目のように眼球は上を向き、細めた瞼は上向きに弧を描いている。
込み上がる笑声を逃す鼻の両端は広がり、口の結びが両頬をパンパンに膨らませる。
しかし、その破顔に動じることもなく笑顔で嗜める六道。
近頃、痴態と醜態をサイバーマンデー並みに大安売りしていた己と比べれば可愛いものだ。
「ヴァティーは料理、したことあるかい?」
「アタシは食べるの専門だからな!」
表情を大っぴらな笑顔に戻し、腰に手をあてバツンと胸を張る。
「ははは、そんな気してたよ」
軽く笑いテーブルに向かうと木皿を取り出し直す。
「だけど……」
背後から向けられた声は躊躇いがちで、おずおずと隣に並ぶヴァティー。
「教えてくれるなら、一緒に作ろうかな」
頬を赤らめ視線の端で、彼を覗き見ている。
(やはり好きだ)
やはり好きだった。可愛らしい仕草に照れながらも作業を進める。
「まずは、サラダ・リヨネーズを作ろう。メインディッシュは焼き肉だよ」
左隣のヴァティーにメニューを伝えウィンクする。
ピンクの瞳が、ビビッドな輝きを放った。
「むふふふふっ!」
隣り合って料理を始めるや六道から顔を背けるヴァティー。
破顔に加えて、鼻血を一筋垂らす。
テーブルの端を握りしめ力の限り笑みを堪えると、軋みを上げる樫のテーブル。
(そんなに焼肉が好きなんだなぁ)
そんな彼女の姿を目の当たりにし、微笑ましく腕によりをかけようと張り切る六道。
彼自身が一番見る機会が少ないので忘れているだろうが、今の六道のルックスはイケメンに金箔を盛り付けたような絢爛さである。加えて瞳はダイヤの輝き。
元から彼を好きで好きで堪らなかったヴァティーの興奮たるや。
不可思議な挙動に不安を感じるのは、挙動に難がある時だけである。
こと一緒に料理し、優しい笑顔を向けられたら、そりゃ鼻血もでる。
(し、幸せ死にする! だがしかし、なんとしてもモノにしてやる! 見てて、あの世のじいちゃんととうちゃん! 待ってて、村のばあちゃんとかあちゃん! 必ずツガイを連れて帰るからね!)
これは種としての深刻な事情を抱える彼女にとって好機であった。
(これはきっと最後のチャンスよ! 我が生涯、既に折り返しにも関わらず、今まで出逢えなかったんだから! それにライバルもいない。だってセルケトの種族はオスの精包を受けとるタイプだから! 六道の種族と繁殖方法が違う! ちゃんと、おxxxxも確認したし間違いない! それにライバルが現れても殺す! あとはどうにかアビリティを得られれば……!)
秘めた想いは深く、
「ふふ……むふふふふっ!」
ヴァティーは未来に想いを馳せ、幸せの絶頂にいた。
そしてこの直後、盛大にやらかす!




