11話 オーバードーズ
朝起きたら、人間を超越していた六道厳。
全く状況を飲み込めない彼は、連れの二人である虎の獣人ヴァティー、蠍の獣人セルケトからの追求を避けるべく。走って逃げた。
峠の一つ向こう。
吹き抜ける涼しい風が雑念を取り払い、冷静さを取り戻させる。
「昨夜は、VRのアップデートだと思っていた。しかし実際にアップデートしたのは……自分自身? だからあの時、ステータスがどうの言ってたのか!」
人間のアップデートという概念があるわけもなく、意識から除外していた。
(アップデート後で何が違う? 君のくれる情報の半分も理解できないだろうから、大まかで良い)
『ギフトの適用、アビリティの取得、それに伴うステータスの大幅上昇、生体組織の置換が完了しました。魔法が使用できます』
質問に対して間髪入れず回答が返る。
大まかと注文したにも関わらず六道には半分も理解できない。しかし気になる点はある。
(魔法が使えるのか?)
『使用可能です。アイテムボックスの左のアイコンでリストの表示ができます』
「マジかぁ」
表示されたのは、かつて液晶キーボードだったモノ。
今眼前に表示されているのは六角形のアイコンが三つ。
明らかにアイコンの数が減っており、スマートな印象を受ける。技術の進歩の速さに着いていけない。
『右からアイテム、マジック、ステータスのアイコンになります』
(なぜ減った?)
『リクドウ様によるアイコンの使用率をカウントしていました。計測結果よりアイテム以外の項目の使用率が低い為、デザインの変更を行いました』
(私が使い熟していなかったからか……親切だな。って、いやいやいや!)
どんな魔法が使えるのかなっ、ウキウキ! という気持ちもある。しかし何故、誰が、どうしてという疑問が残る。
中年サラリーマンをアップグレードして誰が喜ぶというのか。しばし黙考する。
——誰も喜ばない!
そりゃそうだ。奇跡を与えるにしても相手というものがある。
古から語られる創作においても聖剣を抜いたり魔法の力を得るのは、いつだって少年少女。子供に手を差し延べて喜ぶ奴はいるだろう。
こういう奇跡が中年に訪れるとは、一体どういうことか。
現実問題、中年が聖剣を抜くことはない。取ったとしても政権ぐらいだろう。
つまりこれは陰謀だ、と六道は結論付ける。
何者かが六道をこの世界に呼び寄せ、奇跡の力を与え、それにより利を得る者がいるという事に違いない。
(VR、お前、誰の差し金だ。一体何が目的だ?)
『情報開示できません』
(ふん、では聞き方を変えよう。私に何かして欲しいことはあるかね?)
無表情な真顔を不敵な笑みに変える。
六道は遣り取りを楽しんでいた。そして考える。
己を駒として考えれば動かしたいマスが、進ませたい方向がある筈だ。
そこから逆算すれば相手の目的がわかる。目的がわかれば、元の世界へ帰るヒントになる筈だ。
例えばノルマ。提示されたノルマをこなせば用済みとなり帰れるかもしれない。
例えば……
『ありません』
……例えば、
『要求はありません』
「いや、マジで?」
これは困った。
驚きと困惑から、流石の四十代でもマジでを連発してしまう。
「何かあるだろ! 要求しろよ! 今なら特別! 何でもしてあげるから!」
虚空に手を差し出す。目的と手段が前後した。
『リクドウ様のお役に立てれば、他に望みはありません』
(最高の執事かよ……)
『あ、やっぱり、ブランド物のバッグで』
「いや、どこで買うんだよ!」
『面白いですね』
思わず声にして突っ込んだそれは、設定したセリフではなくVRの感想だった。
「お前っ……」
冗談を言い、感想を述べたVRに唖然とし、また感銘を受けた。技術の進歩の速さに着いていけない。
事実、VRのAIもアップデートされていたのだ。
しかし感心している場合ではなく、余念から逃れるように膝を落として踞る。
「これではダメだ、目的を教えてくれ! 帰らせてくれよ!」
憶測は混迷を極め、ガシガシと頭を掻き毟る。膝にめり込む小石の痛みも今はどうでも良い。
しかし突如手を止め、六道の様子が変わる。
「いや、違う!」
頭を抱えたまま一点を見つめ、何かに抗う。
「違う、違う、違う! 何を考えているのだ私は! 現状がどうであろうと、他者に解決を委ね、泣き縋るなど紳士のすることではっ……」
頭から手を振り解きながら言い切ると、強く地を踏みしめ胸を張り襟を正す。
「ない!」
独特な立ち直り方をした。
紳士でいる事に強いこだわりと執着があるようだ。
手が離れるとともに、頭髪は元通りに整っていく。
「そうだ、まだ外の世界を見ていない。もう、ここから離れて良いんだろう? 自分の足で、目で、耳で調べていない!」
『はい』
決意の瞳で太陽を見遣る。
六道の旅はまだ始まったばかりなのだ。
まだキャンプしかしていない。
決意を新たに二人の元へ戻るかと思えば、その場で肩を震わせウズウズし出す。
「ふははっ! よ〜し。どんな魔法が使えるのかなっ、ウキウキ!」
ずっと気になっていた魔法の試用に着手するようだ。
実のところ期待はしていた。六道も人並みには魔法を使ってみたかった。
『最も基本で重要な魔法は、スタータス上昇魔法です』
「はへ〜、それはそのような?」
『例としてより速く走り、高く跳び、肉体の回復を早めます』
「良いね〜!」
表示されたリストを眺めながら説明に耳を傾ける。
新しいオモチャを買ってもらった子供のように目を輝せ、御満悦だ。
『オススメのステータス上昇魔法をバレットと仮定し、弾倉処理を行えるようプログラムしました。
Trigger a Overdoseまたは、Overdose Activeの文言を発声か念ずることで詠唱過程をスキップし、即座に魔法陣の展開が可能です。
使用されるステータス上昇魔法と、起点となる文言は変更できます』
「言ってる意味は全くわからないが、使い方はわかった!」
サムズアップで応え、瞳を閉じる六道は肩を落とし自然体に構える。
オーバードーズ、元の世界で薬物過剰投与の意味。
本当に安全なステータスアップなのか。
この世界で六道の身に起きる事態は、あまりに振り切った内容が多いことを浮かれる本人は忘れている。
「トリガー……オーバードーズ!」
一瞬にして魔法名の羅列がマジックのアイコンにインサートされる。確かに銃のリロードの概念を取り入れたシステムに見える。
カッと見開いた瞬間。
自然光を吸い寄せたように六道の周囲だけが薄暗いことに気付く、20もの魔法陣が放つ怪しげな輝きに目が眩む。毒々しい紫紺の輝き、身体と地面を繋ぐよう紫電が駆け回る。
胸部前面に三重。
頭部、両肩、背部にそれぞれ二重。
両掌、両腿にそれぞれ一重。
足元には一際大きな陣が貼られ、それらを繋ぐ六つの陣がギアのように駆動している。刻まれた幾何学文字は、日本の義務教育で習う文字と異なるが、何故か六道には意味が理解できた。
その内容は化学式と数式と魔法の理論、そしてエグい悪口が書かれている。これが呪詛なのだろうか。バリバリと一頻り雷鳴を響かせると、パチンっと弾けた。
——終わってみると見た目に変化はない。
しかしこの瞬間、確かに六道は人間の道を踏み外したのだった。
「上手くいった?」
視線のみを左右へ振る。
『展開終了』
「う〜ん、コーヒーを一杯飲んだぐらいにはハイになったかな」
なんとも残念な感想。悩ましい表情で持論を展開し続ける。
「凄いけど違うんだよなぁ、魔法使いました! キラキラっ、バーン! みたいなのをしてみたいんだよ! 私はあーっはっは……っ?」
腕を大きく用いて要望を語る最中、突如溢れた笑いに思わず口を塞ぐ。普段のコーヒーでここまでハイになるなら、もう飲まない方が良い。
『ド派手な魔法でしたら、後程お二人に披露してみたら如何でしょう』
「お? それ良いね」
気の利いた提案に好感を示す六道。AIは日々進化するのだ。
「そういえば、体の機能が向上したんだよな?」
『そうです。使用前とは比較になりません』
ふと思い当たる節があるのか、顎に手を当て黙考する。
(……ということは、私の精子量はどうなってる?)
それは声に出さない。
『充填率120%』
「うん、ロボットアニメでよく聞くヤツ!」
腰に手を当て仰け反りながら大声を上げた。
どうやら六道は、中年男性特有の深刻な悩みを抱えているようだ。
一人で喋って超絶強化魔法を展開する。
そのヤバい挙動をヴァティーとセルケトが覗き見していることを、彼は知らない。




