第12話 民間人捕虜――瞑想と黙想
ヒドラの憶測とは裏腹に、ニハルは指示命令に忙殺されていた。
海王星にある防御砲火の位置を徹底的に割り出し、ヘルメスが激昂した場合、核兵器や凶悪なBH砲を使用してくるか? といった検討と対策は、双方がもつミサイルや魚雷の残量といった細かな部分にまで及んでいた。こうした作業をつづけていくうちに、戦団の乗員たちは、自分たちがいかに暗黒崇拝教やその麾下にある聖戦団について無知であったかに気づいていった。しかし、ニハルの頭にある計画書に記された目的はそれではなかった。むしろその先にあったのである。
やつれて汚れきった男が艦橋に駆け込んできた。元DOXA主任宇宙工学博士のフォルクマールだった。
「ニハル様、ご報告申し上げます! ようやく機器のプログラミングが終了しました。あとは幾つかの試験と臨床実験がすめば、なんとか実用化できる見通しです」
「ご苦労である。して、あと何日ほど必要かな?」
「三日あれば」
ニハルは憐れに思っていた。フォルクマールの白い作業着は油に汚れ、ところどころ破れてさえいたのだ。
「すまんが二日でやってはくれまいか?」
「二日でですか……」
「無理を承知なのはわかっている。君のように民間人捕虜となったものにとって、われわれの人を酷使するやり方は我慢ならんだろうが、君の志に沿ったものだと考えてはもらえぬか?」
「志、ですか?」
フォルクマールはきょとんとした顔をした。
「閣下は、あの装置がわたしの志を叶えるとおっしゃるので?」
海王星で生まれ育った航法士が、“閣下”という言葉やフォルクマールの鷹揚な話しぶりを聞いて、怪訝な顔をしていた。だが、ニハルは気にした様子も見せずに会話をつづけた。
「さよう、志だ。われわれ人類というものは業の深い生き物だ。残念なことに誰しもが自分の意志で行動しているとはいえまい。自分の見知ったものしか信じようとしない。それがいかほどかも知ろうとせず、それでいいと思っている、無知を自覚していない。自分を信じているようで、他人のいうことを信じ、いつのまにやら、なにを信じているのかすらわからなくなっている」
「一理ありますね」
フォルクマールはおもむろに相槌をうった。
「だから、多かれ少なかれ、洗脳は必要だとわたしは思っている。言葉は不適切かもしれないがね。――問題はなにを根本にわれわれは洗脳されるべきかということだな。そう考えたことはないか?……。洗脳といえば恐ろしい、だがこういいかえたらどうだろう、瞑想と」
「閣下はその瞑想とやらを何に向かってするつもりですか?」
「何に向かってという姿勢は誤った考えだと思う。それは瞑想ではない、黙想ですよ。厳粛に心静かに自分を見つめること、これが黙想です。瞑想には対象物はないのです、つまり無心になりすべてと一体となるのです。そこに感情や思考など存在しません、自分すら存在しないのです。いや、自分は存在しますが、それを感じていないといえばいいでしょうか」
「すべてといったって、何と一体になるんです?」
ニハルは悠然とした佇まいで、艦橋スクリーンを見上げていった。
「宇宙だよ……。見るがいいこの銀河の泰然自若としたさまを、威風堂々としたありようを」
「……高尚な哲学ですな。わかりました、二日でやってみせましょう。地球人には地球人の底意地ってのがありましてな。志とか瞑想なんていう大袈裟なものじゃありませんが、こいつは意外と強力なもんです。火事場の底力ともいいますがね」
「感謝します、きっと報われる日はきますよ。地球圏人だ宇宙人種だといった隔たりも、いつかなくなる日はきますよ」
「そう願いたいものですな。それでは失礼しますよ」
ニハルは、すでに初老をすぎて白髪の混じったフォルクマールの後姿を心強く見送ったのだった。




